知らない間に転生してた上にイケメンにマークされてるんですけど!
ひなみ
第1話
目が覚めると、すぐにふかふかとした感触に包まれているのに気付いた。こんなの私の知ってるベッドじゃない。いつも硬いソファーで寝ている私からすれば別世界そのものだ。なんて思いながら辺りを見回すと身に覚えのない部屋にいる。
年末帰省した実家の台所で、ネコ缶を思いきり踏んづけて転んだところまでは覚えているのだけれどそれ以降の記憶がない。
伸びをしながら欠伸をした瞬間、二つ目の異変に気付いた。私からは可愛らしい声が漏れ出ている。おかしい。私と言えば、そういうつもりはないのに普通に喋っただけで相手を震え上がらせるドスの効いた声をしていたはず。
試しに何度かあ、あ、あ、と発してみた。自分で言うのもどうかしているけれど、鈴を転がすような声になっていて可愛い。
体を起こしやたらと豪華そうなドレッサーを覗き込んでみる。すると鏡の中にはつやつやの金髪ロングウェーブで、目鼻立ちは整っていて、青く透き通るような瞳をした人物がいた。誰だろう。考えうる限りの変顔をしていると、それに連動して鏡の中では美少女が醜態を晒している。いやこの人もしかして私なんじゃないの?
どうしてこんなことになったんだろう。しばらく考えてみた結果、ようやく一つの結論に辿り着いた。あ、これ夢だ。つまり転んで頭を打った私は今頃、病院に搬送されている最中で生死の淵を彷徨いながらこの夢を見ている。
小学生の頃から地味が取り得の私がこんな姿になれるなんてなかなかあることじゃない。そうとわかればこっちのもの。死んでしまう前にこの世界を満喫し尽してやろうじゃない。そう思い立ち鏡の前でくるくると回ったあといくつかポーズを取った。
それをひとしきり楽しんだあと、鼻歌とともにクローゼットをご開帳。中にはドレスばかりが掛けられていて、しかも人生で一度も着たことのない派手な色合いのものばかりだ。よし、冥土の土産としてここはフリフリのピンクドレスにしよう。
鏡でドレス姿を色んな角度でチェックしてうっとりする。段々と誰かに見て欲しい気持ちが高まっていくと、生まれて初めての承認欲求のようなものが芽生えてしまった。
「フィリアお嬢様、おはようございます。いつもながらお似合いですっ」
部屋を出た途端、今一番欲しい言葉が流れこんできていてその声の主だろうメイド服姿の女の子が私に会釈をした。ここでの名前はフィリアでこの子は給仕で予想はしてたけど私はお嬢様なわけね。さて、どんな振る舞いをすればいいのやらさっぱりだ。
「ありがとう。今日も一日頑張りましょうね」
この外見ならとりあえず笑っているだけでそれなりになるだろう。慣れない笑顔で頬をピクピクと
それにしてもこの屋敷は広すぎる。どこかに見取り図でもあれば一目瞭然なのだけれど。そう思いながら長い廊下を歩いていると、キッチンらしき場所を見つけ誰かいないか覗き込む。
「おや……本日はお早いお目覚めですね?」
突然の背後からの声にぎゃああああああと叫びそうになり、咄嗟に口を塞いで壊れたロボットのようにギギギと振り返る。
「お嬢様、驚かせてしまい申し訳ございません。朝食の準備を急がせますのでお部屋にてしばしお待ちを……」
まだ心臓が高鳴っている。そこには眼鏡を掛けたキリっとした長身の男性が気まずい様子で立っていて、黒い執事服を着込んでいることから使用人だろうことはわかった。これがもし変なおじさんだったら張り倒してるところだ。
「ええと、少し出てくるから朝食は結構よ。皆もいつも大変でしょう? 今日くらいはゆっくり過ごすといいわ」
「しかしそれでは我々の役目が……」
「いいからそうなさいなっ!」
渋る彼を強引に押し切り、逃げるようにして屋敷をあとにした。
外の空気は澄み切っていて、都会のそれとはまったくの別物のように思える。それもそのはず、この夢の中にはビル郡や自動車なんてものは見当たらない。だたあるのは森のみ。それはそれで不便そうなのは置いといて、どことなくファンタジー的な世界観に溢れている。
とりあえずこの森を行く。さすがに熊とか命を脅かすものが出てきたら逃げずに潔く死のう。それにしてもヒールは散策には不向きだったな。けれどそう思った時には結構な距離を進んでいて手遅れだ。
そういえばこの道はどこかの町とかに繋がっているのかな? というかそろそろ誰か人間と話がしたい。そんな風に人恋しくなっていると、茂みの方から動物のような低い唸り声が聞こえてきた。
続けてガサガサと音を立てながら四匹の狼が姿を現す。ああ、さすがに話し合うのは無理そうだ。まさか道半ばで夢が終わるなんて少し残念だけれど仕方ない。グルルと近づいてくる獣達をその場で座って待つことにした。
「大丈夫ですか、そこのお方!」
突然その声が聞こえてきた直後、進行方向から剣を持った男の人が躍り出てくると狼から私を守るように割って入った。
「あ、大丈夫です。どうせすぐ死ぬのでお構いなく」
「それはいけません。この僕が必ずお守りします!」
「助けたところで結局死ぬのでなんの意味もないですよ?」
「もしや不治の病……? そうだとしても、貴女のような麗しき女性が命を粗末にしてはなりません!」
どうやら話の通じない人のようだ。なにを言っても響かない、入社してすぐの新人みたいな人間ってどの世界にもいるんだな。面倒臭いから一旦死ぬのは諦めて従っておこう。
彼は真っ赤な髪を揺らしながら果敢に攻めたて、狼を一気に片付けてしまった。流れるように腰元の鞘に剣を戻すと、私の方に向き直りなんとも爽やかな笑顔を見せている。
「お怪我はないようですね。僕はライルと申します」
「私は
「お待ちを。せめてお送りしますよ!」
「いえ結構です。さようなら」
イケメンというやつはそもそものオーラが違うから別次元に思えて苦手だ。私は一礼すると来た道を早足で引き返し屋敷に戻った。
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