第二十四話 新人

 結局小野寺は天音が呼んだ救護班によって附属病院に搬送され、望みは薄いが意識の回復を待つ段階になった。

 六は斥冥力が並の人間より高い故に、襲撃の際に負った傷は三日程で全快した。希海の方も産業ビルの前の車での跳躍で負ったかすり傷以外に外傷は無く、やがて襲撃前の生活が戻って来た。


 ただ、六と希海の距離は二人暮らしが始まった時と同じように、いや、むしろその時より離れてしまっていた。

 リビングに居ても会話は殆ど無く、勉強会をすることも自然と無くなった。生活するうえで必要な会話は問題なく行われたが、どこかぎこちない言葉ばかりで、互いが気まずさを感じていることは実に明白だった。


 今まで鬱陶しいと感じていながらも、心のどこかで求めていた希海の快活な声が消えた静寂の日々の中で、六はひたすらあの、希海と衝突した場面を考えていた。


 一つ、気づいた事がある。

 俺は死にたがっているのではないか?

 本人の選択だと言いながらも、あの時小野寺さんのその後を想像して、頭に浮かんだのは「もう意識の戻らない父親としての人生」ではなく、「パンドラとしての人生」だったのではないか?

 厄災を背負って生きる自分の辛さを、無意識に小野寺さんに重ねていたのではないか?

 

 六は毎晩自室のベッドでそんな自問自答に浸り、寝れなくなって本を手に取るのである。


 またそんな精神状態からか、六は結晶を嘔吐する頻度が高くなった。夜に飛び起きて洗面台やトイレへ走ることにはとっくに慣れているが、忌々しい厄災について考えているここ数日、抑えきれず喉から這い出る結晶を見て不愉快にならない訳が無い。


 そして、これまでには無かった変化。

 それは六の腕が青い結晶の鱗のようなものに覆われる、というもの。

 最初は右腕だった。曲線を描いて尖る長い爪が生えた手先から肩まで。痛みは全く無く、恐る恐る触ってみると、普段の出力で生成する結晶より数倍硬いことが分かった。この硬さでこの量の結晶を自分の意思で作り出すとなると、かなりの冥力を消費しそうだが、冥力が体から消えた感覚は無い。皮膚を覆い尽くす結晶は一時間ほどで跡形もなく消え、次の日は左腕に症状が出た。

 希海も流石にこれには心配し、すぐに診察を受けたが、こんな例は世界中どこを探しても無く、処置のしようがないとのことだった。

 「冥事対策機構附属」の名を掲げ、厄災に関して最先端の医療を提供すると言われるこの病院ですらこの程度か、と六は内心呆れた。それだけ冥界に関する人類の知識は、果てしなくゼロに等しいのだ。


 


「よう、特異課のパンドラ共! 今日からここでお前等の仲間として働くことになった螺神侭だ。多分三日後には出世してお前らの上司になってる筈だが、気軽に接してくれよ!」

 会議室に集まった特異課の面々が、苦虫を嚙み潰したような顔でスーツを着た侭を見る。質の悪いジョークのつもりなのか、それともただ失礼なだけなのか分からない侭の挨拶に言葉を返す者はいない。

「ちょっと、侭君! みんなドン引きしちゃってるじゃん…………それと入って三日とかで出世するわけないから! 最初から張り切りすぎ!」

 皆の顔色に肝を冷やしたフランが慌てて言った。


 既に各個人で襲撃に関してのブリーフィングは済ませていたが、瞬が復帰した今、希海も交えて特異課全員で報告会と会議をすることになったのである。

「侭君はパンドラではないんだけどね、特例で特異課に加わることになりました」

 皆にそう告げるフランの横で、腕組みをした至出上が言う。

「入局試験の時の浮かれたヤツだな? ここは原則パンドラしか所属を許されていないだろう。それに一度断ったお前がここに入れようと思うなんて意外だ、上の指示か?」

「侭君から私に熱烈なラブコールがあったもんだからさ~。議会に提案したら、OKが出たんだ。大丈夫、実力は確かだよ? 希海ちゃん達の車を最初に襲撃した伊田俊樹、あいつを倒したのが侭君」


 会議室のテーブルを囲む全員に衝撃が走る。


同時に、あの時小野寺の通信機越しに六に指示をし、ビルの窓を突き破った人間が侭だということに希海も気づいた。それに螺神侭と言えば、あらゆる格闘技大会で名を上げている同い年くらいの人が居ると、高校のクラスメイトから聞いたことがある。その特徴的な苗字から、同姓同名の人違いではないだろうと思った。

 フランの隣で、誇らし気に微笑を浮かべる侭。

「おそらく近いうちに二度目の襲撃が来る。私も含めて、希海ちゃんや皆はしばらく本部の敷地内から出ることは無いけど、何が起こるか分かんないからね。使えそうな戦力は放っておけないってのが上の考えさ」


 確かに議会はそんな結論を出した。しかしそれは単なる大義名分で、非パンドラである侭がパンドラ達の能力を活かす唯一と言っていい場である特異課で活躍することで、「彼らの優れた異能すらに置き換えられ得る」といったパンドラに対する世論の向かい風を強めたいという管理派の狙いにフランは気づいていた。

「ちょっと待ってくださいよ、局長。確かに俺達はこいつに助けられましたけど…………こんなヤバそうな奴を仲間に加えて大丈夫なんですか? 大体、こいつは一般人の身分で殺人を……」

「おお、てことはお前、あの時のドライバーだな? そっちは例の羽宮希海!」

 口を挟む六に、侭が指をさして言う。

「お前は黙ってろ。こっちは重要な護衛対象が居るんだ。何かしでかしたらその時は俺がお前を殺すからな」

「俺に勝てんのかよ? 局長が言ってたろ、特例だって? そんなしょーもない事がチャラになるくらいつえーってことだよ、俺は」

「人を殺す事がしょうもないだと?」

「あ? あいつはテロリストだったろうが。それに、俺が助けに入らなかったら今頃お前らはどうなってた?」

「あ…………あぁ……ああああ…………」


 今にも取っ組み合いになりそうな二人の剣幕にフランはどうしたら良いか分からず、終始怯えた猫のような表情を浮かべるしかなかった。

「どうしよ、うちの雰囲気が最悪に……。アットホームな職場を目指してたのに…………」

「その言葉、ほんとにアットホームなとこの上司は言わないと思いますけど…………」

 テーブルにへにゃりと上半身を預けるフランに、苦笑いしながら天音がツッコミを入れる。

 見かねた至出上が六と侭を叱ると、二人はしぶしぶ元の立ち位置へ下がり、互いを睨んだまま口を噤んだ。


 それから会議は一時間ほど続いたが、話をするフランの声にいつもの覇気が戻ることは無かった。

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