第20話 「レイチェルは手厳しい」

 ディナーの時間になって顔を見せたクラリスは、いつも通りに落ち着いていた。


「クラリス、大丈夫か?」


「はい、お騒がせして申し訳ありません」


「謝る必要はない。君が無事ならそれでいいんだ。レイチェルは環境が変わったから不安定になっているのだろうと言っていた。屋敷の周りは騎士が常駐しているし、田舎の静かな湖畔だ。ここには私たちしかいないから安心してくれ」


「はい、お気遣い感謝いたします」


「24日には、お父上も来るから、それまでのんびり過ごそう。きっとクリスマスプレゼントを荷馬車10台分くらい持ってくるだろう。プレゼントを開けるので忙しくなるぞ」チェイスはにやりと笑った。



 昼は気温が上がり、クラリスは湖畔を散策することにした。しかし、舗装されていない道を歩くのは危険なので、チェイスはクラリスを馬に乗せた。


 クラリスが馬を怖がらないかチェイスは心配したが、杞憂にすぎなかった。クラリスの優しさを動物は分かっているのかもしれない。クラリスは馬から容易に信頼を勝ち取ってみせた。


 馬の手綱を引いてチェイスはゆっくりと歩かせた。


 昨日のこともあるので、クラリスと一緒に乗るのは無理かもしれないと落ち込んでいたが、クラリスはすんなりとチェイスを受け入れた。


 1年前と比べて、チェイスに向けられるクラリスの警戒心が薄まってきたと感じる。チェイスはこの1年、足繁く別邸に通った成果だと喜んだ。


 それから数日が経ち、ノースウッドが荷馬車15台分のクリスマスプレゼントを持って現れた。チェイスの予想を大きく上回っていることに、チェイスとクラリスは一緒に笑った。


 夜になり3人で食事をした後、クラリスは自室に戻っていったが、チェイスとノースウッドは酒を酌み交わした。


 チェイスはダグラスの疑念を話すべきか悩んだが、ノースウッドの後悔を増やすだけで、円満な関係を保っている父と娘の間を、これ以上騒がせたとして何の意味があるのかと考え、話したところで過去が変わるわけではないという結論をだし、話さないことに決めた。

 


 しばらくしてノースウッドも寝室へ引き上げていき、1人になったチェイスは、なかなか眠る気になれず、遅くまで酒を飲んでいたら、レイチェルが声をかけてきた。


「こんな時間まで飲むなんて、どうかなさいましたか?」


「クラリスが私のことを夫として認めてくれる日が来るといいな、と図々しく思っていたところだ」


「図々しいですね」


「——レイチェル、お手柔らかに頼む」


「では、プリンのように甘く柔らかくして差し上げましょう。クラリス様が伯爵様を夫として受け入れる確率は、0に近いでしょうね」


 チェイスはレイチェルの目を覗き込んだ。冗談めかして言われたが、それがクラリスを最も近くで見ているレイチェルの本心なのだろうと確信したチェイスは、情けない声を出した。

「——レイチェル」


「クラリス様は人間不信に陥っておいでです。そこへ伯爵様は追い討ちをかけてしまった。クラリス様は結婚式の日、僅かながら期待していたそうですよ。夫になる人から愛してもらえるかもしれないと、だけれど、冷たく突き放され絶望したと」


 チェイスは大きなため息をついた。「挽回は難しいのか?」


「難しいでしょうね。伯爵様の信頼は地に落ちてしまっていますから、今ようやく皆と同じ位置に立てたのでしょう。印象を変えようと努力をしても、過去を無かったことにはできません。今はクラリス様を大事にされていますが、それで受け入れてもらえると思うのは、甘い考えだと思います」


「では、私はどうしたらいいんだ?」


「ぞんざいに扱っても、謝罪すれば大抵の女性は許してくれるでしょう。ですが、それは伯爵様のその顔と地位と財産あってのことです。そして、その全てがクラリス様には価値のないものです。伯爵様はクラリス様にお金をかけておいでですが、それではクラリス様の心には届きません。女は現金な生き物ですが、相手がどんな人物かを見抜く洞察力も持っています。寵愛を受けているからと言って、誠実でない男性に、クラリス様が恋をするとは思えません。伯爵様は女性に対して誠実ではなかった。誠実さを身につけられるかが、鍵だと思います」


「すごく頑張ってるし、馬にも一緒に乗れた。私に心を向けてくれているという手応えは感じてるんだ。今の感じで行けばクラリスの愛を得られるのではないか?」


「極めて実現不可能な夢の夢ですね。ダグラスさんだってクラリス様と一緒に乗馬できると思いますよ」


「全然甘くもないし、柔らかくもないと思う……」レイチェルの辛辣な言葉の刃に、一刀両断されたチェイスは、口を尖らせて不満を口にした。


「それは失礼しました。紳士の風上にも置けないクソ野郎と罵るよりは甘いかと思いました」


「——レイチェル」2度目は哀れというほどに情けない声だった。


「冗談です。クラリス様の夫という立場に立つためには、そもそも長い時間を要するのだと思います。時間さえかければ上手くいくかもしれません」


 チェイスは誠実さについて考えた。結局眠れず明け方近くまで悩む羽目になった。

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