異界(4)

 十五分ほど産業道路を走り、車は住宅地の間を抜ける、細い道へと入った。


 左手に、公園が見えてくる。妙な形状の遊具に、俺は思わず目をとめた。

 真ん中の支柱のてっぺんから、放射状に赤いロープを張り巡らせた、ジャングルジムのような遊具だ。公園の中央に設置されていることから、人気の度合いが窺える。だだし現在は、使用禁止の黄色いテープが巻かれていた。何か不具合でも見つかったのだろう。


「ほほーう、黄色と赤の蜘蛛の巣ですね」

 車の速度をやや落とし、航汰が言う。


 俺はやられた、と手の甲で額を押さえた。前二つのポイントが看板だったから、次もそうだと思いこんでいた。


 遊具はまさに蜘蛛の巣の形状で、加えて黄色いテープが巻かれているとなれば、疑いようがない。

 三つ目のポイントは、この公園だ。


「じゃあ次がいよいよラストだな」

 四つ目のポイントは首長竜の群れ。

 もちろん現代に首長竜なんて存在しないから、その正体もおそらく看板のイラストか遊具だろう。


 いや、違う――。

 ついさっき、俺は気づかされたばかりじゃないか。

 同じようなものがポイントとは限らない。

 三つ目のポイントが前二つとは違ったように、次も意外なものがポイントとなっているかもしれない。


 先入観を捨てよう。

 大きくかぶりを振ると、俺はゆっくりと息を吐いた。

 頭をリセットする。


「ああ、だめです。どうしましょう」

 突然、航汰が慌てだした。

 

 前方で、蛭田の車がブレーキランプを光らせている。いつの間にか車体を道の脇に寄っていた。

 

 俺は素早く周囲を確認した。今ここで俺たちも同じように停車させれば、蛭田が怪しむかもしれない。

 向こうに後ろめたいことがあるのなら、尚更だ。


「ひとまず追い越して、様子を見よう」


 バックミラーで向こうの動向を確認しつつ、距離をとる。適当なところで右折してから、もう一度蛭田の車の後ろに回りこめないかと、入り組んだ住宅地を進んだ。思うようにいかず、行き止まりに当たって方向転換を迫られたり、同じ道を何度も通るはめになった。

 どうにか蛭田の後方に回りこめそうだと思えば、肝心の車が消えている。

 俺たちが住宅地の迷路に苦戦している間に、走り去ってしまったようだ。


「くそ、見失った」

「いえいえ諦めるのはまだ早いです。まだ近くにいるかもしれませんよ。探しましょう」


 航汰は少し先にある県道へ向けて、車を走らせた。俺はより集中して、周辺に目を光らせる。

 それらしい車は見当たらない。

 住宅地を抜け、県道を進むと、次第に景色が寂しくなっていった。この辺りは小さな工場や資材置き場が集まるエリアらしい。夜間は人も車もほとんど通らないのだろう。一度、トラックとすれ違ったきり、他に走っている車を見なくなった。


 この道はハズレだ。蛭田はきっと真逆の方面に向かったのだろう。


 今夜はもう、切り上げようか。

 尾行を諦めかけたとき、それは突然姿を現した。


「首長竜の群れ……」


 俺たちの前方には、工事車両置き場。そこにとめられた車両からは、長いクレーンが伸びていた。

 夜の闇に浮かび上がるクレーンたちは、まるで首長竜の群れが静かに休んでいるように見えた。


「最後のポイントが見つかった。ここから先に異界があるんだな」


 航汰がブレーキを踏む。

「しかし、まったく車を見かけなくなりました。快星さんたちは一体どちらへ向かったのでしょう」

 困り果てた様子で、左右に首を振った。どちらの方向にも、脇道が伸びている。


 俺は無言でシートベルトを外すと、ドアロックを解除した。そこで思いついて、後部座席の航汰のバッグから、ペットボトルを三本抜き出す。

「これ、もらって行くわ」

 喉が渇きやすいという航汰の体質が、役に立ちそうだ。こいつは常時、ペットボトルを多めに持ち歩いている。


「何をするつもりですか、小野塚くん」

 航汰が目を瞠る。


「こっから先は蛭田に警戒されないように、歩いて探す。ゴールは近いんだ、ここまで来て逃げられたくない。確実に異界の場所を突き止める」

「じゃあ私も一緒に、」

「いや、航汰はここで待機。それでもし蛭田の車を見かけたら、俺を置いたままでいいから奴の後を追え。いいな?」

「……わかりました」


 俺が車外に出ると、航汰は思い出したように指摘した。

「だけど、闇雲に歩いて探すのは効率が悪いのではないですか」


「闇雲じゃない。誰かに訊きながら探すから」

「誰かって、一体誰にです? 人なんてどこにもいないじゃないですか」


 答える時間が勿体なので、俺は航汰を無視して助手席のドアを閉めた。

 

 手はじめに、足元で寝そべっている女に向かって尋ねる。

「男二人、ひとりは十代、もうひとりは三十代くらい、黒のSUV。どっちへ行ったかわかる?」


 基本的に幽霊は、こちらの言葉に反応しない。ぼんやりと自分の世界に浸っているのがほとんどだ。

 だがこの女の霊は、さきほどからニヤニヤと笑って、俺を見上げていた。意思の疎通ができるタイプだ。


「答えてくれたら、これあげるけど」

 女の目の前で、航汰から奪ってきたペットボトルを振って見せた。

 以前、藤間さんのおばあさんの霊に、航汰がお茶を供えたことを思い出したのだ。

 こちらがきちんと弔いの心を見せれば、死者の態度は変えられる。


 女の黒目が動き、一つの方向を示す。

 俺は約束通りペットボトルを供えると、教えられたほうへ進んだ。

 

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