秋月さんの小さな覚悟 1
生徒総会当日。司会進行なども生徒会役員が持ち回りで行うのが通例らしいのだが、豊瀬先輩が「慣れないうちから一年生にやらせるのは酷よね。私たちで回しましょう」と気遣ってくれた結果、私や輿石には仕事は生まれなかった。その他の生徒同様、床で座っているだけで良い。
まあ、豊瀬先輩の配慮の半分は本音で、もう半分は建前なのだろうと思う。その建前に隠れている感情もなんとなくわかる。輿石を前に立たせたくないというところだろうか。
なにをしでかすかわからないし、前科があるし……で、賢明な判断だと思う。
ゾロゾロと生徒は入ってくる。昼休みを挟んでの生徒総会だからか、かなり疎らだ。
体育館の扉が閉められるのと同時にチャイムが鳴り響く。生徒総会の始まりを知らせるチャイムだ。
喧騒な空気に包まれていたのに、チャイムを挟むことで静寂へと移り変わる。チャイムも一つの要因なのだろうけれど、一番の要因はステージ上に豊瀬先輩が上がったからだ。
マイクスタンドの前に立ち、一瞥する。その一挙手一投足は華麗なものであって、豊瀬先輩がいかに格式高い人間なのかを痛感させられる。
出席番号順ということで、私は先頭に座っている。そのせいで嫌でも豊瀬先輩と目が合う。
柔らかい表情を向ける。余裕が感じられる。
豊瀬先輩は教師の視線も、生徒の視線も一身に受けているのに余裕そうだ。私を見つけて頬を弛緩させられるくらいには余裕があるのだ。
ただただスゴイなあと思う。
これ以上にないくらいに目立っている。世界の中心は豊瀬先輩にあるんじゃないかってくらい皆が一斉に豊瀬先輩へ目線を向けている。
素直に尊敬できる。私はあそこまで目立ちたいと思わない。
やりたくないの一言で逃げられるものではないってのはわかっているのだけれど、わかった上でもあそこまで堂々としていられるのは尊敬できる。
豊瀬先輩は内ポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出し、ガサゴソと音を立てながら広げる。そして目線を紙へと落とす。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
口を噤むと一歩下がって、ぺこりと頭を下げる。顔を上げるとなにもなかったかのように前を向いて、マイクスタンドへとまた一歩近付く。
「本日は全校生徒の三分の二出席……ということで、学内規則に則り、本日行われる生徒総会は有効とさせていただきます。また各承認に関しては拍手にて可否を判断致します。承認の場合は拍手にて意思表示をしていただきますようお願いします」
ぱちぱちと疎らな拍手が聞こえる。ここでも拍手するものなのか、と思いながら飲み込まれるように拍手をしておく。
豊瀬先輩は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに真顔となる。
ここで拍手してもらうつもりはなかったのだなと今の反応で理解した。
「拍手するところでしたか。わからないものですね」
私の後ろに座るいつも絡んでくるクラスメイトはそんなことを呟く。
「さて、最初に報告するのは――」
という感じで形式上の生徒総会は始まった。
豊瀬先輩が喋ったり、各委員会の委員長が喋ったりとやることこそ多いが、どれもこれも重要でもなければ、なにか面白いわけでもない。
ただ時間を要して、敷かれているレールの上を走るだけ。
きっとこのままのらりくらりと平穏なまま生徒総会は終わるのだろうなと思う。
なにかハプニングが起こって面倒なことになるくらいなら、のらりくらりとした展開で良いのだけれど。
その時を歩んでいる今は暇だなあと思ってしまう。
一番前に座っているせいでいつなん時でも豊瀬先輩と目が合ってしまう。
困ったものだ。眠ることはもちろん、欠伸をすることさえできない。
肩肘が張ってしまう。
あまりにも暇なので、拍手に紛れて後ろを振り返ってみる。輿石はどんな表情をしているのだろうと気になった。
金髪なのでどこに座っているかは一目瞭然だ。
めちゃくちゃ大きな欠伸をしている。つまらないのは私だけじゃなかったらしい。良かった。
そういえば、豊瀬先輩は生徒総会を楽しみにしておいてと言っていた。覚悟とやらが決まったらしい。なにか面白いアクションを起こしてくれるのではと密かに期待していた。
ただ、今のところそれらしいことはしていない。
原稿に沿って淡々と生徒総会を進めているだけ。
各委員長の報告が終了してもそのスタンスは揺るがさない。
表計算ツールの画面をプロジェクターで映し出し、抑揚もなく淡々と予算について説明していく。
説明してはいるが、それを耳にするような生徒は少なくとも周囲にはいない。つまらなさそうに体育館の時計を見つめていたり、割りばしやら指スマやらで遊んでいたり、膝を抱えて眠っていたりと様々だ。
喋って周囲に迷惑をかけている人がいないだけマシだろう。
まあ、気持ちはわかる。
生徒会に所属している私でさえ、つまらないな、暇だなと思ってしまっているのだ。
でもまあ、授業が潰れている。その事実を考えれば生徒総会も悪くないと思う。
生徒総会をするか、それとも世界史の授業を受けるか。その二択。
そりゃ前者の方が良い。
「今学年は部活動や同好会の設立および昇格の申請はございません。そのため最後の議題に移らせていただきます」
豊瀬先輩は進行をする。
あれ、それが最後じゃなかったっけ、と不思議がる。
まだなにかやり残したことがあったかな。この前、豊瀬先輩が流れを説明してくれた時は部活動やら同好会に関する議題で最後だったはず。
ここから豊瀬先輩の覚悟とやらを見ることができるのだろうか。微かに期待する。
「我が校にはいくつもの校則が存在します」
豊瀬先輩は切り出す。芝居がかった口調だ。
一瞬で空気はガラリと変わる。明らかに普通じゃない。緩んでいた糸はピンっと張る。
「例えば髪の毛の色。用もなく他学年のフロアに足を踏み入れることの禁止。他にも下着は白、靴下の色は白か黒。スカート丈は膝まで伸ばす。など……上げようと思えばキリがありませんが無数の校則が存在します。多く校則があるからこそ、我が校の校風。多様性を認め、個性を尊重するという校風と相反する校則が存在するのもまた事実です」
喧騒とした空気が漂い始めた。
しかし豊瀬先輩は諸共しない。
「校風に相反する校則。即ち、時代にそぐわない校則が存在するのです。校則は法律と同じく時代に合わせて変化させていくべきなのです。校則とは、ルールとは、不変なものではありません。その都度変えていかなければ不和を生み、不調を生み、やがて噴火するのです。だからこそ、私は今日大きな一歩を踏み出すことを決意しました」
マイクスタンドからマイクを外し、ステージから落ちそうなくらいになるまで前へ出てくる。
「生徒会長として、我が校に新たな歴史を刻みたいと考えています。その第一歩として、恋愛禁止という校則を撤廃します。賛同される方は拍手のほどお願いします」
豊瀬先輩はそう言い切ると、深々と頭を下げる。
周囲は困惑したような反応を見せる。拍手をするべきなのか、それともスルーするべきなのか掴みかねている。
拍手は起こらない。発生しない。当然だ。
したところで自分一人だけかもしれないという緊張。教師に怒られるかもしれないという不安。周りから白い目で見られるかもという恐怖。
多分どれかしらが押し寄せてくる。人によって違うのだろうけれど。
周囲の様子を伺って、私はまだ良いや。誰かが拍手したら拍手しようと思うのだ。
沈黙は続く。教師たちは動くに動けない。
輿石の時とは違う。やっていることは無茶苦茶かもしれないけれど、生徒会長がやっているせいで制止できないのだ。
これはある種、生徒への提案とも考えられる。そして提案は校則において認められている。
「はいはーい。私は賛成しまーす。春香がなにを考えてこうしようとしたかなんてわかんないけど、きっと必要なことなんだよね。生徒会長を支える。それが副会長の役目だよ」
バッと立ち上がった笹森先輩はそう言い放って、一人で拍手をする。
静かだった体育館に響くクラップ音。パンパンパンパンと一定間隔で寂しく響く。
それでも笹森先輩は屈しない。酷く冷たい視線を浴びてもその音を絶やすことはない。
「チッ……アタシも賛成だ。堂々と恋することができるってのも悪くはねえ」
不満そうな面を見せつつも、輿石も手を叩く。また一つ音が増える。
「そうですね。私も賛成です。女の子同士で付き合うことを先生方は危惧されているのかもしれませんが、手遅れですよ」
私の後ろの子も立ち上がって振り向きながら腹から声を出す。ただのおかしなクラスメイトだと思っていたのに。
「んん? あ、そう。私たち付き合ってるし。校則で縛ろうは時代遅れ」
いつも一緒にいる女の子もそう口にする。付き合っていたのか。知らなかった。もしかして雑貨屋で出会ったときはデートをしていたのかもしれない。
あの時は本当に申し訳ないことをしてしまったなあ。
彼女たちの加勢で、拍手をする流れが完成する。
一人が拍手をし、また一人が拍手をする。隣の人がするのなら、私もしようかな。した方良いのかな。と、拍手は波及していく。
日本人らしさ全開とでも言えば良いだろうか。一人が始めたら次々に巻き起こる。
そうして、気付けば体育館は拍手喝采。大きなクラップ音が響き渡る。
「では、恋愛禁止という校則は本日をもって廃止となります……」
豊瀬先輩は俯く。
ことんと壇上にマイクを置いた。スイッチは切っていないのだろう。床にぶつかった音をマイクは拾っている。
すぐに顔を上げる。
「お前らああああああ」
柄にもなく叫ぶ。私がそう思ったということは他の人たちはより驚いているのだろう。
拍手は一瞬で静まり返り、豊瀬先輩に注目が集まる。
「自由に恋愛をしよう。恋をしよう。青春を取り戻そう」
豊瀬先輩は拳を突き上げる。
そして雄たけびに近しい声を上げる。それに釣られるように、生徒側からも「うおおおお」という歓声があがった。
豊瀬先輩の言っていた覚悟とはこれのことなのだろう。なぜ、あのタイミングで覚悟が決まったのかはわからないけれど、まあ面白いものが見られたし、良しとしよう。
こうして急展開を迎えた生徒総会は幕を閉じたのだった。
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