秋月さんの人脈大革命 9
輿石はベッドでうつ伏せになっている。
足をバタつかせたと思えば、ふぅという深いため息を吐き、また足をバタつかせる。
忙しないという言葉がこの上なく似合う。
ピアスの穴を開けて、ピアッサーの取扱説明書通りに下処理を行って今に至る。
相当痛かったらしい。けれど、私がいるからか声を出したり、泣いたりはしない。
もっとも動きやら表情で伝わってしまうのだが。
まあ、恥ずかしい所は知り合いに見せたくないっていう、輿石なりのプライドっていうやつなのだろう。
いつか私もこうなるのかな。なんかそう思うだけで憂鬱になる。
今度、痛くない方法とか調べよう。
それはそれとして、友達がベッドで悶えている姿を見るってのは貴重だし、新鮮だなあと思う。普通に生きているだけじゃあこういう機会はまあ、ない。
見ちゃいけないものを見ている背徳感とでも言えば良いだろうか。
そういうものが心をじわじわと支配していく。
なんだろう。開けちゃいけない扉を開こうとしているような気がする。
「……そろそろ私帰ろうかな。ほら、ここに居座っていても邪魔だろうし。夕方になっちゃうとそれこそ迷惑だろうしさ」
私はそれっぽい理由を口にして、逃げようとする。
我ながら良くスラスラとそんなそれらしいことを言えたもんだと感心してしまう。
「まって」
輿石はベッドから体を少しだけ動かす。
そして裾を指先で掴む。弱々しいという表現が正しいのかはわからない。
ピンっとデコピンをする要領で弾いたら簡単に離れてしまいそうな感じだ。少なくとも私は、弱々しいという表現が一番適切であると思う。
とにかくそんな反応をされてしまうと私も困ってしまう。
「なにかするの」
「するから……まだ帰んな」
そう言うと、力尽きるように指を離す。
無論本当に力尽きたわけではない。
気高く心を震わす戦士のように、己を曲げることのできない勇者のように、凛々しく、そして逞しく、輿石は立ち上がる。ただピアスの穴を開けて悶えていただけなのに……なんか妙にカッコいい。
「あ……痛すぎて感覚なくなってきたわ」
ベッドの上で立ち上がった輿石はそんなことを口にする。
「そりゃ良かったね」
良いのかな。痛すぎて感覚無くなっているって。はたして喜ばしいことなのだろうか。
自問自答をする。
体が悲鳴を上げていると考えることも可能だろう。
なんかそう考えると、深く考えずに喜ぶってわけにもいかなさそうな……でも、体に穴を開けているわけだし、そういうもののような気もする。
うーん、わかんない。
「あと一つだけお願いしようと思ってたことがあんのよ」
「え、まだ」
ピアス一人で開けられないから家に連れてきたのかと思っていたがそれだけじゃないらしい。
てっきり家に連れてきて、怖いって恥ずかしくて言えなくて、ずっとうじうじしていただけかと思っていたが違うのか。
「まだ」
私の言葉を真似するとこくりと頷く。
「で、次はなにをお願いされるのかな」
「次で最後だから」
「そっかそっか」
「あ、あと嫌なら断ってくれていいから」
「ってことは、もしかしたら私が嫌がるかもしれないようなことってことだね」
わざわざ保険をかけたということはそういうことなのだろう。
いくらなんでも私だってそこまで察しが悪いわけじゃない。
「そうだと思う……」
輿石はうーんと指を口元にあてる。
「少なくともアタシが急に言われたら困惑するようなことだし、相手によっては今後の付き合い方も考えるようなことかな」
輿石はそう付け足す。私を脅そうとかそういう意図は一切感じられない。もっとも、隠されていたらわからないのだけれど。
ただ、外面は真面目そのものだ。真剣にそう思って、そう口にしたという感じ。
「私になにをお願いしようとしているんだ……」
とんでもないことをお願いされそうな気がしてならない。
まるで愛の告白でもされるような雰囲気すらある。
そんなのはあり得ないと思うけれど。
あとはそうだなあ。人殺しを頼まれるとか、スパイ活動を頼まれるとか。そういった雰囲気もあるのかも。いや、どっちもされたことないけれど。
「えーっと、その。やべぇこと?」
私のつぶやきのような問いに輿石はこてんと首を傾げる。
いや、私に問われても困るのだけれど。知らないし、わからないし、わかるわけないし。
頭のおかしいことでも頼み込んできそうな感じはプンプン漂うが、まあ、良いか。どうせ、私が拒否したとしても、輿石があれこれ画策して結果的に手伝うことになるのだろうし。
それに輿石の心の中には最低限のモラルが備わっている。
本当に頭のぶっとんだヤバいことを頼み込んでくるかもしれないけれど、法律やモラル、倫理観に反するようなことは頼んでこないはず。
そのくらいの信頼はしている。
さっきだってあれだけ焦らしてしてきた頼みがピアスの穴を開けられないから開けてくれ……だったし。
どうせ、今回もそんなことかよ、って思わせてくれるはずだ。
「どうせ手伝うことになるんだし、教えてよ」
だからそうやって言ってしまう。
「秋月っ……いいやつだな」
「私が良いやつなのはわかりきっていたことなんだけれど」
「そんないいやつな秋月にお願いだ」
「私にしか頼めないようなことなの」
一応確認しておく。
決して、豊瀬先輩や笹森先輩にも負担をかけさせたいと考えているわけじゃない。
いやだなー、私はそんな鬼畜な人間じゃないよ~。
「そうだな。秋月じゃないと頼めないことだな」
特に迷うような仕草も見せなかった。
本当にそう思っているのだろう。
「そっか。ならどんとこい」
ぽんぽんっと胸を叩く。輿石の口調が若干移る。
どんとこいなんて今まで言わなかったのに。
友達の影響を受けるって悪くないかも……。
そんなことを考えていると、輿石は口を開く。
「秋月。さっきも言ったけどな。嫌なら断ってくれて構わん。相手が嫌がっているのに無理矢理したいわけじゃねーから」
「うん。さっきも聞いた。わかっているよ」
うんうんと大きく頷く。
「アタシと付き合ってくれ」
「ふーん。付き合うって具体的になにを付き合えば良いの。人殺しとか詐欺とかじゃないのなら手伝おうけれど」
「ちげぇーよ。そういう意味の付き合うじゃねーよ」
私の問いは瞬時に否定される。
それと同時に「脳裏に愛の告白でもされるような雰囲気だなあ」と思っていたことがふと、蘇った。
いや、まさかね。うん、それはありえないよ。
だって、私は女。女性だ。でもって、輿石も女。女性だ。
女の子と女の子が付き合うことなんて……そうか。小説の題材になるくらいにはポピュラーなことなのか。
あ、あれ。私が思っているほどおかしなことではないのでは。
ってことは、恋愛的な告白はありえないと一蹴できないということか。
「じゃあ、どういう意味なの」
八割。いいや、九割くらい答えが出ている中で答え合わせでもするかのように問う。
「恋人になりませんか……的な。うん、的な」
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