秋月さんの初体験 3
困ったように、不安そうに、泣きそうに、憂いと怒りも混ざっているような。とにかく、本当に色んな感情が混ざったような顔をしながら問う。
情緒不安定なのだろうか。
それはそれてして、どう返せば良いのか、わからない。
アキネーター的に返事をするのなら、多分そう、部分的にそうという答えになる。なんならわからないを押しても良いくらいだ。
「無言は肯定よ」
「そんなことはないと思いますけれど」
「そんなことあるわよ」
「ないですよ。コイツめんどくせーなあって思ったとき、無視するじゃないですか。無言は肯定じゃないんですよ。無言は無言です」
私なりの理論を展開する。
まあ、今はそういう気分なだけで、私にとって都合が良いときは嬉々としながら「無言は肯定になるけれど」とか言うと思う。
というか、間違いなく言う。
「ふーん」
豊瀬先輩はむっと頬を膨らませてそっぽを向く。
さっきまで目を執拗に合わせてきていたのに、今度は一切合わなくなってしまった。
言いくるめられて不機嫌になったのかなあ。
あ、違うな。例があまりにも最悪過ぎただけだ。
これじゃあ豊瀬先輩をめんどくさいと思っている……みたいになっちゃう。
「先輩のことはそう思っていないですよ。あくまでも例なので。例えばの話ですよ。心の中の話ではないですからね」
ミスに気付いたら即訂正。謝罪をしたら私の非を認めることになるから謝らない。
他のことならばさっさと非を認めるでもいのだけれど、今回の場合は非を認めるのはよろしくない。非を認めると、私がそう思っているという肯定に繋がってしまうから。
だから訂正することしかできない。
でも、豊瀬先輩は納得していない。
不満顔だ。
そりゃそうだよなあ。
「ってことは、輿石さんと付き合っているっていうのが本当なのね」
「あー、いや……」
そういうわけでもなくて。と否定しようとするがすんのところで止まる。
否定して良いのかな。偽りであるけれど付き合っているわけだし。ここで否定したら輿石の作戦はぽろぽろとメッキが剥がれてしまう。
それじゃあ、私が嫌々目立った意味も無に帰してしまう。
うーん、それは良くないな。というか解せん。こんなに私は犠牲を払っているのに。
「やっぱり私のこと面倒だって思っているのね。そうよね。それくらいわかっていたわ。ゴールデンウィーク初日に遊びに誘うような女だもの。面倒だと思われて当然だと思うわ。そうね。秋月さんが正しいのよ」
饒舌にあれこれ私をちくちくと攻撃してくる。思いっきり太い鋭利なもので攻撃されている感じはない。爪楊枝の先っぽで何百発もちくちくと二の腕を刺してくるような感覚だ。
まあ、そう。言ってしまえばめんどいなあの一言で済むのだけれど。
あれ、めんどくさいって思っているじゃん私。
思っているのだとして、面と向かって言って良いことではないよなあと思う。流石にその辺りの分別はつく。
「そうじゃないですよ」
「じゃあ――」
「もうそういうことで良いです。付き合っているってことで良いです」
どっちに転ぶかってなったらそりゃこっちの方が良い。でも、腑に落ちない自分もいる。
本当に付き合っているわけじゃないのに、という罪悪感が私の心を取り巻いているのだろうか。私の良心が泣いている。
「私と仲良くしてくれるってのは嘘だったのかしら」
「なんでそうなるんですか」
「彼女いる子が他の女の子と話していて良いわけないじゃない」
「ええ、ダメなんですか。良いんじゃないですか。それくらい」
「ダメよ。浮気だもの」
「浮気にはならないですよ。多分」
浮気になっちゃうのかな。えー、どうなんだろう。
まあ、今回に関しては偽りの関係だしさほど気にしなくて良いはずなのだけれど。
「豊瀬先輩は私と仲良くしたくないんですか」
「そ、そんなことはないわ」
ブンブンと首を横に振る。
「断じてないわ」
はっきりと口にする。勢いに気圧されそうになる。
「じゃあ良いんじゃないですか。仲良くなろうとしても。というか、仲良くしても」
「そういうものなのかしら」
「そういうものじゃないですかね」
不安そうに見つめる豊瀬先輩。というか、この人女の子同士の恋愛小説読んでいたよね。なんでこんなに初心なの。初心ではないか。めんどうなだけか。
「私が良いって言うんだから良いんですよ」
私がルールとか。そういう傲慢なことを言うつもりはないけれど。でも、豊瀬先輩がいちいち気にすることでもない。なによりもめんどうだ。
だからこうして話を纏めた。
「そうね」
すんと澄ました顔を見せる。遅くないですか。今更ですよ、それ。
思ったよりも遅い帰宅になってしまった。
帰宅ラッシュに巻き込まれている。最悪だ。座りたかったなあ、と座っているうるさいおばあちゃん二人を見つめる。
『あのあと豊瀬先輩に付き合っているのか確認されたんだけど、どう答えるべきだったんだろう』
電車の中で暇だった。だから、輿石に答え合わせのメッセージを送信しておく。まあ、すぐ返ってくることはないだろうなと、タスクを切ろうとすると、もう既読がついていた。ええ、早くない。私のこと好きなのかよ。本当の恋人みたいだなあ、と思う。
『事情話して良いよ。あの二人なら』
返ってきた答えは意外なものだった。同時に私は不正解を選んでしまったのだと突き付けられる。
『なんで?』
『どうせバレるでしょ』
電話かなってくらい素早いレスポンスだ。スマホを見ながら苦笑してしまう。
『だから良いんだよ』
ポンっとさらに来る。
『了解』
と私は送信しつつ、『OK』と言っている子犬のスタンプを送信した。
明日の昼休みにでも説明しておこう。
そう思いながら私はスマホをスカートのポケットに片付けて、車窓から見える見慣れた景色をぼーっと眺めていた。
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