帰省(3)

 明日は向こうの部屋に戻るという日、母は俺と航汰を市内のショッピングモールに連れ出した。


「結局あなたたちずっと家にいるばっかりで、どこにも遊びに行ってないじゃない? 最後の日くらい出かけないと。それにわたしも買いたいものあったし」


 俺たちを後部座席に乗せて、母は馴染みのない道を走った。

 ショッピングモールは三年前に完成したもので、オープン当初は周辺の道路が渋滞して大変だったと、父か母から聞いたことがあった。さすがに今は落ち着いたのだろうか。道は空いていて、思っていたより早く到着しそうだ。

 ショッピングモールの駐車場は、空きが目立った。平日というのを鑑みても、車の数は少ない気がした。すでに周辺住民はこの施設に飽きたのだろう。

 引越しの準備をしていた三月に、一度連れて行かれたきりなので、俺がここへ来るのは二度目だ。

 そのときは物珍しくてワクワクする気持ちが勝ったが、心の底には不安もあった。

 ショッピングモールは俺の家からさほど離れていない。自転車でも三十分ほどで来られる距離だろう。


「五時に駐車場で待ち合わせましょう。絶対遅刻しないでよ、いい? 五時よ五時」

 としつこく念を押して、母は婦人服売り場へと消えた。

 夜に寿司の出前を頼んでいるので、それまでに家へ帰り着いていなければならない。


 俺と航汰は、モール内にある映画館へ向かった。映画代や昼飯代は、すでに母からもらってある。航汰がいるから見栄をはったのか、母は予想より多く寄こしてきた。それですっかりご機嫌になった俺は、映画の選択権を航汰に譲った。


「以前から観たいと思っていたのですよ」

 と、航汰はホラー映画を選択し、シアターに入る前からは興奮している。

 もしかしたら、久しぶりに表へ出たせいで、おかしなテンションになっているのかもしれない。


 思い返すと、俺たちはゆうに三週間、外出をしていなかった。

 航汰は母を手伝ったり父と将棋をしたり、誉められたり注意されたり喜んだり落ちこんだりと、それなりに毎日充実しているように見えた。だから俺も特に奴を気にかけず、ひきこもり生活を楽しんでいた。

 しかしこのテンションの上がり具合を見る限り、航汰は口に出さなかっただけで、本音ではずっと、どこかへ出かけたかったのかもしれない。

 俺は航汰に、近所の遊びスポット一つ案内していない。

 

 ちょっと、可哀想なことをしたかもな。

 よし、今日はこれまでを取り返すべく、豪遊しよう。

 俺たちはそれぞれLサイズのドリンクとポップコーン、ホットドッグまで買って、映画を観た。座席はもちろん、出入口に一番近いところを指定した。


「いやあ、大変恐ろしい演出でしたねえ。さすが話題になっているだけあります」

 航汰は映画に大満足した様子で、シアターを出てしばらくの間、喋り続けた。


「ところで小野塚くん、これからどうします?」

 

 時刻は午後一時過ぎ。まだ腹は減っていなかったので、適当にぶらつくことにした。

「ジグソーパズルの専門店がありますよ。行ってみましょう。こう見えて私、パズル得意なんです」

 いつの間に手にしたのか、案内マップに目を落としながら航汰は言う。


「へえ、どの辺り? こっから近い?」

 周囲を見回した俺は、正面から歩いてくる制服姿のグループに気づき、慌てて近くのショップに飛びこんだ。さして興味のない雑貨を、さも興味があるかのように眺め、グループが通り過ぎるのを待つ。


「キッチン雑貨にご興味がおありでしたか。さてはお母様への贈り物ですね?」

 後からついてきた航汰が、俺の肩を叩いてにやにやと笑った。


「別に。それよりなんだっけ、パズルの店だっけ? 行くか」


 俯き加減に歩き出した俺に、航汰は何か言いたげな視線を寄こした。




 二時を過ぎてから、遅めの昼食をとるためフードコートに移動した。


「ばばあが夜は寿司だって言ってたから、軽く食うだけな」


 とは言ったものの、目は牛丼やラーメンなど、お腹にたまりそうなものを追ってしまう。

 少し迷い、ハンバーガーの店の前に立った。カウンター上のメニューを眺め、思案していると、視界の隅に、こちらの様子を窺う人影を捉えた。男子学生の三人組だ。俺と航汰を見て、ひそひそと何か喋っている。


 呼吸が浅くなり、胸が苦しくなるのを感じた。


「私はてりやきバーガーに決めました」

 三人組の視線に気づいていないのか、航汰が呑気に言う。


 三人のうちのひとりが、俺たちのほうに向かって来た。


「俺も同じのにする。トイレ行ってくるから、俺のぶんも一緒に注文しておいて」

 素早く行って、俺はその場を離れた。


 背後で航汰が学生に話しかけられている。会話の内容が気になったが、足を止めるわけにいかない。相手に間近で顔を確認されたくない。俺は歩調を速めた。


「これはご親切にありがとうございます。ええ、友人のぶんもいただけますか?」

 航汰の話す声が聞こえた。


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