第7話 訓練

「はあ……はあ……」


 弘人は投げ飛ばされ、地面から立ち上がれずにそのままそこで呻いた。マティアスは汗一つかいていない様子で、哀れな弟子を見、薄い笑いを浮かべた。


「大丈夫かい?」


「ん……まあ、なんとか……」


 少年は重い体を持ち上げ、自分の服についた土を払った。

 二人は訓練中であった。師匠は弘人に自分に攻撃してみよと言い、少年は彼に突進したり、転ばせようとしたりと画策したが、なにもかもが失敗に終わった。


「なんで……そんな……全部……避けられるんですか」


 息絶え絶えに弘人は文句を言う。


「簡単なことさ」


 青年はナイフを振り回し空中にあげ、またそれを手に取る。


「君に殺意がないからだよ。君の黒目病はどこいったんだい? 寝ているのかい? んー?」


「え……だって……師匠に恨みなんてないし……ただの訓練じゃないですか……」


「はッ!!」


 マティアスは弟子の言葉を一蹴した。


「そんな甘っちょろい考えでいたら到底ここでは生きていけないね! 忘れるなよ、俺は第三段階だ。いつ暴走するかわからん。そのときには自分で身を守れるようにしないといけない」


「で、でもどうすれば……」


 青年は相変わらず背中の後ろで手を組みながら、ぐいっと弘人に顔を向ける。


「憎しみだよ、弘人、憎しみ。怒りと悲しみこそが人を強くする。思い出せばよい。君の父親がどうしてああなったのか……その時味わった強い思いを!」


 弘人は一瞬黙り込んだ。脳裏に浮かんでくるのは、最後の父親の姿。辛そうで、悲しそうだった。でも弘人はなにもできなかった。

 きっとこの世界にはまだ父親を罠に陥れた野郎が生きていて、のうのうと息を吸っているのであろう。ああ、憎い……殺してしまいたい!!


 弘人の呼吸が荒くなり、片方の目が黒に染まった。


「いいねぇ……」


 マティアスは攻撃に備え、体勢を整える。


「うおおおああああああああ!!!」


 弘人が叫びながら、師匠に突っ込んでいった。なんの計画性もない、ただの暴力を起こすためのエネルギー。だからこそなのか、スピードは前と段違いだ。

 しかしもう数年地下都市で生きているマティアスにとって、それは痛くも痒くもなかった。彼は刺そうとしてきた弟子の腕をうまく曲げ、また地面に落とした。

 そこで勢力がそがれてしまい、弘人は症状から目覚めた。


「……やっぱりダメじゃないですか」


「そりゃあ俺に敵うわけないじゃないか。第一段階と第三段階なんて天と地の差だぞ」


 師匠は首をカクンと傾け、自分に指をさしながら言った。


「だけど今の感覚を忘れちゃいけないよ。襲われたら怒りを思い出せ。それは君を守ることになる。いいね?」


「……はい」


 弘人は少しうつむいて頷いた。


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