楽園(5)
「田中は俺を誘拐する前に、四人攫ってきてる。で、同じようにこの中に閉じこめたんだと思う」
「なんですって」
俺の言葉に、孝介は反射的に室内をぐるりと見回した。そんなことしても、霊感のない奴には四人の姿は見えない。そもそも俺は、四人の霊が今ここにいるとは言っていない。
まあ、実際四人は今目の前にいるから、孝介の反応は正解なのだけど。
関口さんのパソコンの中に、四人に関する記事は保存されていた。
『不明から一週間、男子児童の行方わからず』『R市で小一男子、行方不明』『行方不明男児の父親、捜索範囲の拡大を訴える』『情報提供五十件、男子児童の捜索続く』
添えられた四人の顔写真。俺は全員を知っている。
四人はずっと、田中の背後に憑いていた。
長い間、俺はこの四人を、亡くなった田中の兄弟だと思いこんでいた。二人は事故で亡くなった弟、もう二人は弟たちよりも前に生まれる予定だった子。田中の母親は、流産と死産を経験していると聞いた。
すべての記憶が戻ったとき、頭に浮かんだのは恐ろしい想像だった。
「みんな、田中に殺されたの?」
尋ねると、田中を囲むようにして佇む四人の霊は、曖昧な表情を浮かべた。死の直前の記憶がないのかもしれない。
俺は孝介のほうを向いた。
「俺の前に閉じこめられていた四人は、全員亡くなってる。想像だけど、四人とも監禁生活に体が持たなかったのかもしれない。ひっでえ環境だったからな。あの箱の中では、しょんべんもクソも垂れ流しだったし」
田中が直接手を下したなら、四人には強烈な死の記憶や田中への憎しみ、恨みが残るはずだ。しかし今まで、彼らからそういったものを感じたことはない。彼ら自身、自分がどうして田中に憑いているのかわからないでいるのだろう。
自分たちが命を落とす原因を作った男に、彼らは死後も縛り付けられている。
俺はそんな四人を、田中から解放するためにここへ来たのだ。
「八年前、劣悪な環境の中でも俺が正気を保っていられたのは、四人がついていてくれたからなんだ。四人はいつも、空気穴の向こうから俺を励ましてくれた。監禁生活の中で、四人の霊の存在が俺の支えだった」
それなのに俺は脱出が叶った途端に、彼らを忘れてしまった。
長く放置してしまった罪滅ぼし。そして、箱の中の俺に勇気を与え続けてくれた感謝をこめて、四人の遺体を探そうと思った。
田中は亡くなった四人を、それぞれどう処理したのだろうか。山奥にでも遺棄したか。可能性としては、低いだろう。田中の性格上、いつ動物に掘り返されるか、人の目に触れるかわからない場所に遺体は隠さない。
隠すなら、決して他人が立ち入らないと確信が持てる場所。
隠ぺい工作に綻びが生じていないか、定期的に様子を見に行ける場所。
出入りするところを人に目撃されても、不自然に思われない場所。
この条件に当てはまるのが、田中の実家だった。
ここへ来てすぐに、俺は四人に遺体の場所を尋ねている。
「全員ここにいるの?」と。四人は俺に頷き返してくれた。
「四人の遺体は、この家のどこかに今も隠されている」
「探すつもりですか? 今から? 四体すべてを? 探し出して、その後は?」
「警察に連絡する。田中のしたことを全部話す」
「そうですか……」
孝介は少しの間考える顔になって、提案した。
「では、こうしましょう。警察には私から連絡します。私は八年前、この家で少年たちが監禁されているのを目撃した。当時は恐ろしくて、そのことを誰にも打ち明けることができず、今日まで記憶に蓋をしてきた。しかし今回、監禁されていたと思しき子どもの遺体を発見したので、これ以上は黙っていることはできないと思い、この家で行われてきたことを警察に話すと決めた」
「おい、どういうことだよ。それじゃあお前は……」
「小野塚くんは警察が来て面倒なことになる前に、ここから離れてください」
そう言って、孝介はかすかに頬を引きつらせた。
「あなたは最初からこの家になど来なかった。あなたはこの場所を知らない。ここで起きたことはあなたにまったく関係ない」
「はあ? なんで」
俺が食ってかかろうとすると、孝介が声を荒げた。
「小野塚くんは八年前と同じ目に遭いたいんですか!」
目を血走らせ、ぶるぶると全身を震わせる孝介を前に、俺は口をつぐんだ。
孝介が言う。
「警察ですべてを話せば、田中先生は逮捕される。そして、あなたは再び被害者となる。八年前の失踪事件とは比べ物にならないくらい、小野塚くんは注目されるでしょう。幼い頃に誘拐、監禁され、そのショックで記憶を失い、今日まで犯人にコントロールされ続けた可哀想な青年。周囲からはいたずらに憐みを受け、同時に奇異の目で見られるでしょう。あなたはそれに耐えられるんですか? あなたのご両親は? 息子が再び世間の目に傷つけられるのを、黙って見ていろと? そんな地獄を、今さらあの優しいご両親に味わわせるつもりですか?」
早くここから逃げください。そして、何もかも忘れてください。
孝介が絞り出すように言った。
確かに、奴の言う通りに今ここから立ち去れば、多少のごたごたはありつつも、俺は元の平穏な生活に戻れるだろう。
俺の件を抜きにしたって、四体の遺体という証拠があるのだから、田中はもう逃れようがない。
だけど、そうやって終わりにしていいのだろうか?
「じゃあ、お前自身はどうするんだよ」
俺は孝介に訊いた。
孝介が静かに頷く。
「小野塚くんに関すること以外は、すべて包み隠さず話すつもりです。田中先生が子どもを誘拐して、監禁していたかもしれない。当時から薄々勘づいていながら、今日までずっと黙っていたと。子どもの頃のことなので、どの程度罪に問われるかわかりませんが、きちんと裁きを受けるつもりです」
「違うだろ、それは」
俺は呆れて言った。
「自分に酔ってんじゃねえよ」
孝介の腕を掴む。
「ここを出るときは、お前も一緒だ」
「いいえ、私は行けません」
「なんで」
「私は先生の弟ですから。兄を残して行けません。兄が罰を受けるなら、私も一緒に」
「ふざけんなよ」
こいつは、いつまで昔に囚われ続けるんだ。
俺は孝介の頬を張った。
「お前だって、あいつにやられたんだろうが!」
孝介が目を瞠る。
俺は孝介の肩を小突いた。何度も何度も。
「ふざけんな! バカが! ほんとはわかってんだろ!」
孝介は徐々に壁際に追い詰められていく。
俺は鼻と鼻とが触れるほどの距離まで奴に顔を寄せて、怒鳴った。
「お前も昔、俺と同じことされたんだろ! 暗闇の中閉じこめられて! 自由を奪われて! だから今でも狭い場所が怖いんだろうが!」
五階にある俺の部屋を訪れるとき、帰るとき、孝介は決してエレベーターを使わない。
叔父の会社のトイレに閉じこめられたときには、朝まで気絶していた。
酒屋の地下室で、頭から段ボールを被せられ拘束されていたときは、一時、錯乱状態に陥った。
こいつが見せるのは、閉所恐怖症の俺と同じ行動、同じ反応。
だからわかる。
こいつも昔、俺と同じ目に遭ったんだと。
「お前だって被害者なんだ。だから怒っていいんだよ。田中を憎んでいい。もう自分を責めなくていい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます