閑話 高峰銀星
目の近くから双眼鏡を遠ざけ、俺は何とも形容しがたい興奮状態に襲われた。
『面白いものが見られるかもしれない』
そう言われてこのバカでかい学校のバカでかい校庭を見晴らせる場所に来た。
丁度簡易ステージが設置されたのとは反対の場所にある倉庫の屋根の上。
お遊びの抗争も、ステージの様子も良く見えた。
「すげぇな……あんまし期待してなかったけど、確かに面白いもの見れたな」
俺より少し後ろの位置で立ったまま同じ光景を見ていた連が楽し気に笑う。
「ああ……そうだな」
同意しながら、ここに誘った奴が言っていた『面白いもの』とは多分違っただろうが、と少し考える。
あいつの目的はこの抗争を悪化させて八神と如月を決別させることだったはずだ。
こんな収まり方は望んでなかっただろうな。
「美来すごーい! 可愛い上に歌も上手いんだ。今度一緒にカラオケ行きたいなー」
場違いなほどに明るく言ってのけたのは隣に座る遥華だ。
そういえばこの間あの女と「連絡先交換したよー」って自慢げに話してたか。
あのときは「あっそ」としか返さなかったが、これは使えるかもしれない。
俺は美来が去って行ったステージに視線を戻す。
面白いものが見られるかもしれないと言われても別に期待してなかった。
それでも来たのはただヒマだったから。
案の定スターターピストルやら爆竹やらの子供騙しで混乱を引き寄せただけだった。
ナイフを潜ませていたのは良かったかも知れないが、聞いた話じゃあ二年前と同じ手口。
芸がない上に詰めが甘い。
二年前と同じ人物が策略したと言ってるようなものだ。
だから、呆れと嘲笑を持って見学していたんだが……。
はじめは、突然の叫び声にただ驚いた。
そうして声の主に視線を向けると、あの可愛いけどお子様な女がいた。
なんだ? と思った次の瞬間に紡がれた旋律。
力強い声音。
声に宿った、止まれという単純にして明快な思い。
それだけでもゾクゾクしたのに、月を睨み上げたあの表情。
目を潤ませながらも強く睨みつけるあの表情に、ドクリと心が動いた。
その高揚が今でも俺の中に残っている。
「成長してから、と思ってたんだけどな……」
キスだけで泣くようなお子様。
もう数年。
大学生くらいになってもう少し大人になってから食ってやろうと思ってた。
お子様だからいらないと切り捨てるにはもったいない容姿と体。
でも、お子様を抱くのは面倒だから勝手に育つのを待つことにした。
だが……。
「……なぁ、連。お前、ああいうお子様を好きに育てるのも好きだとか言ってたよな?」
「ん? ああ、そういえば言ったっけ?」
あやふやな記憶だったのか疑問形で返された。
まあ、別にそれはいい。
「理解出来ねぇと思ったけど……俺も育ててみたくなったわ」
「へー? 銀星が? あの子、お前にそこまで思わせたんだ。そういう意味でもすげぇな」
口笛を吹きながら楽し気に目を光らせる連。
今のでこいつもあの女に興味を持ってしまったかも知れない。
まあでも、俺が狙ってるうちは手を出さないだろう。
連はそういう奴だ。
だから気にせずどうやってあの女を俺のところに来させるか考えを巡らせる。
その思考を邪魔するように、隣の遥華が口を開いた。
「ちょっと……あんたが美来を狙うの邪魔するつもりはないけどさ、あの子を泣かせるのだけは許さないからね?」
見てみると本気の目をしていた。
「お前がそこまで言うのも珍しいな。気に入ってんのか?」
「モッチロン! 可愛いし面白いしさー。けっこーグイグイ行っても引かずに私の相手してくれてんだよ? あんな子好きになるなっていう方が無理だって!」
そこまで言う遥華に流石に本気で驚いた。
バイト先の店では営業スマイルだとか言ってそれなりに愛想を振りまいてるが、学校ではほとんど笑いもしないこいつがここまで嬉しそうに語るとか。
幼馴染としては、まあ喜ばしいと言える。
ま、だからといってあの女――美来を諦めることはしないがな。
「泣かれるのは面倒だから極力しねぇけどよ……。想定外の場合は仕方ねぇからな?」
後からグチグチ言われても面倒だから先に断っておく。
だいたいあのときのキスだって、あれで泣くとは思ってなかったからな……。
あー、そういう意味でも育て方考えねぇと。
そう考えると面倒だとも思ったが、さっきの月を睨んでいた表情を思い起こすとそれすらも楽しく思える。
あんな風に睨まれるのも良いかも知れないが、それが溶けて俺を求めるようになる姿も見てみたい。
考えるだけでゾクリと心が震える。
最近退屈だったし、良い獲物が見つかった気分だ。
「ああ……これからが楽しそうだな」
誰に聞かせるでもなく、俺は高揚する心のままに笑った。
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