26、入れ知恵上等
『
虎門の低くて抑揚に乏しい声が耳元に届く。普通の人なら気づかないかもしれないが、俺にはわかる。彼は今、若干不機嫌な状態だ。
「高嶺に何か言われたのか?」
『確信犯か』
電話越しで、虎門がわざとらしくため息をつくのが聞こえる。しかし、思っていたより彼が不愉快そうではないので、少しほっとした。
『さっき高嶺に、もっと話がしたいとか、これからも仲良くして欲しいといったようなことを言われた。確かに高嶺は思ったことはきちんと伝えようとするが、異性に対してそういったことを直接いうのはかなりハードルが高いだろう。だから、お前か七海、どちらかがけしかけたんじゃないかと思った』
概ね予想通りの展開で、俺は心の中で高嶺に拍手を送る。仮に付き合ってくださいとか、もっと敷居の高い要求をしていたら虎門は引いていただろう。反面話をするとか、仲良くするとかいう願いはよほど不快に思う相手を除いて、断りにくい。彼女はいい塩梅で虎門に話をして、意見を通すことに成功したらしい。
虎門は俺たちが何か裏で動いていたからと言って、前言を撤回するような性格ではない。だから俺は隠し立てするのはやめにした。
「俺が高嶺から相談を受けたんだ。虎門ともっと打ち解けるにはどうすればいいかってな」
『大河に相談を?』
やや意外そうな口ぶりの虎門に、そのまま続きを説明する。
「ただ、お前が女子を避けていることを察している彼女に、理由込みで方法まで説明するのは憚られたから、とりあえず同姓の
一応、七海から高嶺と会話した結果、高嶺から虎門に自分の考えをはっきり伝えるという結論に至ったというのは聞いた。しかし俺は直接その場に居合わせたわけではないから、仔細はわからない。だから今の俺の話に嘘は含まれていないはずだ。
『背中を押した、か……そしてそれをしたのは七海であって大河ではない、と』
「そうなるな」
虎門が電話越しに二、三拍黙った。
『大河は、おれが女子と関わりたくない理由、知っているよな? それでもなお、七海経由で高嶺の肩を持とうとしたのはなぜだ?』
予想されていた問いに、俺は唾を飲みこんだ。そのタイミングで俺の部屋の扉を開けた七海と目が合う。
入れ替わり後も七海はこうして、俺の家に勝手にやってきて部屋を覗いてくることがある。次姉と仲良くなったのをいいことに、第二の我が家のようにくつろいでいるのだ。電話をしている時や俺が独りでいたいときは察してさっさと引っ込んでくれるが、今の会話の内容は七海に共有しても差し支えない。
俺は手招きをして、七海を部屋に招き入れた。心得たように頷いた彼女は俺のデスクの前にある椅子に腰かける。俺は立ったまま窓の外を見た。
「虎門のことは当然知っている。だが、虎門にどう接したいかを決めるのは高嶺の自由だ。お前にはその意思を聞いて、判断を下す責任があるだろう」
『それは……そうだな。そもそも女子と関わりたくないのはおれのエゴだから。ただ高嶺みたいに、わざわざおれと話したいと言ってくる女子が現れるとは思ってもみなかったから、対応に困った。彼女にとって何の利にもならないはずだし、むしろマイナスにはたらくおそれもある』
「本当にそうか? 今の高校は、中学時代とは環境が違う」
俺は中学時代と高校時代のクラスメイトの顔ぶれを思い浮かべながら、言葉を続ける。
「今のクラスで、虎門と高嶺が話しているのを見て羨ましがる奴はいるかもしれない。高嶺は男子の人気が高いからな。だが、ひがんで高嶺に嫌味を言う女子がいると思うか? 仮にいたとして、それこそ七海が黙っていないだろう。俺たちも高嶺も、中学時代の人間関係に意識がとらわれすぎているんだ。今なら、中学時代と同じことは起こらないだろう」
『今はそうかもしれないが、今後どうなるかはわからない』
話を途中からしか聞いていないはずだが、七海は「黙っていないだろう」と俺が口にしたくだりで大きく頷いた。それに力を得て、虎門との会話に再び意識を集中させる。
「先のことは今考えてもわからない。だから、今、どうしたいかを考えるのも大事なんじゃないか。俺は野間ほど楽観的ではないが、少なくとも虎門とは引き続き仲良くしたいし、高嶺も拒むほど嫌いなわけではない。お前もそうだろう?」
『ああ。むしろ高嶺は、おれと関わるとむしろマイナスになるんじゃないかという気がしてならない』
「それは虎門の推測だろう? 俺だって、あんなことがあったわけだから虎門と女子を無理やりかかわらせようとは思わない。だが、虎門が高嶺と話すのを見て、彼女と関わることは嫌ではないんだろうと俺は判断した。そこまでの認識は合っているか?」
『まあ、嫌ではないな』
「よかった。だったら、高嶺が虎門にどういう風に関わりたいのか、はっきり伝えてもいいんじゃないかと思っただけだ」
ほぼ確実だと信じていたとはいえ、正直、俺と七海の推測だけで動いてしまった感は否めないので、虎門本人から直接「高嶺のことが嫌いではない」というのが聞けてほっとした。虎門はまた二、三拍黙ったのちに、口を開いた。
『大河の言う通り、おれは高嶺が嫌なわけではない。だからこそ、今後おれと関わることで、不快な思いをしてほしくないんだ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます