後ろ(7)
「つまり、町屋さんに憑いているのはお母様の霊ではないと?」
俺の説明を聞き終えた航汰は、難しい顔で唸った。
俺は改めて、この前撮った町屋さんの画像を見直した。彼の背後に立つ女性の霊の耳には、特徴的な飾りがついている。
真っ赤なサクランボのイヤリング。
今日の放課後、垣内がつけていたのとまったく同じデザインだ。
調べると、先月に限定1500個しか販売されていないものとわかった。
町屋さんは自分に憑いた霊を見て、亡くなった母親だと断言した。
それが本当なら、どうして十年以上前にこの世を去った母親の霊が、先月発売されたイヤリングをつけているのだろうか。
町屋さんは、嘘をついている。
あの霊は母親じゃない。そして亡くなった時期も、最近なんじゃないだろうか。
「では、彼に憑いている女性は一体何者なのでしょう?」
航汰は立ち上がると、勝手知ったる振る舞いで俺の冷蔵庫から麦茶のボトルを出し、コップに注いだ。
一つを、俺に手渡しながら尋ねる。
「藤間さんに、連絡したほうがいいでしょうか?」
彼女にはすでに、町屋さんに憑いていたのは彼の母親の霊で、おそらく息子を心配して見守っているのだろうと報告していた。
今さら、あれは間違いだったとは言い出しにくいが、知らんぷりするのも罪悪感が残る。
「藤間さんには画像を送って、ここに写る霊の姿に心当たりがないか訊いてみよう。それで正体がわかるかもしれない」
そもそも、最初からそのつもりで町屋さんを尾行したのだと、俺は思い出した。
「女性から恨みを買っていると思われるのが嫌で、町屋さんは咄嗟に母親の霊だなんて嘘をついたのでしょうかねえ」
航汰が呆れ顔で言い、がぶがぶと音を立てて麦茶を飲み干した。
そういえば、こいつは常日頃からやたらと水分をとるなと、俺はどうでもいいことに気がついた。
藤間さんに連絡したが、一向に既読はつかなかった。後で知ったことだが、藤間さんのスマホは不具合が頻発し。とても使える状態になかったという。しかし、事件が明るみに出た途端、不具合はまったく起きなくなった。
俺たちが次に藤間さんと顔を合わせたのは、報道の熱が冷めはじめた頃だった。
■ ■ ■
マンションのエントランス前に、航汰の姿を見つけた。
俺の帰りを今か今かと待ち侘びた様子で、忙しなく辺りをうろうろしている。
俺を見つけると、ものすごい速さで走り寄ってきた。
「大変なんですよ、小野塚くん!」
と唾を飛ばす。
部屋までの階段を上る間に、航汰は早口で、今さっき情報を集めたばかりだという事件の概要を話した。
昨夜、T県の某町に住む七十代の男性から、床下に遺体らしきものがあるという通報があった。警察が確認したところ、ビニールシートの中から、死後一か月は経過したと思われる遺体が見つかった。遺体は若い女性と見られ、現在身元を調べている。
現場は通報した男性が管理を任されている民家で、現在は誰も住んでいない。
この家に出入りしていた男性の孫が、何らかの事情を知っていると見て、警察は行方を追っている。
「この孫というのが、町屋さんかもしれないのですよ」
「は? なんで? 嘘でしょ? 誰から聞いたの?」
「藤間さんから連絡が来たんです。大学ではすでに噂が広まっていて、大騒ぎだとか」
「だけどあくまで噂でしょ」
「しかし実際、このT県某町は、町屋さんの実家がある場所だそうで。それに町屋さんの先輩が言っていたらしいのです。ちょうど先月、地元に行く用事できたからと、深夜に突然、町屋さんが車を借りに来たことがあったと。そのとき町屋さんは、ひどく取り乱した様子だったとか」
うっかり人を殺してしまい、死体の処理に困って、祖父の管理する家の床下に埋めることを思いついた。今は誰も住んでいないため、すぐに見つかりはしないだろう。死体を運ぶために、先輩から車を借りた。
そんな筋書きが頭に浮かんだが、まさかなと頭の中で笑い飛ばした。誰もが思いつくような単純なやり口だ。本気で罪を隠ぺいしたい犯人なら、もっとうまくやるだろう。
その夜、俺と航汰は事件について、ああでもないこうでもないと議論した。
本当に町屋さんは犯人で、人を殺したのだろうか。
遺体発見現場と実家の場所が同じという理由で、町屋さんを疑うなんて、飛躍しすぎじゃないか。
では深夜に車を借りに来たとき、取り乱していたという理由は?
ついこの間対面で喋った相手が、殺人犯だなんて信じたくない気持ちが、俺たちにはあった。
反面、胸の奥では、町屋さんに憑いた霊の姿が引っかかり続けていた。
結局、あの霊は何者なのだろう。
もしかしたら――
点けっぱなしにしていたテレビから、アナウンサーの緊迫した声が流れ、俺たちは同時に口を閉じた。町屋さんの身柄が拘束され、その場で女性の殺害と遺体遺棄を認めたと、アナウンサーは伝えた。
翌日には、被害者の身元が判明し、各局のニュース番組はこぞって在りし日の彼女の姿を流して、世間からの同情を掻き立てた。
被害者としてテレビ画面に映ったのは、俺が町屋さんの背後に見た女性だった。
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