醜悪⑥
「いやー、ごめんよ! まさか、キミがそう解釈するとは思わなかったからさ!」
「ほーらっ! やっぱアンタの勘違いだったじゃん! 心配性、拗らせすぎでしょ!」
あの電話の後、居てもたってもいられず、俺と新井は神取さんの事務所まで押しかけた。
……が、結果的に言えば、俺の早とちりだったようだ。
どうやら俺と神取さんとの間には、大きな行き違いが生じていたらしい。
彼とはそれなりに長い付き合いとは思っていたが、分からないものだ。
人と人との意思疎通とは、つくづく難しい。
『何か面白そうだから!』の一点張りで、ココまで付いて来た新井に至っては、半ば呆れている様子である。
「普通、弁護士に『持って行かれた』なんて言われたら、そう捉えるに決まってるでしょ……。なんすか? 母親に急に呼び出されたから、彼女の代わりに知ってること教えてくれって。紛らわしいにも程があるでしょ……」
「ごめんごめん! 確かに紛らわしかったし、言葉足らずだったことは謝るよ。ほら! 職業病ってヤツかな? 裁判官のことを『J(Judge)』って言うみたいにさ! 日常生活でもついつい略しちゃうんだよね。色々とさ!」
神取さんは、眉をハの字にして謝ってくる。
だが、心底安心した。
同じ捜査手段の一環とは言え、任意聴取と逮捕とではやはり世間的な見え方として違う。
これ以上、あの二人に精神的負担を掛けるわけにはいかない。
そんな俺の心境を見透かすように、神取さんは意味ありげに微笑む。
「山片さんのことは、心配しなくていいよ。初犯で弁済の目処も立ってるし、何より首謀者じゃない。直近の前例から言っても、不起訴が妥当だよ。お茶の間に彼女の顔や名前が晒されることはないだろうから、安心してくれ。……ていうか、そうでなきゃ俺が出てきた意味がないだろ!?」
「それはまぁ、確かにそうなんですけど……」
すると、神取さんはクスリと小さく笑った。
「……なんすか?」
「いーや! 相変わらず、キミは優しいなって思っただけだよ」
「どうしてそういう話になるんですかね……」
「だって今もこうして、わざわざ俺の事務所まで来てるじゃないか! 彼女のことが心配でしょうがないんだろ? 俺は別に電話でもいいって言ったのに」
「……そりゃあ当然ですよ。あんだけ大見得切って紹介した弁護士がポンコツだってことになったら、俺の沽券に関わりますから」
「ぐっ。今の攻撃は効いたぞ……。訓くん」
神取さんは、わざとらしい断末魔とともに、デスクに突っ伏す。
話の流れで誇張だとは分かるが、なまじ気に病んでいることも知っている分、嫌でも気は遣う。
「あ、あの……。別にそういうことが言いたかったんじゃなくて」
俺が神取さんの顔を覗き込むと、ギョロっと視線が動き、計画通りと言わんばかりにニヤリと得意げに笑った。
「そういうとこだよっ! 何だかんだキミは人を放っておけないんだよね!」
「……しょーもないことして、人を試さないで下さいよ。全く……。あの人じゃないんだから」
「あの人? そう言えばさ……。キミは今、バイト中か何かだったのかな? 大丈夫なのかい?」
「あ、はい。それは別に良いんですけど」
「そっか。まぁそれなら良かったよ。ところで今更だけど、キミは……」
神取さんはそう言って、ちらりと新井の方を見る。
「あ、えっと……、新井奏依です! オギワラとは大学が同じで、あと一応、同僚ってことで良いのかな? はは」
「ふーん、同僚ね」
神取さんの生温い視線が突き刺さる。
何が言いたいかなど、火を見るより明らかだ。
誠に残念ながら、俺と新井の間にはそんなものは1ナノたりとも存在しないし、今後も発展し得ない。
「はい、同僚です。間違いなく」
「そっかそっか! まぁそういうことにしておくよ! ……ところで何のバイトなのか聞いてもいいのかな?」
「うーん……、それを聞かれると説明に困るというか、そもそも話していいものかどうか……」
「別に良いんじゃない? チサさんも言ってたじゃん! 『一部でカルト的な人気がある』って。別に存在自体は隠してないんだし、宣伝込みで話しちゃえば?」
「あんまり、あの人の言うこと鵜呑みにすんなよ……。もう既に警察沙汰にもなってんだ。誰彼構わず言うのは、やっぱ良くねぇだろ」
「ホントにアンタって慎重だよね〜。てか、弁護士さんなんだからさ! 色んなこと知ってるんじゃない!? 鑑定に役立つ情報とかも聞けるかもよ! イシバシのお父さんの名前なんて言ったっけ? あ、
「馬鹿っ!! 顧客の個人情報だろうがっ! すみません、神取さん。今の聞かなかったことにしてもらえますか?」
俺が恐る恐る聞くと、神取さんはまるでこの世の終わりかのように顔を青白くさせていた。
「石橋、実鷹……。相銀の役員、かい?」
「へ? 知ってるんですか?」
「知ってるも何も、その人は……」
「ちょっ!? サトル!? 誰だしその女っ!!」
神取さんが口を開きかけた、その時だった。
甲高い声を響かせつつ、里津華が姿を現す。
俺たちの存在に気付くなり、事務所の入り口からズカズカと直進してくる。
そして俺の目の前で立ち止まり、何を言うでもなく訝しげな視線で、見上げてくる。
「里津華……、母親に呼ばれたんじゃねぇのかよ?」
「スマホ忘れたから戻ってきただけ」
「そ、そうか……」
「そんでっ!?」
里津華はそう言いながら、怒りと敵意を剥き出しにした目で、新井を見る。
「あっ、えっと、新井奏依です! リッカちゃんだよね? オギワラから聞いてます!」
「……あっそ。で、サトルとはどういう関係なん?」
「関係? うーん……、そうだっ! パートナー、みたいな?」
「パートナー!?」
疑念を晴らすどころか、それを助長する言い回しで応える新井を前に、里津華はより一層その目を釣り上げる。
「お前は……、さっきは『同僚』つったじゃねぇかよ……。何でわざわざ、紛らわしい言い方にすんだっての」
「だって、何かバイトって感じしないしさ、この仕事! だからよくよく考えてみると、同僚ってのも何かしっくり来ないんだよね〜」
「『パートナー』もしっくり来ねえけどな……。お前って頭良いクセにアホだよな。色々と」
「アホって何だしっ!!」
新井はあざとく頬を膨らまし、憤慨して見せる。
そんな彼女の姿を、『1ミリたりとも納得していない』とでも言いたげな表情で、里津華は見ていた。
「……まぁそういうワケだから、俺と新井はお前が想像しているような関係じゃねぇよ。何でもかんでも色恋に結び付けんな」
「べ、別に結び付けてないしっ! 分かった……。ていうか、この前からずっと気になってたけど、そのバイトって何なん!?」
「今まさにその話をしていたところだったんだけどな……。お前が来て少し予定が狂ったが」
「は? どういうこと?」
俺はちらりと神取さんの方に目を向けた。
顎に手を当て、考え込むようにデスクに座る姿を見る限り、里津華が来たことに気付いているのかどうかすら怪しい。
俺の視線に気付くと、彼はハッとしたような表情を浮かべる。
「……訓くん。出来たら、でいい。詳しく教えてくれないか? どうしてキミたちが、石橋 実鷹という存在に辿り着いたのか」
『出来たら』という前置きとは裏腹に、神取さんの表情は険しかった。
釈然としないことは、多々ある。
彼の尋常ならざる様子に絆されたわけでもないが、俺は石橋の依頼を伏せつつ、事情を話すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます