5話


───巨大ハウンドが、秒で倒されてしまった。

 エルフの凄まじい戦闘力を目の当たりにした俺は、そこに微かな違和感を覚えて口を開く。


「ま、魔法は??」


 俺はこの世界に転生する際、神から「魔法と異種族の世界」と聞いたのだ。


 このところ、異種族は嫌と言う程───あぁ本当に嫌になる───目にしているが、魔法、特に攻撃に用いる様な派手な演出のそれをまだ直接目にしたことがなかった。


「魔法? 使ったわよ? ほら」


 エルフの言葉の次の瞬間、奴の着ている服から光が消えた。いや、色が変わったのか? とにかく発色が変わったのだ。


「な、なんだ?」

「結界よ」


───結界、だと??

 少年の心を揺さぶる概念。その一、バリア。


「薄く身の回りに展開しておくと、防御の手間が幾らか省けるわ」


───なるほど!

 自分より明らかに体躯の大きい敵に対して余りに捨て身過ぎる特攻に見えたが、そういうタネがあったのか。


「それに、魔獣の血は臭いしね。こうしておけば簡単に汚れを払えるのよ」


 見ると、エルフの服には汚れ一つ付いていなかった。


───バリアを、そんな雨避けのレインコートみたいな使い方……。

 明らかな無駄遣いだ。


 しかしエルフの言った通り、戦闘では防御面のバフになるのだろう。魔法の用途は無限大、使い手の工夫がモノを言うのだと実感した。


「さ、討伐の証明となる部位を剥ぎ取ってちょうだい。街に戻るわよ」

「あ、はい。……え? もしかして俺の仕事って……」


 エルフは妖しく微笑む。コイツ、俺を荷物持ちとして使う気だ。本当の奴隷みたいだな。


「お願いね? ポチ」

「……ワン」


 違った。犬だった。


 剥ぎ取りのため、ハウンドの骸に近付く。その顔は苦痛に歪み険しいものになっていたが、魂の抜けた今でも、どこか強い意志を宿している様に見える。


 俺は無言で作業を始める。そしてその間、考えずには居られなかった。


 犬として生まれ、その生に誇りを抱いたまま死んだハウンドの方が幸せか、犬に成り下り尊厳を失ってなお生きている自分の方が幸せか。


 他人事ではない議論である。



☆☆★★★☆★☆




 ハウンドの剥ぎ取りを終えた俺達は、森を歩いていた。


 薬草採集のクエスト、その達成条件を満たす量の薬草を採集───及びハウンドを討伐───した俺達は、ギルドへの報告のため街を目指していた。


「な、なんだお前ら!」

「通りすがりの冒険者よ!」

「そうです! 本当、通りすがっただけなんであぁ! 何で突っ込んで行くんですか!?」


 その道中、行商人を襲う野盗と出くわした俺達は、何故か交戦状態に入っていた。


───何でそんな好戦的なんですか!? 頭おかしいんですか!?

 敵の人数は三人。襲われているのは、肥えた腹を揺らす商人らしき男と、その護衛らしき武装した二人の男。


 野党は武器こそ持っているものの、動きは素人。護衛の二人は実力はあるのだろうが、商人を庇いながらの戦闘となるため、攻めあぐねている様だった。


 そんな拮抗した状況に水を差す一人の男。


「加勢するわ!」


───どっちに!?

 女にしか見えない容姿で、金髪を靡かせながら距離を詰めるエルフ。その形相は険しく、漁夫の利で商人の荷物を狙っている様にしか見えないが、さて。


「シュート! そっち見張って!」

「ワン!」

「臨時収入よ! 一人も逃がさないわ!」

「なんだ女じゃねぇか! やっちまえ……ぐえ!!」


 奴の容姿から非力な女性を連想した野盗の一人に、エルフは助走の勢いを最大限活かした渾身のドロップキックをお見舞いする。


───良かった、犯罪の片棒を担がなくて済んだ。

 エルフの標的は野盗の様だ。


「何やってんだ!」

「”業火デライズ”!!」

「ぐぁぁあ!!」


 エルフの乱入に気を取られたもう一人が、護衛の男の炎魔法により焼かれる。


───熱そう!!

 しかし正当防衛である。


「ちっ! ずらかるぞ!」

「そうはさせん!!」


───くらえ、”狂犬の怒りハウンド・バスター”!

 俺は、与えられた役割を遂行する。


「おらっ!」

「ぎゃっ!」


 見張りを言い渡された俺は、残る一人が逃げ出すのを見逃さない。踵を返した男の振り向き様、その顔面を先程回収したハウンドの牙で殴打した。


───俺は犬。忠犬ポチ。


 接敵から数分、野盗は無事制圧された。


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