第17話 「ブランドンの思量」

 イングラム王国のホリデーシーズンは長く、12月20日から1月1日までで、国全体が13日間の休暇に入る。


 チェイスは、ベレスフォード伯爵を継承してからというもの、毎年この時期、使用人には休暇を与えたが、自分は、休みらしい休みを取ったことが無かった。


 ホテルに滞在していた両親が、火事に巻き込まれて死んだのは6年前、20歳だったチェイスは突然、伯爵位を賜ることになった。


 あのホテル火災で、ブランドンは息子エリオットを失った。


 あの年、ベレスフォード伯爵は、息子に領地を任せて長期休暇に出た。翌年、成人を迎えるチェイスの成長を願ってのことだった。


 執事まで未熟な者に任せるわけにはいかないと言い、ブランドンはエリオットを伯爵夫妻に随行させ、自分は初めて領地を任せてもらい勢い込んでいる、危なっかしい、ひよっこのチェイスを助けることにした。


 あの時の判断は間違っていなかった。20歳のチェイスと26歳のエリオットには、3ヶ月もの間、領地を預かるだなんて、相当な負担となっただろう。それでも、ブランドンは今も悔いている。


 あの時、エリオットを信じて任せていればと……


 チェイスもブランドンも、悲しみを振り切るようにして、この6年、仕事に没頭してきた。


 元々チェイスは、才気煥発な若者だ。確固たる地盤が、既に築き上げられている領地の運営は、順調で安泰だった。しかし、突然10歳も年上の女を伯爵邸に連れてきた時は、ブランドンも快く思わず、苦言を呈したが、恋は盲目なのだろう、チェイスは聞く耳を持たなかった。若気の至りだろうから、すぐに熱は冷めると思っていたが、その結末は苦いものとなった。


 バイオレットに入れ揚げていたし、子供を可愛がっていたこともあって、それなりに落ち込むだろうとブランドンは思っていたが、意外にもそんな素振りはみせず、チェイスは執務と、クラリスの誕生日パーティーの準備に追われていた。


 忙しいながらも、楽しそうにしているチェイスに、ブランドンは胸を撫で下ろした。何より驚いたのは、今年は12月20日から1月1日まで休暇をとり、別荘へ出かけると言い出したことだ。


 あれほど可愛がっていた子供が生まれた日でさえ、ペンを置かなかったというのに、クラリスをカヴァナー家の別荘に招待するために、13日間も休暇を取るというのだから、驚くなという方が無理というものだ。


 若くして伯爵位を継ぐことになってしまい、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする政治の世界の中で、ずっと神経を尖らせてきたチェイスを、気の毒に思っていたが、クラリスの所へ通うようになってからのチェイスは、表情が柔らかくなった。


 経験の浅いチェイスは、経験豊富なバイオレットに誑かされもしたが、チェイスにとっての初恋は、クラリスなのかもしれないとブランドンは思った。

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