声の秘密⑤
そして翌日。
しのぶとの約束の時間に合わせて部屋を出ると、丁度奏も出てきたところだった。
「そういえば他の第二寮生って全く見ないよね? 本当にいるのかな?」
階段を下りながら奏とそんな世間話をする。
「まあ、物音はするんだからいるだろ。生活する時間帯が違うんじゃないか? 登校時間とか」
「そうだね」
どんな人が住んでいるのか少し気になったけれど、今は学校に慣れることの方が大事だったからあまり気にしないことにする。
それより今日のことだ。
しのぶはかなり張り切っていて、昨日のうちに十一時からフリータイムでカラオケの予約を取ったと言っていた。
だから私達も今日は思い切り歌うぞー!ってテンションだ。
久々だから喉枯れなきゃいいなって思うけれど。
待ち合わせ場所の駅に着くと、二人でしのぶの姿を探す。
すぐに見つけたけれど、状況が良くなさそうだった。
何があったか分からないけど、しのぶはちょっとガラの悪そうな人たちに絡まれていたんだ。
「奏、出番だよ」
「言われなくても」
言うが早いか、奏はすぐにしのぶのもとへ急いだ。
私は様子を見るためにも少し離れて後を追う。
「だから弁償出来ないなら今から遊びに付き合えって言ってんだろぉ?」
「だから友達と待ち合わせているから無理です!」
会話が聞こえてくると、しのぶは結構強気で言い返しているのが分かった。
あんな人に絡まれて多少は怖いだろうに、言い返せるなんてすごいな。
感心しているとしのぶの元に奏が駆けつける。
「しのぶ、おまたせ。どうしたんだ?」
「あ、奏! 聞いてよ! この人達、自分からぶつかってきて自分の飲み物で服が汚れたからって私に弁償しろっていうのよ⁉ 理不尽じゃない⁉」
奏に感情のまま訴えるしのぶ。
その様子に、別に怖がってはいないのかなと思った。
奏は微笑みをたたえたまま、男達に向き直る。
「それで弁償しろって言うのは無理があるんじゃないですか? 変に注目されるだけだし、もうやめましょう?」
一応冷静に対処しようとたんだろうけれど、ああいうチンピラまがいの人達がそう簡単に引いてくれるとは思えなかった。
案の定、奏は胸倉を掴まれ睨まれる。
「ああ? 途中から来てなに収めようとしてんだよ。邪魔なんだよ」
なんて言うチンピラに対してため息をついた奏は、チラリと私に視線を寄越した。
ああ、はいはい。
私は事前に出しておいたスマホを耳に当て、少し大きな声を上げる。
「あ、警察ですか⁉ あのっ友達がガラの悪い人たちに絡まれていて! はい! 場所は――」
そのガラの悪い人たちが私の方を見る。
これが夜だったりすれば私も巻き込まれたり、もっと悪化することもあるだろう。
でも今は昼だ。
周囲の視線もあるから派手なケンカなんて出来ないだろう。
「っち! 行くぞ」
思った通り、彼らは逃げるようにこの場を去って行く。
「ごめんねしのぶ。もっと早く来れば良かったね」
私もしのぶの近くに行って謝った。
「良いよ、助けてもらっちゃったし。むしろ私がありがとうって言うところでしょう?」
明るく言うしのぶに、やっぱり怖がってはいなかったみたいだと思う。
「でも怖くなかったのか? 結構強気で言い返してたけど……」
奏も同じ疑問を持ったのか質問していた。
「まあ、学校でもすぐ近くに不良君がいるからねぇ」
「ああ……」
久保くんのことね、と私は納得する。
「それに、多分あいつら南校の不良だし」
「南校?」
今度は奏が聞き返した。
「うん。名前の通りこの辺りの南の方にある学校なんだけれど、あそこにはある意味本物の“暴走族”がいるんだ」
「本物の?」
意味が分からなくてまた聞き返す。
「ほら、うちの学校の“暴走族”って学校側が仕組んだ部分もあるでしょ? そんなのは結局学校の言いなりになっているだけだろうって反発してる不良たちが南校に集まっちゃったんだ」
「ああ……」
そう言われるとなんか納得した。
「でもうちの学校の方が県外からも人が来てるし、ケンカが強い人も多くてね。南校の“暴走族”は弱小だって言われてるの」
だからあまり怖くないんだとしのぶは言う。
「……うーん、でも」
一通り話を聞くと奏が話し始める。
「いくら弱小でもしのぶよりは強いだろ? ケガしてほしくないし、あんまり突っかかって欲しくないな」
「う……ごめん」
そのあたりはしのぶも分かっているのか、素直に謝っていた。
奏はそんなしのぶの頭にポンと手を置き、「まあ……」と続ける。
「どうしても突っかかって行くなら俺がいるときにしろよ? 守ってやるからさ」
「奏……」
お?
二人の世界入っちゃうかな?
そう思ってススス、と距離を取ろうとしたら。
「えへへ……じゃあ私は美来を守るね!」
と、どうしてか明後日の方向に話を進めるしのぶ。
いやぁ……多分しのぶよりは私の方が強いと思うけどな……。
一応武術習ってたし。
奏も私がそれなりに強いことは知っているから、「うーん」と何とも言えない表情をしていた。
そんな私達に気付いてか気付かないでか。
しのぶは無邪気に言葉を重ねる。
「美来って何だか妹って感じだからさ。お姉ちゃんが守ってあげないとね」
なんちゃって、とテヘペロしてる姿は可愛くて、むしろ私が守りますお姉ちゃん。とか思ってしまった。
しのぶの言葉を聞いた奏は口元を覆って視線を他所にやっている。
隠した口元はめっちゃニヤニヤしてるだろうことは私には丸分かりだった。
しのぶにとって私が妹ってことは、しのぶは私の姉ってことで……。
私の姉になるには奏と結婚する方法しかないわけで……。
なんて妄想をしているんじゃないだろうか。
まあ、しのぶも無意識にそう思っていて、ついポロリと口にしてしまったって感じも無きにしも
でもそんな妄想をしてニヤニヤするのは流石に気持ち悪いぞお兄ちゃん?
そんなやり取りをしてから、やっと私達はカラオケへと向かった。
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