エピローグ

エピローグ 前編

 ……フム。

 これは一体どうしたことだろう。


 金曜日、朝から早退してぶっ倒れた私は、後で奏に病院にも連れて行かれて月曜日には全快した。

 いじめの方ももう大丈夫だろうってことで、今日は朝食のときから奏としのぶと一緒にいる。

 そうしてしのぶと仲良く教室に入った時から何だか色々とおかしかった。


 いや、正確には第一学生寮で朝食を取っているときから周りの様子がいつもと違うような気はしてた。

 でも何かがあったわけじゃないから気にしない様にしていたんだけれど……。


 とりあえず、自分の席に行くと机の上には新品の教科書。

 金曜日に破かれていた古文と現代社会の教科書だ。


 チラリと、破いた本人であろう女子達を見る。

 視線が合うとビクッとされて逃げられた。


 うーん。

 まあ、怖がられるよね。

 効果ありってことだから良いと言えば良いんだけど……。


 まあ、この教科書は彼女達でしょ。

 自主的にやったか周囲に言われてやったかは分からないけれど。

 自分で買わずに済んだから良かったってことにしよう。


 とまあ、ここまではまだ普通だった。

 おかしかったのはこの後。


 何でか知らないけれど朝からひっきりなしに人が来る。

 始めは渡辺さん達とかあまり話したことが無い女子達。

 次に奏と一緒に勇人くんと明人くん。


「ただの風邪で良かったよ」

「でも本当にもう大丈夫なのか? また倒れたら俺が運んでやるからな?」


 と、体調を崩したことを心配してくれていた。

 その辺りまではほっこりしながら「大丈夫だよ、ありがとう」と返していたんだけれど……。


「美来さん! もう大丈夫なの⁉」


 走って――は流石にしていないだろうけれど、早歩きでもしてきたのか息を切らしたすみれ先輩がそう言って教室に現れた。


「すみれ先輩⁉」


 わざわざ三年の教室から来てくれるとは思わなかったので本気でビックリした。


「金曜に倒れたって聞いて……。心配したのよ?」


 そう言って手を握ってくれる。

 その手が暖かくて、お姉ちゃんとかいたらこんな感じかなって思っちゃった。

 ついこの間知り合ったばかりなのに、すみれ先輩って優しい。


「もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます、すみれ先輩」

「……きゅわわん」


 笑顔でお礼を言うと、何故かまた頭を抱きしめられた。

 温かいし嬉しいんだけれど……苦しい。


 そして次に来た人達にはさらに驚いた。

 というか度肝どぎもを抜かれた。


 何故かずらりと勢ぞろいで現れたのは宮根先輩一同。

 階段で助けてあげた子とか、なっちゃん……だったかな? 水をかけてきた彼女とかもいる。


「えっと……?」


 まさかまだ嫌がらせするーなんてことにはならないだろうし、どうして私のところに来たのかが分からない。

 戸惑っていると、宮根先輩が代表して口を開いた。


「朝からごめんなさい。でも出来るだけ早く謝っておきたくて……」

「謝る……?」


 謝罪すると言われて私はチラリと奏を見る。


 実は金曜日の内に録音してあったボイスレコーダーは奏に渡してある。

 今後宮根先輩達がいじめとかしない様、彼女達の悪行を先生や他の生徒全てに知らしめるために。

 他の人達も宮根先輩みたいに嫌がらせをしてこないよう、公表して見せしめにするために。


 でも何となくの雰囲気で公表はしてないっぽいから何か脅しにでも使ったのかなって思ってたんだけど……。

 これは謝罪するように脅したってことなのかな?


 確認の様に視線をやった奏には、何故か目を逸らされた。


 え? 何? 違うの?

 じゃあどうして……。


 分からなくて小さく眉を寄せると、宮根先輩が頭を下げた。


「今まで嫌がらせして本当にごめんなさい、美来様!」

『ごめんなさい、美来様!!』


 宮根先輩の言葉を復唱するように他の数人の女子も声をそろえる。


 うん、でも待って。

 今なんて言った?


 美来――様?


 訳が分からなくてもう一度奏に視線をやると、目を逸らしたままの状態で苦笑い。

 その近くにいるしのぶも何だか「あ、ははは……」と困り笑顔。

 これはしのぶも事情知ってるな。


 でも謝って来た宮根先輩を放置して奏たちに事情を聞き出すわけにもいかず、まずは先にこっちをどうにかしようと動いた。


「えっと……とにかく頭を上げてください。反省してくれて二度とあんなことしないなら許しますから」


 正直言うと本気で腹が立ったこともあったからそう簡単には許せないところもある。

 でもこんな風に公衆の面前で謝られたら許す以外の選択肢はないでしょう。

 それに反省して二度と嫌がらせをしないって言うならもういいことにしようとは思ってはいたし。


 すると宮根先輩達は勢いよく顔を上げ「もちろんです!」と意気込んだ。


「私達は当然として、他にも美来様に嫌がらせをしようとする不届きな奴がいたら即刻叩き潰します!」

「え? いや、何で敬語――」

「美来様には火の粉すら届かないよう善処します!」

「……」


 宮根先輩の斜め後ろでは階段で助けた子がコクコクと頷いている。

 確かこの子、階段でもこんな風に首振り人形してたよね。

 なっちゃんは宮根先輩や首振り人形の子とは少し温度差があるけれど、ニッコリ微笑んで宮根先輩の言うことが当然だと言わんばかり。


 ホント、何がどうしてこうなった。


「宮根さん、あなたそれは都合が良すぎるんじゃなくて?」


 と、口をはさんできたのはすみれ先輩だ。


「それは重々承知よ。だからこれからの頑張りで名誉挽回しようとしているんじゃない」

「それもだけれど、散々嫌がらせしてきたのに美来さんがカッコイイからって手のひらを返したみたいに」

「仕方ないじゃない。助けてもらったあの瞬間……あの瞬間に射抜かれてしまったんだもの!」

「それが都合よすぎだって言ってるのよ。大体美来さんはカッコイイというより可愛いでしょう⁉」


「……」


 本人そっちのけで口論が始まって、私は二人を置いてススス……と奏たちのいるところまで後退する。


「……で? これってどういう事?」

「あー……どっから説明するべきか……」


 困っている奏の代わりに、しのぶが先に話してくれる。


「えっとね、何か休みの間に美来のファンクラブみたいなのが出来ちゃったみたいなの」

「……は?」


 どうしてそうなった。


「何か、もともと有栖川先輩を中心に食事中の美来が可愛いってことが広まってたんだけど……」


 食事中の私が可愛い……?

 あー……特に自覚はしていなかったけれど、周りの様子を思い返すとあり得るかも。


「それ以外に最近の美来が時折カッコイイってことで、一部の女子から美来様はイケメン女子! とかって声が上がって来てて……」

「いや、何それ初耳!」


 そっちに関しては自覚も無ければそう思われてるかもなんて考えたこともない。

 でもその結果が宮根先輩だとすれば彼女がどうしてこんなに変わったのかは分かった。


 ……理解は出来ないけれど。

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