第7話 ……まさかね。
結局、私は正当防衛が認められ逮捕されることはなかった。ネットに「1週間後に初配信します!」と発表しておいて捕まったら笑えない。
「感謝しなよ?厳罰すらなかったのは私が権力で潰したからなんだかんね」
「まじ頭上がんねぇっす姉様」
あれから3日、俺は今家に侵入してきた姉さんのご機嫌取りをしていた。
家、というのは俺が買った土地に建てたタワマンの最上階のことを指すのだが今俺にこの土地の所有権は無い。
何故なら俺の戸籍を偽装する時に男の俺は行方不明者扱いされるように姉さんが色々したらしいのだが、そのせいで俺の土地は親族である姉さんに男の俺が見つかるまで譲渡されるらしい。
つまり、今このタワマンは俺の家ではなく名義的には姉さんの家なのだ。
「こんなのってねぇよ」
「おぉ〜?家主に逆らうか〜?」
やめろ物理的にも社会的にも勝ちめねぇだろ。
俺は長く溜息をつき同じ空間にいるもう1人の客人に目を向ける
「ほんとにこの人には気をつけてね……愛紗」
「いやいや、そんな私みたいなミジンコなんか気にしないで貰って大丈夫ですよ!?」
そう。客人とは愛紗の事である。
もっと早く本題に入るべきだったのだが愛紗が部屋に入って姉さんを見た瞬間に「理沙しゃまぁ……」と言って意識を失ってしまったのが悪い。起きてからも何故か変なテンションになっている。
「まあ遊びもこれくらいにしようか……ねえ愛紗ちゃん。君が羽瑠に強くなるために訓練してもらうっていう約束をした時に〝何でもする〟って言ったのは覚えてるかな?それにあたってやって欲しいことがあるんだ。もしかしたら普通に生きるという道からは外れるかもしれない。承諾してくれるまで内容はあかせない。……どうだろう、やってくれるかい?」
姉さんは先程までとは別人のように真面目な顔で愛紗に問いかける。俺はこの顔を何度も見たことがあった。真正面から相手を見つめ一挙一動全てを監視する。きっと、愛紗を見定めているんだろう。
愛紗は姉さんにかなり気圧されているように見えた。……当然だ。ステータス的な話をすれば愛紗はまだ姉さんの足元にも及ばない。圧倒的な相手を前にして逃げたいという気持ちもあったはずだ。だが、
「は、はい!もちろんです!私、憧れの人がいて、その人みたいになりたくて冒険者になったんです!他にも理由はあるけど、それができるなら、私はどんな事でも挑戦したい!あ、し、したいです!」
姉さんは愛紗の宣言を聞いて……微笑んだ。
そして深く目を瞑る。
「あ、あれ?体が急に軽くなった?」
愛紗は目まぐるしく変わる状況に目をぱちぱちさせている。そんな愛紗を見て俺は、純粋な賞賛を上げた。
「おめでとう愛紗。姉さんのお眼鏡にかなったみたい。正直、予想外だった」
「いやー凄いね愛紗ちゃん。初見の人だったら普通泡吹いて倒れるんだよ?精神力が相当強いんだろうねぇ」
「え、え?どうゆうことですか?」
1人だけ状況についていけていない愛紗は微笑ましく笑っている俺と姉さんを交互に見て困っている。可愛い。
「まあ、愛紗は試されてたんだよ。姉さんのスキルに
……まあ今回はあまりにも実力差がありすぎて解除されなかったみたいだけど。
「まあ私が勝手に試しただけなんだけどこれで愛紗ちゃんが本当にやる気のある人間って証明できたわけだねぇ。あ、それと流石に死んだりするようなお願いはしないからね」
あんたは独断専行で動きすぎだ。
「姉さん前にやる時は先に教えるようにって言ったよね?初対面の人を毎回試すのは姉さんの悪い癖だよ」
「しょうがないだろう妹よ。私は私が認めた人間以外とプライベートで話したくないのぉ」
……全く、この姉は。
「えーと、じゃあ愛紗、条件については私が話すね。……姉さんだと何言うかわかんないから」
私が横目に姉さんを睨むと愛紗はソファに寝っ転がっている姉さんを見て言った。
「なんて言うか、理沙様って仕事してる時とのギャップ凄いですね。ネットに出回ってる映像とかでいつもキリッとしていてスーツが似合うイケメンお姉さんみたいなイメージだったんですけど」
「しょうがないでしょ〜?普段からあんな堅ッ苦しい仕事してたら嫌でも家でゴロゴロしたくなるんだよぉ」
ダンジョン対策庁副官の仕事はほとんど長官の仕事の手伝いとダンジョン関係の雑事を片っ端からこなす事、ダンジョンに関する法案を通すために各所を回ること、と聞いている。実際はもっとあるんだろうがそれだけ働いて体が持つのは冒険者の体あってこそなんだろうと思う。……この人何連勤までなら体持つんだろうな。
「まあ家にいる時はいつもこうだからそんなに気にしなくていいよ」
「理沙様も大変なんですよね。大丈夫です!私ダメ人間系のお姉様キャラにも興奮します!」
「「……」」
合わせない方が良かったか?
……というか話が脱線しすぎたな。話を戻そう。
「愛紗、私がダンジョン配信者としてもうすぐ活動を始めるのは知ってるよね?」
「もちろん!凄いよね!初配信前からもう中堅のダンチューバーと同じぐらいの登録者になってるし。私も可愛すぎて何回も切り抜き動画見ちゃったもん」
ダンジョン配信者として活動を始めるために、
「そうだね。私もここまでバズるとは思ってなかったからあんまり実感無いよ」
そこでだ。恐らく(ヘマをしなければ)今後も伸び続けるだろうチャンネルを俺一人では運営が出来ないと判断した。
「ねぇ愛紗、私の配信のアシスタントしてくれない?」
「はへ?」
「一概にアシスタントって言ってもやることは配信について行ってカメラで私を撮影することとか」
「……」
「よくダンチューバーの配信見るって言ってたから一緒に企画立てたり」
「…………」
「コラボの問い合わせの対応したり」
「………………」
「事務的な作業を頼もうと思ってるんだけど」
「……………………」
「あ、もちろん私も一緒にするよ?愛紗だけが仕事をするってことは無いから大丈夫……愛紗?」
「ふぇ?あ、ご!ごめん!ちょっと放心してた。っていうかその役割本当に私でいいの?凄く光栄なことなんだけど私よりももっと適任な人がいると思うんだ」
そう言って自信なさげに俯く愛紗。もっと自分に自信を持てばいいのに。
「じゃあ、受けてくれないんだ?」
配信の挨拶のために姉さんに覚えさせられた上目遣いを使い、添えるように手を重ねる。やっぱりかわいいは正義だ。
「ングッフ!!!???……そ、そういう訳じゃないの……」
「じゃあ、これからよろしくね?」
愛紗は恥ずかしそうに頬を紅潮させる。個人チャットで話している時に2次元の様々なシチュエーションを考えるのが好きと言っていたのでやってみたのだが、想像以上に効果あるなこれ。
「しゅ、しゅえ長くよろひくお願いひまひゅ」
「うん。よろしく」
……あれ?何この空気。ちょっといい感じなんだけど?愛紗すごいオシャレしてきてくれてる。顔近っ。中身男なんだよ?勘違いしちゃうよ?
愛紗はロングスカートに淡いブラウスを合わせていて、清楚という印象がとても強い。肩の辺りで切りそろえられた髪も印象的だ。今も尚紅潮した顔からは年相応の初々しさが感じられる。……駄目だ。可愛い。
「なんかいい雰囲気のところ悪いけどお姉さんお腹すいたから何か作ってくんない?」
「あ、じゃあ私なにか作りますよ。食べられないものあります?」
……。
「特にないからシェフのおまかせメニューで〜」
……。
「分かりました。じゃあちょっとキッチンお借りしますね」
……。
「ありがと〜。食材は冷蔵庫の中に入ってるからあるやつ全部使っていいよ〜。…………それでよぉ羽瑠くんよぉ。気持ちはわかるが今の君が女の子なの忘れない様しようなぁ」
姉さんはニヤニヤしながら俺と愛紗を交互に見る。
「いや、全然そういうんじゃねえわ!」
……違うよな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
百合の予感?
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