第4話 吸血鬼、ペペロンチーノを食す

「おまちどおさま」

「おー」


 ペペロンチーノを平皿に盛ったツムギを、シンクは拍手で出迎える。

 彼女の側には既に、空になったビール缶が二つ転がっていた。


「そんなにおつまみになった?」


 思ったよりも多くお酒を飲んでいたことについては多少モヤッとしてしまう。

 しかし、その酒を進ませたのが、料理をしている自分の姿なら、まんざらでもない。

 むしろまんざらでもなさが勝つ。


 ツムギは僅かに頬を紅潮させ、期待に瞳を煌めかせつつ、それでも何でもない感じを装って問いかけた。


「うん。すごくいい香りだったから」

「……香り?」

「キッチンから漂ってくる匂いがね。あと、ほら、夕焼けが綺麗で」


 シンクは窓の外を指す。

 釣られて顔を向ければ、たしかに綺麗な茜色が窓から室内を照らしていた。

 ツムギとしては全く、見とれる気にはなれないが。


「いやぁ、風情だなあ」

 

 風情とは、それはそれで酒を進めさせる大事な要素である。


 道ばたにぽつんと佇むおでん屋台。

 レトロな雰囲気の漂う居酒屋。

 提灯輝く縁日。

 猿と相席の露天風呂。


 そして、夕暮れ時。


 特定のシチュエーションが生み出す、特別なパワー。

 それを人は、風情と呼ぶ。


「いやあ、風情だ」


 何度も噛みしめ味わいながら、シンクはぐびっとビールを煽った。

 にんにく以上に吸血鬼の天敵とされる、『太陽の光』を当たり前のように浴びながら。


「…………」


 そんなシンクに冷たい視線を送るツムギ。


「はっ」


 シンクも気が付く。


「ち、違うよツムギ。ツムギの料理だってちゃんと楽しみにしてたんだ。ただ、せっかく見つけた風情を無視してしまうのも、風情に失礼かなと思っただけで……!」


 せっかく作ってくれた料理への反応が薄かったせいで不愉快にさせてしまったと焦るシンク。

 一番の原因はそれではないのだが……しかし、捨てられた子犬のようにしょんぼりするシンクを前に、ツムギが強情な態度を保ち続けるのは難しかった。


(あたしの背中見てるって言ってくれたから、張り切って料理頑張ってたのに……って、まぁこれもシンクらしいか)


「はぁ……じゃあ、ちゃんと食べて感想聞かせて」

「うんうんうん!」


 ツムギは大きく溜息を吐いて、気持ちを切り替え、ペペロンチーノを差し出した。


「わあ、なんか輝いて見える!」

「お世辞?」

「そんなんじゃないさ! ツムギの作る料理は、いつもキラキラして見えるんだよ」

「そ、そお……?」


 にこっと笑うシンクに、ツムギは照れくさそうにもじもじする。

 今回に限っては、スパゲティが纏ったオリーブオイルが窓から差し込む夕日を弾いているのも影響しているかもしれないが。


「んー、美味しい!」

「結局、にんにく関係無く普通に食べてるし」

「関係無くはないよ。にんにくがビールに合うって人間が言うのもよく分かる。この辛さがいいのかなぁ? まぁ、やっぱり体質には合わないのか、ちょっとムカムカする感じはあるけど」

「えっ!? 大丈夫なの、それ!?」

「大丈夫大丈夫。生より大分良い感じだし。それにわたし、不死だから。慣れたらすぐに気にならなくなるよ」


 シンクは得意げに胸を張りつつ、丁寧にフォークで巻いたペペロンチーノを頬張る。

 特に具の無いシンプルなパスタ料理だが、


「ねえねえ、ツムギ。たくさん巻いたスパゲティって、マンガ肉みたいに見えない?」

「小学生かっ」

「そうだ。ツムギ、マンガ肉って作れないの? あの、骨付きのやつ」

「ムリ」

「そっかぁ」


 シンクはさして気にした様子も無く、ペペロンチーノとビールを交互に楽しむ。

 対し、ツムギは足を投げ出し、壁を背にリラックスする体勢でスマホをいじり始める。


 さりげなく検索窓に「マンガ肉 レシピ」と打ち込みつつ。


(へー、ハンバーグに骨つけて、周りに薄切り肉を巻けばそれっぽくなるのかぁ。これならあたしでも作れるかも……?)


「ふぃ~、ごちそうさま。とっても美味しゅうございましたでございます」

「はいはい、お粗末様」


 三つ指ついて頭を下げる不死の吸血鬼を適当にあしらう(内心は嬉しい)女子高生ギャル。


「とても美味しかったですが……にんにく、もうちょっと多めでも楽しいかも」

「えー……シンクって本当に吸血鬼な自覚ある?」

「ふっふっふっ。ツムギ、本当に美味しいものってね、大概体に悪いんだよ。人間の世界にもこういう言葉があるじゃないか。『深夜に食べるラーメンが一番美味しい』って」

「それは、シンクにとってのにんにくとはまったく別物だと思う……」

「わたしは口惜しいっ!」

「え、なに」


 突然立ち上がるシンク。それに驚き怪訝な顔を向けるツムギ。


「わたしにとって深夜こそピークタイム。主戦場といっても過言では無い……だから、本当に美味しいという深夜ラーメンを楽しめないんだ……!!」

「あー……」


 深夜ラーメン。

 本来眠るべき弱った時間に食べる旨味と塩分の集合体は、そりゃあもう、体によく染み渡るという。


 しかし、吸血鬼は基本的に太陽を避け、夜の世界を生きる生物。

 最も肌の張りも良くなる深夜に食べるラーメンは、即ち普通のラーメンなのである!


「じゃあ、逆に昼間にラーメン食べればいいんじゃない」

「はっ! 確かに!?」


 睡眠時間を基準に考えれば、人間にとっての深夜は、吸血鬼にとっての正午と言える。


「……いや、でもお昼にラーメンは普通に食べてる……」

「食べてるんだ」

「だって、お昼にしかやってないラーメン屋もいっぱいあるから……」


 しかし、人間の世界に溶け込んで久しいシンクにとっては、昼もまた普通に活動時間だったりする。

 そもそも、不死の彼女には睡眠自体あまり必要無い。それとは関係無く趣味で惰眠を貪ることはあるが。


 そしてラーメン屋は当然、人間相手に商売をするもので、一番売上が見込める時間帯しか基本的に開いていない。

 有名店などでは、ランチタイム中心に営業。スープが余れば夕方頃からも……という形態がメジャーか。(シンク談)


「じゃあ、シンクは食べられないね。深夜のラーメン」

「うう……おのれ人間。自分達だけの楽しみを作りやがって!」


 シンクは世界の理不尽さを噛みしめながら、ビールを煽る。


 不平、不満。

 そんなマイナスの感情もまた、酒を進ませる美味しい肴なのである。

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