冥界より、美しきパンドラ達へ

@Minowa_Han

第一部 猟犬編

第一話 無燈

「──生きて」

 

 脳があらゆる信号を拒絶し、感覚が無くなっていく中、横たわり、肉塊になりかける目の前の女性が呟いた言葉だけが確かに耳に届いた。

 灯の無い夜の寝室。全ての音が捨てられた暁闇に、逸る心音だけが外界との繋がりを煩く訴えかけていた。

 ……冷たい。薄っすらと瞼を開き、震える手でこちらの頬に優しく手を当てるその人物の周りには、透き通るような青の結晶が砕け、散乱していた。体を打ち震わす悲愴に浸っているはずなのに、その青に血の朱が交わる様がこの殺風景な部屋に似合わず美しいことに気づく。彼女の最期の姿をこの目に焼きつける為に、少年はとめどなく流れ落ちる涙を必死に拭い続けた。

「あなたの力、その結晶は大切な人を守るためのもの。

 ──だから、生きて」

 

 ゼエゼエとした喘ぎと淡に遮られ、途切れ途切れになりながらも彼女が確かな声で発した言葉は、少年の人生にとって呪縛となるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る