第二十二話 クロム=クロシュバルツ その1

「ここが......」


 マーガレットは研究施設の内部を探索していた。


 分身体を通して見ていた時同様にガラスの破片や壊れた機械たちがそこら中に散らばっていた。


 影で破片を払い除けて研究施設を進んでいく。


「かなり広いですね。それに中心のあれは一体——」


 視線を研究施設の中心部へと向ける。


 そこには一際大きなガラスで囲まれたドームがあった。


「まるで何かを閉じ込めいたよう。ここでは何が行われていたの?」


 一通り調べたマーガレットだったが研究の記録はおろか、手掛かりすら見つけられなかった。


「成果は得られず、ですね」


 立ち去る前にと、マーガレットは中心部のドームへと向かった。


 ドームの中には小さな家と少しの植物があり、ガラスは人が抜け出せる程度に破られている。


 そして辺りには大量の血の跡。


「何があったの——えっ?」


 少し、ほんの少しだけマーガレットがガラスに触れた瞬間、ドーム内の家の扉が開いた。


 マーガレットは少し構えて、辺りの気配を探るようにして警戒を強める。


「誰かいるの——」


「お姉さん。僕はこっちだよ」


 気付いた時にはマーガレットの背後に白い服を身に纏った白髪の男の子が立っていた。


 白髪の少年をマーガレットの影が襲う。


 だが影は少年の体をすり抜けた。


「無理だよ。僕は幽霊、そしてこの研究施設の記憶だから」


「どういう事?」


「さあね。でも一つ言えるのは僕は呼ばれたから姿を現したんだ」


「呼ばれた?」


「そう。お姉さんの中に眠る何かにね」


 少年はマーガレットを指差した。


「あなた名前は?」


「クロム=クロシュバルツ。よろしくお姉さん」



 ◽️◆◽️◆◽️◆



「なあコイナくん」


「なっ......何でしょうか? イキリーナさん」


「言わなかったか? エルフを結界内に閉じ込めておけと」


 上から圧を掛けるような酷く冷たい声でイキリーナは言った。


 コイナを震え、怯えながらも答える。


「言われました......ですが!」


「口答えはよくないなあコイナくん」


「あがぁぁぁぁ!!」


 突如、コイナが足を押さえながら倒れた。


 床には彼の血が広がり、錆びた鉄のような臭いが辺りに漂った。


「次は手ですよ? 職人として切られたらまずいですよね?」


「すいません! 許して下さい!!」


「それじゃあ次はちゃんと、ね?」


 コイナが勢いよく頷くのを笑顔で見届けるイキリーナ。


 彼はコイナの耳元に口を寄せて囁くように言った。


「コイナくん。たしか君、魔力で動く人形作っていましたよね?」


「はい......十体程」


「それを例の研究施設に放ちなさい」


「......何故...です?」


 コイナは恐る恐る尋ねた。


 そんなコイナの反応を楽しそうに眺めるイキリーナ。


「君は知らなくていい事だ。君はわたしの言う事を聞くだけでいい」


「...わか......りました」


「いい答えだ。それじゃあ早速頼むよ」


 イキリーナはコイナに手を差し伸べた。


 コイナはそれを掴み、足の痛みで顔を歪めながら立ち上がる。


「次は失敗しない事だ」


「はい」


 そうしてコイナは足を引き摺りながらその場を後にした。


「よかったのですか? エルフに攻撃を仕掛ける真似をして」


「ああ。わたしが直接手を下していないからね。最悪誓いを破ったとしても責任を擦り付けられる。所詮ゴロツキ共が集まったゴミみたいな国だ。滅んだとて世界がより良くなるだけだ」


「そうですね」


 突如として現れた青いローブを纏った人物と会話するイキリーナ。


「全ては世界の為、そして勇者様の為だ。尊い犠牲だな」


「ええ。そう言えば例の件ですが」


「......なんだ?」


「今回の件が終わり次第、ネクストの席を用意するとの事です」


「おおそうか。実に素晴らしい!!」


 歓喜に満ちた顔をして、今にも踊りだしそうなイキリーナをただただ冷たく見る青いローブの人物。


「これでわたしもネクストの座に......!! ああ素晴らしい!! これで勇者様に近付ける......素晴らしい! 素晴らしいぞ!!」


 その光景はもはや狂気。


 人間の闇の全てを煮詰めたような感情がイキリーナの中で渦巻いていた。


「これでわたしも———」

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