銀の総長③
「ええ⁉ いや、でもお礼も出来ないですし!」
そう主張すると、銀星さんは腕を伸ばして来て私の肩を抱くように引き寄せる。
「もちろんお礼は頂くぜ? 金銭以外でな」
「え? ちょっと」
そのまま歩かれてついて行くしかなくなる。
なんとなく嫌な予感はしたものの、確証を得るまでは下手なことは出来ない。
だから私は言葉を重ねた。
「金銭以外って何ですか? あと、どこに向かってるんですか?」
その答えは嫌な予感そのもので……。
「そりゃあもちろんカラダで。一番近くのラブホに向かってっけど……路地裏とかの方が良いか? お前外の方が興奮するタイプ?」
「……」
頬が引きつる。
この手の変態ってどこにでもいるんだろうか。
そして後半はわざわざ言わなくていい。
「……嫌だって言ったら?」
「離すわけねぇだろ? お前その姿俺の前でさらしておいて誘惑してねぇとは言わせねぇぞ?」
「え? してないんですけど⁉」
流石にそれには驚いた。
ただ単に地味子の姿から普通の格好にしただけなのに。
どうして誘惑したことになるの⁉
「自覚なしかよ……。まあでも、俺はもうその気だし。それに追われてんだろ? 一回シとけばその間に追ってるやつらいなくなるかもよ?」
確かに八神さん達は諦めるかもしれない。
でも。
「とにかく嫌です、離してください。服の代金払ってきますから」
キッパリお断りする。
「だから、離す気ねぇって言ってんだろ?」
「襲われるーって叫びますよ?」
「そうしたら路地裏に連れ込むからな? そこでさっさと済ませてやるよ」
「うわっサイテー」
髪の色だとか、遥華の話だとかでなんとなく予想はついていたけれど、銀星さんはいわゆる不良だろう。
遥華と知り合いみたいだし、南校関係の人かもしれない。
南校は不良校だって言ってたしね。
はぁ……これだから不良って嫌なんだよ……。
みんな明人くんや勇人くんみたいな人だったら大丈夫なんだけど。
ま、そんな都合のいいことはないか。
私は諦めのため息をついて状況把握につとめた。
そろそろ広場に入る。
これだけ開けた場所で人目もあるなら逃げやすいかな?
そう判断した私は銀星さんの隙を見はからって行動に移した。
今は肩を抱かれているだけ。
しっかり掴まれているけれど、力の方向を考えれば弱い部分はおのずと分かる。
私は不意を突いてしゃがみ込むことで彼の手から逃れた。
すかさず前方へ大きく足を踏み出す。
「は?」
銀星さんの間抜けな声が聞えたけど、構わず距離を取る。
そのまま走り出し、手が届くことはないよね、って思ったところで少しだけ顔を振り向かせた。
でも。
「てめっ! 逃げんな!」
気を取り戻すのが早かったのか、彼はすぐに追いかけてきていた。
っちょ⁉ 早いんだけど!
人込みを抜けながら走っているのに、すぐに距離を詰められ腕を掴まれてしまった。
すかさずまた力の弱い方向に腕を引きつつ体をひねる。
そうして逃げ出せたのにまたどこかしら掴まれてしまう。
銀星さん、強い!
今まで会った中で一番強いんじゃないかな?
でもだとするとマズイ。
互角か私より強かったら、捕まってしまう。
そう考えてしまったのが気のゆるみにつながってしまったのかもしれない。
次に掴まれたときにタイミングを逃してしまい、簡単には外れないようしっかり掴まれてしまった。
「おまっ、マジで何なんだ? 可愛い顔して強ぇとか……」
私より強いのかも知れないけれど、流石に本気で相手をしていたみたい。
銀星さんは私と同じくらい息切れをしていた。
「大人しそうな女じゃなくて残念でした。……ってことで離してください」
「やっと捕まえたのに離すかよ」
まあ、それもそうだ。
でも、今のやり取りで注目を集めている。
今なら暴れて叫べば路地裏に連れ込まれる前に何かしらの助けが入るだろう。
そう思って叫ぶために大きく息を吸い込んだときだった。
「【かぐや姫】?」
そんな言葉が耳に届く。
「え?」
つい反応してしまったのが悪かった。
その隙を突いて、銀星さんは私を引き寄せ後ろから抱くような格好で拘束した。
ヤバッ!
いくら何でもこれじゃあ身動きが取れない。
「ったく手間取らせやがって」
耳のすぐ上辺りから低音ボイスが響いてゾクリとしてしまう。
マズイ、誰か助けを――。
お巡りさんでも近くにいないかな、なんて希望を抱きながら周囲を見回すと、さっき私を【かぐや姫】と言ったであろう人物と目が合った。
坂本先輩?
視線がかち合うと、大きく目を見開く坂本先輩。
その口が【かぐや姫】と音にならない言葉を形作った。
そうしているうちに高志くんも来て、【月帝】と【星劉】のメンバーも集まって来た。
「おいおい、何だこれ?」
銀星さんは軽く驚いてる様子だったけど、その声はどこか楽しげだ。
対する佳桜高校のメンバーは私と銀星さんを見比べて驚いている。
ただ、その中の一人。
久保くんだけは驚くというより驚愕の表情をしていた。
口を開けて、何か叫びたそうにしている。
でも、最初に言葉を発したのは別の人物だった。
「……高峰……お前、その子とどんな関係だ?」
怒りを内包してるような低い声でそう言ったのは如月さんだった。
高峰って、銀星さんの苗字かな?
他の皆も似たような雰囲気で、みんな銀星さんを警戒するように周りを囲っていた。
みんな、銀星さんのこと知ってるの?
そんな純粋な疑問を抱いていると、銀星さんが口を開いた。
「どんな? 助けてやった礼に一回ヤらせてもらおうとしてる関係かなぁ? お前らこそなんだよ。俺らとは対立しないつもりなんじゃなかったのか? お坊ちゃんチーム達は」
挑発するような言い方。
それに反応したのは八神さんだ。
「余計な対立するつもりはなかったがな……その子――【かぐや姫】に関してはそうもいかねぇよ」
ピリッとした怒りがこっちにまで伝わってくる。
そんな中でも銀星さんは楽し気だ。
私の顎を掴み、少し後ろを向かせる。
互いの顔が見えるようになって、彼はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「そうか、あんたがあいつらの探している【かぐや姫】か」
まるで面白いおもちゃを見つけたような……どこまでも楽し気な銀星さん。
彼はそのまま顔を近付けてきた。
「なっ⁉」
驚き、予測する。
その行為の先にあるのは――。
「んぅっ!」
容赦のない口づけだった。
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