秋月さんの人脈大革命 1
今日はこれでお開きになった。やることはやったし、決めることも決めた。
「うし、秋月。かえんぞ」
そして輿石は当然のように一緒に帰宅しようと声をかけてくる。
私は電車通学で、輿石は自転車通学。最寄り駅までは約十分。そこまで輿石はわざわざ私に合わせて歩く。そんな面倒なこと良くするなあと思う。私だったら自転車の特権を活かし、さっさと帰宅するのに。
他愛のない会話を繰り広げる。生産性の欠片もないようなしょうもない会話だ。
最寄り駅に到着すると「待ってて」と言いながら自転車に跨って、ひゅ〜っとどこかへ走り去ってしまう。
なんだこれは。なんなんだこれは。私は困惑と困惑に挟まれる。
「帰って良いのだろうか」
輿石が走り去っていった方向をじーっと眺める。
私は置いていかれた。うん、置いていかれたね。放置だ。事情はなにも説明されていない。ちょっと待っててと言われた。ような気がする。ここまで来ると、本当にちょっと待っててと言われたのかどうかすら怪しい。もしかしたら私が聞き間違えたのかもしれない。大いにあり得る。私は結構人の話を聞いていないらしいから。自分ではそんなつもりはないんだけれどね。
ちょっとだけ待ってみようかな。どうせ帰ったってすることないし。これで帰って、本当に待っててと言われていたのなら目も当てられないからね。
「ほい。待たせたな」
ボーッとスマホを触って待っていると、私の後ろから声が聞こえる。関係ないかなあとか無視しようとしたけれど、どこからどう考えても輿石の声なので振り返る。
そこには輿石が立っていた。軽い感じで手をあげている。
さっきまで跨っていたであろう自転車はない。徒歩だ。どういうマジックをしたのだろうか。あんな大きな乗り物を消滅させるなんてとんでもないマジックだなあ。マジシャンにでもなるべきだろう。それとも超能力だろうか。物を消しちゃうエスパー。どっちにしろ一芸に秀ている。
「自転車は駐輪場に置いてきたぞ。ほら。じゃじゃーん」
輿石は両手を広げる。いや、順番逆じゃないですかね。私の感覚としてはジャジャーンって言葉が頭に来た方がすっきりするんだけれど。まあ、良いか。いや、本当にどうでも良いな。
「あー、もしかして電車乗る感じか」
「そそ」
「どっか行くの」
「ちょっと都会の方にな。これでアタシも都会の女に仲間入りだ」
白い歯を見せて笑う。その中途半端な金髪は都会というよりも田舎のヤンキーという感じがするのだが。
そんなこと言うのは野暮だってのは理解しているので黙っておく。私ったら偉い。
「途中まで一緒だから着いてくるのね」
「そそ、そゆことだ。そうだ、別にアタシに着いてきてくれても良いんだぜ。アタシは大歓迎だぜ」
「遠慮しておく」
「ちぇー」
残念そうに輿石は私を追い越す。
家に帰ったってやることはない、と言ったが都会の方まで出向くとなると話はまた色々と変わってくる。待つだけならぼけっーっと時間が過ぎるのを見ていれば良い。だが、一緒にでかける。それはちょっと。いや、だいぶ面倒だ。
「ちなみになにするつもりなの。もしかして喧嘩とか……」
「おい。アタシのこと喧嘩好きな女とか思ってんだろ」
くるっと体を反転させて、むっと眉を顰める。
「不要な喧嘩は嫌いだよ」
そんな見た目しておいて。入学式にあれだけ大勢に喧嘩売っておいて。まあ、良く言うよ。と、思った。
「なにするのって問いに答えよう」
「どうぞ」
「秘密」
クスクス笑いながら改札にICカードをタッチして抜けようとする。しかし、ピンポーンという高い音と共に塞き止められていた。
「あ、お金たんないや」
「チャージしてないの」
「普段電車なんて使わないかんなー」
恥ずかしそうに頬を触りながら小走りでチャージしに行く。少し柱付近で待っていると、すぐに戻ってきた。
「今度こそ大丈夫」
そう言いながら改札を抜ける。私も続く。定期購入をしているので、引っかかるはずないのに、私も引っかかったらどうしようとか考えていた。杞憂だった。
「明日からゴールデンウィークだなあ」
「だねぇ。だからってすることないけれど」
エスカレーターに乗って駅のホームまで向かう。
ゴールデンウィーク。春休みからせこせこと動いてきた者にやってくるご褒美。このありがたみは無職やニートには味わうことができない。
とはいえ、私は頑張っているようで頑張っていないので、ゴールデンウィークがやってくると言われてもなに一つとして、喜ばしいとは思えない。
どうせ家の中でごろごろだらだらしているだけ。YouTubeを観たり、配信サイトで映画やらドラマやらアニメを観たり、知らないうちに溜まっていた漫画を読んだり、ネットサーフィンをしたり。そんないつでもできるようなことをして、過ごすだけ。
ああ、中学卒業した時にもっと華やかな高校生活を想像していたんだけれどなあ。現実は甘くないということか。
でも、これはこれで私らしいのかなあとも思う。
「お、もしかして秋月暇ちゃん?」
「暇ちゃん……? えーっと、まあ、うん。暇ちゃん。多分暇ちゃん。概ね暇ちゃん」
暇ちゃんってなに。わかんないけれど、多分暇という意味だと思うので、それとなく使ってみた。飴ちゃんみたいな感じかな。関西のおばちゃんじゃあるまいし。というか、ここはゴリゴリの関東なんだよなあ。
「おお、そうかそうか」
うんうんと頷く。頷いてから悩むように顎に手を当てる。
エスカレーターを降りて、しばらくホームを歩く。どこまで歩くのかなあ、と思いつつも特に声をかけるようなことはしない。黙って後ろをついていく。
あー、どうしよう。今更言えねぇな。
「ま、いっか」
私が言いたかったセリフを輿石は口にする。
十両編成四号車ドアと書かれた長いシールが貼られたところで輿石は足を止めた。
「なにが良いの」
イマイチ全貌が見えてこないので、私はやっと問う。隣に並ぶと彼女はニヒッと笑った。
「こっちの話」
「そう」
輿石の言葉の意図。これ以上深堀してくるな、ということであると解釈した。あくまで私が一方的に解釈しただけであって、実際は違うのかもしれないけれど。
触れたらやけどするかもしれない。壊れるかもしれない。痺れるかもしれない。そういう危惧が少しでもあるときは無闇矢鱈に触れない方が良い。どうしても触らなきゃならない理由があったりするのなら話は別なのだけれど。そうでないのなら、触らない方が自分も相手も傷付かずにことを済ませることができる。
ほら、触れるとさっきの豊瀬先輩の本みたいなことが起こるからね。触らぬ神に祟りなしって言葉はさ、その通りだなと私は思うよ。
そんなことを考えながら、目の前にやって来て扉が開いた電車に乗り込んだのだった。
あーあ、私の家が遠のいていく。私の家の方に走る電車はホームこっちじゃないんだよなぁ。どっかで適当な理由付けて電車降りるかあ。
電車に揺られながらそんなことを思った。
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