第二十話 愛情は時に愛を縛る錠となる

 さてさてどうしようか。


 取り敢えず息子が立ち上がりそうなのは抑え込むとしよう。


 目の前には不思議そうに顔を傾げる桃色髪の女性。


 そして俺と彼女以外の人の視線、それと気配は感じない。


 これならちょっと手を出してもバレないだろう。


「あの」


「何でしょうか?」


 彼女はそう言うと少し俺と距離を詰めた。


 大きな二つのおっぱいがぶるんと揺れる。


「これ着て下さい。その......目のやり場に困るんで」


 彼女から顔を逸らし、ハカナさんから借りたローブを渡す。


 チラリと視線を戻すと、彼女は顔を真っ赤にしながらローブを受け取っていた。


「その......申し訳ないですわ。まさかこんな格好をしていたなんて......」


 どうやら全裸は意図的なものではなかったようだ。


「もう大丈夫ですわ」


 その声を聞いて俺は視線を彼女へと戻す。


 全裸ローブ。中々の破壊力だな。


 息子がスタンディングオベーションで喜んでいるのが分かる。


「そこでここは何処なんだ?」


「ここは墓場ですわ。わたくしの主人様の」


 おいおい。


 随分と物騒な場所に飛ばされたもんだ。


「わたくしはキレンカ。勇者ユウト様の守護精霊にして、彼の墓を護り、彼を待つ者です」


 上を軽く見上げて、悲しそうな表情をするキレンカさん。


 そんな顔を見てしまうと俺の息子もしょんぼりとしてしまう。


 俺は一部を除いて、女性が悲しんでしまう系では抜けないのだ。


「どうかしまして?」


「いや、寂しくないのかなって——」


「寂しいですわ」


 当たり前だと、彼女は言った。


「それよりも、貴方の事を教えて下さると嬉しいですわ」


「俺はクロム=クロシュバルツ——」


 突如、俺の発言を遮るかのように霧が晴れた。


 けど何か変だ。


 辺りに森があったりとか、街があったりとかではなく、ただ真っ白な空間に俺とキレンカさんがぽつんと立っている。


「何これ?」


 なんて顔を動かしていると、キレンカさんが驚いたと言わんばかりの表情をしていた。


「まさか......彼が?」


 彼女の言う彼が何を指しているのかは分からないけど、表情を見る限りだとかなりやばい状況なのは間違いない筈だ。


 俺はあれだけ何もしないと決めたのにまたなんかやらかしたらしい。 


 もうそういう運命なのかもしれない。


「クロム様でしたわね」


「はい」


「わたくしキレンカ、勇者ユウト様の守護精霊として案内しますわ」


「何処に?」


「彼の記憶と彼からの試練へ」


 そして、と彼女は一拍置いて真剣な面持ちで話を続けた。


「彼の元へ」



 ◽️◆◽️◆◽️◆



 マーガレットは酷く不機嫌だった。


 なんせ心の底から愛してやまないクロム様が居なくなってしまったからだ。


 勿論、怪我等の心配はしていない。


 ただクロム様は女性を惹きつける何かを持っている。


 だからこそマーガレットは不機嫌なのだ。


 自分という存在がありながら、他の女性と一緒にいるかもと考えるだけでマーガレットの怒りと不安は頂点に達した。


 一体何度マーガレットがクロム様を監禁しようとしたか。


「今日は災難でしたけど、また明日来て下さい」


「はい。明日もよろしくお願いしますコイナ殿」


 ガーベラとコイナのやり取りをマーガレットは横目に見ていた。


 その間もマーガレットはクロム様の事を考えていた。


(どうやらこの国には居ないみたいですね)


 マーガレットのストレスゲージが大幅に上昇した。


 現在、影を使って偵察用の分身体を数百体作り、マーガレットは国中を探し回っていた。


 これには緻密かつ正確な魔力操作の技術が必要となる。


 世界中でも一握りしか出来ない凄技をマーガレットは愛の力で簡単にやってのけたのだ。


(あれ? 国の地下に何かある?)


 マーガレットは分身体で地下を捜索した際に大きな空洞がある事に気が付いた。


 異変を感じ、さらに探りを入れると、古い研究施設のような場所を発見した。


 マーガレットはそこへ分身体を五体程侵入させ、それぞれ別々に探索させる。


 研究施設にはガラスの破片や何かの液体の染み。


 そして誰かの血液が残されていた。


 それはまだ少し乾いておらず、かなり新しいものだとマーガレットは理解した。


「どうかしたのかマーガレット」


「いえすいません。少しボーッとしていました」


「——あっ、そう言えばマーガレットさん。ガザリウス王がお呼びでしたよ」


 突如コイナがそう言い出し、マーガレットは何故か嫌な予感を感じた。


「王がですか?」


「何でも、死の行進を止めた事に対して感謝を述べたいと」


「分かりました」


 まだ嫌な予感は拭えぬが、マーガレットは王の元へ歩みを進めた。


 分身体の捜索はそのまま。


 ただ後にそれがこの国の、そしてこの世界の闇を知る第一歩になるとは、この時のマーガレットは思ってもいなかった。

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