デーモンデストラクション〜ゲーム進行上絶対必要なアイテムを入手してしまったので、主人公が取りに来るまで全力で守り抜きます

黒羽椿

ゲーム進行上絶対必要なアイテムを、ただの一般人に渡す無能


 「お主になら、この破魔の鍵を託せる……後のことは、頼んだ、ぞ……」


 「…………は?」


 例えるのなら、夢から覚めた瞬間の様だった。朝のアラームで強制的に叩き起こされ、夢と現実の区別がつかず、数秒ぼーっとしているみたいな感じだ。


 気がつけば俺は、ひげが胸の辺りまで伸びている老人から、青碧せいへき色のガラス細工みたいな鍵を貰っていた。すると、老人はすーっと姿を消し、初めから誰も居なかったかのように、辺りは静まりかえった。


 何処かで見た覚えのあるデザイン、何処かで聞いたことのある破魔の鍵という名称。そして、自分の中で混在する二つの記憶。


 数分後、俺は自体をようやく把握することが出来た。それと同時に、自分がやってしまったことの深刻さにも気付いた。


 「これ、『灯火の光』のキーアイテムじゃん……!?」


          1 


 イメージしやすいのは、国民的なRPGであるドラゴンを討伐し、姫を救うあれだ。それだけで『灯火の光』というゲームがどういう類のものか説明が出来るだろう。


 内容としても、クソゲーと言うわけでも無く、かといって絶賛されて何千万本も売れた神ゲーという訳でもない。


 ヒット作を聞いて、ゲーム好きなら「あぁ、あれを作ったところか」となるかもしれないが、その作品以降は微妙な売り上げを出し続けた、とあるゲーム制作会社。そんなところからリリースされたのが、『灯火の光』というRPGである。


 よく言えば王道、悪く言えば大ヒット作のパクリ。独自のシステムが盛り込まれている訳でもなく、いっそつまらない位に無難な要素とキャラ設定が詰め込まれている作品だ。


 10点満点で評価するなら、思い出補正込みでも7点が限度だ。これは、その程度のゲームである。


 それでも、俺はこのゲームが好きだった。幼い頃、金の無い俺が2000円で買えるから、という理由で購入しただけだったが、無難が故、素直に楽しむことが出来たのだ。


 裏ボスはもちろん倒したし、レベルも99にした。三個しか無いセーブデータ全てを埋め、自分なりに色んな方法でこのゲームを遊び尽くした。攻略本も買ったし、根も葉もない裏技を試してセーブデータをおじゃんにしたこともある。


 そんな、俺としては感慨深い作品が、『灯火の光』なのだが……問題はここからである。


 恐らく、というか間違いなく、今の俺はその『灯火の光』の世界に居る。そのことに、俺は今の今まで何の違和感も無く生きていた。ダン・ルーヴという、一人の人間として。


 だが、今の俺はこれまでのダン・ルーヴでは無い。『灯火の光』というゲームをやりこんでいた、何処にでも居る日本人としての記憶をどうしてか思い出してしまった。その原因は、きっとこれのせいだろう。


 「破魔の鍵……古代の遺物を保管した魔法の扉を、唯一開ける事が出来る鍵、だったよな」


 今俺が手にしているのは、物語中盤で手に入る、新たな扉を開ける事が出来るキーアイテムだ。そしてこれは物語の進行上、必ず入手しなくてはいけないものである。それもそのはず、この鍵が無ければ先のステージに進めないのだ。


 その入手法法は、さっき俺にこれを渡して消えやがった老人に話しかけ、ちょっとしたイベントをこなせば手に入るのだが……あの野郎、主人公じゃなくてよく分からん俺なんかにそれを託しやがった。


 「これ、不味いよなぁ……だって、これが無いと先に進めないだろうし」


 本来、このアイテムを取るには誘いの森という、ノーヒントではほぼ突破不可能なダンジョンを攻略しなくてはいけない。


 さらに、ヒントがあろうとここは凶悪な魔物が多く生息しているので、それこそ主人公やメインキャラ並の強さが無ければ、目的地までは到達不可能のはずだった。


 しかし、俺はそこまで辿り着いた。辿り着いてしまったのだ。


 「緊急離脱か……なんでそんな有用スキル、ただの盗賊崩れが持ってんだよ……」


 この男、というか俺はただの雑魚だ。ステータスは見えないが、記憶の中の実力からして、高く見積もってもレベル5~6辺りのならず者である。だというのに、俺は一つだけスキルを所持していた。


 緊急離脱。それは、使用すれば100%戦闘から逃げる事が出来る、使えると便利な盗賊スキルの一つだ。大した強さも無い癖にここまで来れたのは、このスキルのおかげであった。


 それに加え、俺はその豪運で誘いの森を初見で攻略していた。まるで、ルートを知っているかの様な順序をたまたま通り、魔物は全て緊急離脱で逃げ、破魔の鍵を手に入れたのだ。ゲームをやりこんだ俺ですら、ストレートで行くのは難しいところなのに。


 しかし、それは非常に不味い。俺にこれを託した老人は、魔物からもこれを守っていた。ラスボスである敵側の魔王やその同胞たる魔族やら、その他この世界に混沌を齎す存在達からもだ。つまり、このままここに捨てていけば、どうなってしまうか分からない。


 だから、ここで破魔の鍵を捨てるという選択肢は俺には無い。受け取ってしまった以上、主人公にこれを渡すまで、俺はこの鍵を守り続けなければならない。


 それが、盛大にフラグをぶち壊した俺の取るべき責任である。あと、魔法やらファンタジーの世界に少しワクワクしている自分も居た。


 「けど、絶対奪われるよなぁ……だって俺、クソ雑魚だし」


 ブツブツとネガティブな発言をしながらも、頭と身体は冷静に動いていた。俺がこれを所持している以上、誰かが奪いに来るのはほぼ決定事項だ。相手側には何でも見通す占い師がいるから、遠からずそうなってしまう。


 記憶から察するに、ゲームの物語はまだ始まっていない。おおよそ、三年後くらいに主人公が旅を始めるくらいの時代だ。それまでの間、俺はなんとかこの鍵を守らないといけない。


 そんな重大な使命、俺には荷が重すぎる。しかし、これは未来の出来事を知っている俺で無いと不可能だ。ミスればワンチャン、世界が滅びる。


 「……やるしか、ねぇか」


 俺は走り出した。目指す場所は、近場の破魔の鍵で開けられる宝物庫だ。


 現時点で俺のアドバンテージは、そういった手付かずの宝を手に入れられることにある。ちょうど、誘いの森付近にはそれがあった。


 「っ……! 緊急離脱……!」


 画面で出てくるよりも凶悪な姿の魔物から逃げ、誘いの森を出る。正直、ビビり過ぎて悲鳴とかは全く出てこなかった。人間、本当に切羽詰まるとリアクションなんて出来ない。


 そんな魔境である誘いの森を出てすぐのところに、その宝物庫はあった。そして、そこには攻略で非常にお世話になったことから、今でも覚えてる装備が保管してある。


 鍵と同じ色合いをした青色の扉には、鍵穴が無かった。仕方なく、破魔の鍵を持ちながら押すことにする。すると、扉は最初から開いていたかのように、すんなりと動いていった。


 中には記憶の通り、宝箱が三つ。その内の真ん中に、求めていたものはある。


 「これが本物の灼熱の短剣……! すげぇ……!」


 リアルで見る魔法の武器は、想像を遙かに超えていた。灼熱の短剣というその武器は、ゲームだとただの炎属性付きの武器でしかなかった。


 しかし、現実はゲームよりも派手だ。まず、振ると炎が飛び出る。柄を握っているだけでも、グローブ越しに刀身の熱さが伝わってきて、その炎に触れれば重度の火傷を負うことになるだろう。


 真ん中に填まっている赤色の宝石も、画面で見るよりずっと綺麗なもので、これが売却不可なのは納得いかないと改めて思った。


 「熱ッッ!!! こんなん握ってたのかよ……!」


 調子に乗ってブンブン振り回していると、柄の部分も持っていられないくらいに熱くなってきて、そのまま落としてしまった。果たして、これを俺が扱いきれるのだろうか?


 ともあれ、これで目的の武器は回収できた。この灼熱の短剣、単に装備するだけではなく、戦闘で何回でも使える道具としても使用出来るのだ。


 その効果は火炎球という、魔法使いなら誰でも使える魔法の上位版、灼熱球をノーコストで使用できるというものだ。もちろん、精神力というMP的なものも一切使わない。かなり便利な武器なのである。


 「さて、行くか」


 それと、精神力が上がる指輪とそこそこ貴重なアイテムを回収して、俺は宝物庫を後にした。やらなければいけないことは山ほどある。それこそ、プレッシャーに負けてなどいられないほどに。


 まずは、レベリングと、とある人物の救出だ。俺は近くの街、ラトリアへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る