白水Uブックス『中世への旅』シリーズを読もう!

ユウグレムシ

『中世への旅』シリーズを読もう!

■『中世への旅』シリーズについて


 入手困難だった白水社『中世への旅』シリーズが、白水Uブックスから新装版になって発売!!……というニュースをSNSでご存じの方も多いだろう。カクヨム作家・なろう作家などのSNSアカウントが、このニュースをこぞって拡散したことからも分かるとおり、『中世への旅』シリーズは、異世界ファンタジー小説や歴史小説の執筆に適した副読本なのだ。

 たとえば異世界ファンタジー作品の風景描写で、なんとなく「中世ヨーロッパ風の街並み」とか書いちゃう人向け。中世ヨーロッパの街並みが具体的にどんなものか、きちんと読めば解像度が上がるはず。


 SNSのニュース記事や書店のディスプレイだと、第一巻(に相当する)『騎士と城』の扱いが目立つが、本稿は第一巻と比べるとタイトルが地味な『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』も読んでもらうことを目的としている。ちょっと話を聞いていってくれ。三巻とも面白かったぞ。



■『騎士と城』


 「ヨーロッパの中世は、おとぎ話みたいにロマンチックなもんじゃないよ」

 『中世への旅』シリーズは、このテーマをやたらと強調する。

 現在では観光地化されている風光明媚な史跡も、かつては中世の人々が命を懸けて築き上げた要塞だったのだ。

 『騎士と城』では、騎士が栄華を誇った期間はすごく短かったということ、騎士のうちでも下っ端のほうは農民より貧しい暮らしにあえいでいたということなどが、詳しく書かれている。


 カクヨム作家の皆さんにとっての見どころは、

・どんな身分の者が、どうやって騎士になるのか(騎士=貴族じゃないよ)

・騎士の心がけ、騎士らしい振る舞いとはどんなものか

・騎士の生活はどうだったのか

・城砦の構造・機能についての詳説

 このあたりだろう。


 異世界ファンタジー小説を書くにあたり、騎士っぽくてかっこいいキャラを登場させたいが、どうしたら騎士っぽく見えるのか分からない、といった方には、騎士の誓い・騎士道についての記述がおすすめである。

 ……まあ、騎士道の理想なんてものは、おとぎ話の中の綺麗事であって、実際の騎士達は、最初こそ崇高な志を持っていても、すぐに落ちぶれてしまうってことが、本書を読むと分かるのだが。



■『都市と庶民』


 異世界ファンタジーのうちでも、商売で成り上がったり、都市を大きく発展させる物語などを書きたい作家さんにおすすめ。

 なんにもない野っ原に人が集まり、柵が立てられ、家々が建ち並んで、城塞都市や交易都市になっていくまでの成り立ちが、ものすごく詳しく分かる。


 中世の都市はどうして建物がごみごみしていたのか?

 石壁で囲まれていて、外側へは拡張しづらかったから。


 中世の都市はどうしてウンコまみれだったのか?

 街の中に馬や豚や羊がたくさん居たから。

 ウンコの掃除当番がきちんと決まっていなかったから。


 城下や郊外に暮らした庶民の衣食住、仕事、娯楽、教育制度、法律や刑罰、信仰、人間社会には付きものの理不尽な差別意識までもがよく分かり、巻末のほうに書かれている商工業ギルドや都市同盟の興亡についての話も見どころである。

 商業都市は、繁栄が極まってくると街を丸ごと自治するほどの力を持ち、王侯にさえケンカを売るようになるのだ!



■『農民戦争と傭兵』


 中世ヨーロッパの農民って、貴族にいじめられてばかりでキレなかったの?めっちゃキレ散らかしたよ!!……というのが農民戦争。

 ブチキレ散らかした農民達は団結して貴族相手に戦争を仕掛け、待遇を良くしてもらおうと交渉するところまで行った場合もあったが、身分の差を乗り越えるには至らず、鎮圧されてしまう。おのれ貴族!!


 中世も終わり頃になると、商業都市の繁栄の陰で、庶民から金を巻き上げるばかりだった騎士達は盗賊同然に落ちぶれ、王様は維持費のかかる常備軍よりも使い捨ての傭兵を戦争に多用するようになる。

 まがりなりにも気高い身分が多かった騎士達と違い、傭兵はハッキリ言って金目当てのごろつき揃い。この第三巻を読んでいると、なりふり構わなくなった人間の愚かさ、暴虐さに心を痛めずにはいられなかった。

 異世界ファンタジー小説に中世ヨーロッパっぽい傭兵を登場させようと目論んでいるカクヨム作家さんは、生半可な描写で恥をかかないためにも、ぜひ、本物の傭兵がどんなものだったか、一読してみてほしい。


 さて、本書最大の見どころは、何と言っても盗賊騎士ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン。人呼んで「鉄腕ゲッツ」についての詳しい記述である!!これだけでも読む価値あり!!

 ゲッツの話を読むと、この時代の騎士達は落ちぶれていても、生き抜くのに必死だったんだろうな、と思えてくる。ゲッツは騎士でありながら、農民達に請われて傭兵を集め、指揮官として反乱に加担する。しかし農民達の形勢が不利と見るや……


 ゲッツのほかにも、傭兵隊長として活躍した騎士や、農民達のために尽力した騎士のエピソードがいくつか紹介されている。ひとくくりにはできない騎士達の生きざまは、とても読み応えがあった。



■まとめ


 SNSのニュース記事を見て『騎士と城』だけ買いました、という人は多いと思うが、『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』も読んでみてほしい。

 全巻ぶっ通しで読むと、信仰心に燃える正義と慈愛の騎士達が時代の移り変わりとともにグチャグチャに壊れていく顛末とか、中世の社会にまつわる情け容赦ない描写が「人間は愚か……」「滅べ……」といった気分に浸らせてくれて、異世界ファンタジー小説や歴史小説を書くためのモチベを上げるのにうってつけである。


「ヨーロッパの中世は、おとぎ話みたいにロマンチックなもんじゃないよ」

『中世への旅』シリーズは、このテーマをやたらと強調する。

 ……魔王になっちゃいそう。

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