《月帝》と《星劉》の対立①

 坂本先輩に【かぐや姫】だとバレてしまったり、八神さんや如月さんに迫られたりと色々あった。

 けれど、あれ以降は特に大きな事件も起こらずただ生徒会の仕事の忙しさに追われている。


 そのまま文化祭まで一週間を切ったころ。

 何事も起こらずにすめばいいなと思っていたんだけど……。

 そんな私の思いもむなしくちょっとした事件が起こってしまったんだ。



「星宮! 走るなと言ってるだろう⁉」

「ごめんなさい!」


 先生の怒声に謝りつつ、私は歩くふりをしてほぼ走ってるのと変わらない早歩きをした。

 一見歩いてるように見えるからか、それとも呆れたのか。

 とにかくそれ以上先生は何も言わなくなったので良かった。


 今日も今日とていろんな場所を走り回っていた私。

 今は北校舎の方の様子を見回っているところ。


 北校舎では劇の大道具制作や校門のアーチ造りなど大きいものの制作をしている。

 そちらも大詰めとなっているので、進行状況を確認して欲しいと頼まれたんだ。


 それぞれの制作場所を回りながら状況確認をしていると、何やら人だかりが出来ていることに気付いた。

 確かあの辺りは校門のアーチを作っている教室があったはず。

 何か問題でもあったのかな?


 状況を確認しようと人だかりに向かって行くと「やめてください!」と必死そうな声が聞こえた。


 これ、もしかして今現在問題が起きてる?

 やめてって言ってるってことは、誰かが問題行動を起こしてるってことかな?


 だとしたら一応生徒会補佐として止めないと。

 そう思って人だかりをかき分け進んで行く。


「すみません、通してください。いったい何が――?」


 言いながら人だかりが途切れ、目の前に悲惨な光景が飛び込んでくる。

 数人の不良と見られる男子生徒達が対立するように向かい合っていた。

 その中の一人と思われる人が完成間近だったアーチに突っ込んでいて、綺麗に装飾されていたアーチの一部に大きな穴が開いている。

 私の丁度反対側には元々この教室で作業したと思われる一般生徒が必死にやめてと叫んでいた。


「ちょっと、本当にどういう状況?」


 見てある程度は分かるけれど、どうしてこの状況になったのかが分からなかった。


「あ、美来様! 止めに来てくれたの⁉」


 丁度近くにいた女子生徒が喜色を含んだ声で話しかけてくる。

 様付けするってことは……。


「……なっちゃん?」


 見ると、声を掛けてきたのは私がいじめられていたときに水を掛けてきたなっちゃんだった。


「わ! 名前覚えててくれたのね⁉ 嬉しい!」

「あ、いや。その呼び方しか知らないんだけど……」


 暗に教えてくれたらちゃんとした名前で呼ぶよ、と言ったつもりだったんだけど……。


「それでいいよ。愛称呼びの方が親しい感じがして嬉しいし」


 と笑顔で言われて名前は教えてもらえなかった。

 まあでも、今はそんなことを悠長に話していられる状況じゃない。

 視線を前方に戻すと、にらみ合っている不良達がいる。


「なんか、【星劉】の不良達が先にちょっかい出して来てたみたいなの。手伝ってやろうかって言いながら邪魔してたって言うか……」


 私の視線を追って、なっちゃんが説明してくれた。


「それで、北校舎をナワバリにしてる【月帝】の不良達が一応助けようと出張ってきたんだけれど……」

「ああ……」


 その結果としてもれなくケンカとなって、アーチに大穴を開けることになったってことか。


「これ以上暴れられたら本当に困るね。せめて場所移してもらわないと」


 厄介ごとに首を突っ込みたくはないけれど、放置するわけにもいかない。

 私は足を進めてにらみ合う不良達の間に入った。


「はい、すみませんがせめて場所移してもらえますか?」


 あまり刺激しない様に仲裁に入ったんだけれど、主に【月帝】の不良達にはそんなの関係なかった。

 というか、私の存在自体が火に油だったみたい。


「なんだ?って、お前! 元を正せばお前のせいじゃねぇか!」

「は?」

「お前のせいで【星劉】の連中がいい気になって、こうやって俺らのナワバリにちょっかい出すようになったんだろ⁉」


 叫ぶ不良の後ろで他の連中も「そうだそうだ」と頷いている。

 うっ、と一瞬黙りそうになったけれど、それこそ元をただせば悪いのは私じゃない。


「人のせいにしないで頂戴。あなた達【月帝】の連中がちゃんと下っ端を管理してなかったのが悪いんでしょう?」

「そうそう。だからそんな管理不足のお前らに代わって、俺ら【星劉】が北校舎も管理してやるって言ってんだよ」


 私の言葉に便乗びんじょうして【星劉】の不良達がニヤニヤ笑う。

 いや、あんたらも問題ありなんだけど。


「あなた達も何言ってるの? 邪魔するのを管理とは言わないのよ?」


 睨みつけるけれど、私のことを舐めきっているのか「怖い怖い」と言いながら笑っている。


「とにかく原因のお前が来てもここは治まんねぇんだよ。邪魔だからどけ」


 と、【月帝】の不良が私の肩を押す。

 でも【星劉】の不良は逆に私の肩をつかんだ。


「いやいや、立ち会ってもらってちゃんとハッキリさせようぜ? どっちがこの学校を管理するにふさわしいチームかをよ」

「いや、だから――」

「はぁ⁉ ふざけてんじゃねぇぞ⁉」


 私の仲裁の言葉は届かず、ついに【月帝】の不良達が拳を振るい始めてしまう。


「はっ! 上等だぁ!」


 対する【星劉】の不良達も私を挟んだままケンカを始めてしまった。


「ちょっ! 危なっ⁉」


 巻き込まれた私はとにかくよける。

 こいつら程度なら叩き潰せると思うけど、のした後が面倒そうだな。

 でもこれ以上アーチ壊されるわけにもいかないし……。

 そう考えて、とりあえず動けなくしてしまおうと思ったときだった。


「本当に、もうやめてくださいー!」


 さっきから叫んでいた女子生徒が、何を思ったかケンカしている不良達の方へ突っ込んで来てしまう。


「なっ⁉ 危ないって!」


 不良の拳が彼女に当たりそうになって、思わずその女子生徒の腕を引っ張って引き寄せる。

 そうしている間に、アーチに大穴を開けてのされていたやつが起き上がり近くにあったハサミを掴んだ。


「っこのヤロウ!」


 彼を殴った人物だろうか。

 丁度私達を挟んだ反対側にいる【月帝】の不良に向かってハサミを突き出している。


 だから危ないって!


 そのまま放置するわけにもいかず、ハサミを持った方の腕の軌道をずらした。


「んな⁉」


 驚く不良。

 でもすぐに怒りの形相になって今度は私を睨んだ。


「てめぇ、邪魔すんじゃねぇ!!」


 そうして今度は私の方にハサミを向ける。

 難なく避けようとしたけれど、さっきかばった女子生徒は反応できていない。

 刺されたりはしない軌道だったけれど、かすりそうだ。


 そう思った瞬間私は彼女をかばう。

 それでいて自分に当たらない様に避けたつもりだったんだけれど……。


 ジャクッ


 耳のすぐ近くで、そんな音が聞こえた。


「え……?」


 まさかと思って触れると、おさげの片方が少し切られてしまっていた。

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