コレは優しい契約結婚です。

中谷 獏天

第1話 初夜。

『すまないが、コレは契約結婚だと捉えて欲しい。なので、情愛や性行為の類いは、無しで、頼む』


 突然の婚姻の申し入れに、悪い噂や裏が無いからと乗ったら。

 コレ。


「あ、はい」


『判ったならもう、下がってくれないだろうか』


 コレが王族だったらどうにかしてるけど、男爵位だし、まぁ良いか。


《あの、奥様、何か》


 あぁ、執事も知らないんだ。

 そうか、可哀想に。


「少し、気分が優れず、お茶か何かを淹れて頂きたいんですが」


 察しれ、察してくれ。


《はい、ただいま》


 そして部屋に案内してくれて、侍女と共にコチラが落ち着くまで待っていてくれて。

 うん、使用人はマトモそう。


「契約結婚だ、愛や性行為は今後求めてくれるな、と」

《なんと》

『大変申し訳御座いません、奥様の事が出てから坊ちゃまはとても上機嫌で、ですのでてっきり密かに愛を育んでらっしゃったのかと』


《ですが、お坊ちゃまがとんだ失礼を。直ぐにもご実家にお帰りになって頂くか、それか別宅を》

「いえ、その分のお金と時間が勿体無いですし、噂が広まれば領民に不安を与えてしまいますので。どうか内密に、あ、離縁は相性の悪さと言う事で。ほらこう、大きさが合わない、とかで」

『あぁ、その様な配慮まで頂いて、ありがとうございます。直ぐにも、全力で補佐させて頂きます』


「ありがとうございます、すみません、どうにも魅力が足りず」

『いえいえ、行き遅れの坊ちゃまに嫁いで頂けただけでも十分でしたのに』

《ありがとうございます、このご恩に報いる為にも、全力でご支援させて頂きます》


 使用人は素晴らしいのに。

 どうしてあんな風に。


「あの、1つ伺っても?」

《はい、何なりと》


「どうして、その様な事を仰ったのか、心当たりは?」


 あら、思い当たる節が無いって、逆にビックリなんですが。


『あ、アレですかね、婚約者候補の方が毎回、弟君を気に入ってらっしゃた時期が』

《アレは声変わりの酷い時期で話すのを控えていて、あぁ、アレでしょうか、声変わりが終わった途端に女性からのお声掛けが多くなり、今度は弟君の婚約者の方に言い寄られ、兄弟仲が》


『あ、ですけど今はすっかり仲も宜しい筈なんですが』

《一時は女性を苦手としてらっしゃいましたけど、前の婚約者様の後、暫くしてすっかり落ち着いた筈でして》


「あの、前の婚約者の事は釣書きに無かったのですが」

『何年も前の事で、ご病気でして』

《それから立ち直り、毎年のお墓参り等はなさっていますが、特には》


 それら全部が原因なのでは。

 いや、それらを乗り越えた結果、貴族の仕事の相棒として私を。


 いえ、私、凄い無能だと知られてる筈なんですが。

 あぁ、アレですかね、本気のお飾りですかね。


「成程。でしたらお2人の立ち会いの元で、どういった状態が理想なのか、改めて伺う必要が有りそうですね」


《では、離縁のご準備は?》

「まだ時機尚早かと、意外にも素直になれないだけかも知れませんので」

『ではご朝食の後で、宜しいでしょうか』


「うん、お願いします」

《はい》

『では、失礼致しますね』


 はぁ、コレで男色家ならどうしよう、面倒だ。




「では、一息ついた処で、今後の方針について詳しくお伺いさせて頂きますね」


『君は、使用人に言っ』

「仮初めの婚姻でも協力者は不可欠です、そもそも初夜に嫁を追い出す失敗をしたのはアナタ、彼らに協力して頂く道しか残さなかったアナタの怠慢を私のせいにしないで頂けませんかね」


『な』

《では先ず、最低でも3ヶ月は同居なさるとして、以降は別居か離縁か同居を継続なさるのか。その場合にお子様はどうなさるのか、愛人や妾の有無、その他をどうなさるおつもりなのか。私達にも教えて頂けると助かります》

「後は男色家なのか、その場合相手を共有するかどうか、秘密を知る者や出入りは最小限にすべきでしょうから」

『そこまでご配慮を、流石です奥様』


『俺は男色家などでは』

「では女の愛人や妾についてですね、既にいらっしゃっても構いませんよ、ココの女主人だなんて面倒な事はしたくもないですし」


『君は貴族とし』

「アナタは仮にも夫の分際で抱かないと仰ったクセに、貴族を語るおつもりですか?」


《お坊ちゃま、話を続けても宜しいでしょうか》

『お坊ちゃまは止め』

『ではお話の継続で宜しいですね』


《では、愛人や妾の有無からですが》

『居ない、作るつもりも無い』

「では養子を取ると言う事で宜しいでしょうか」


『そこまで甲斐性が』

「その見極める機会を放棄なさったのはアナタですが、既にご経験が?」


 私達が大切に育てて来た筈のお坊ちゃま、一体、どうなされたと言うのでしょうか。


『有る』

「あぁ、良かった。病気を移されたら困りますからね、拒否して下さって助かりました」


『俺は何の病気も』

「検査なさったんですか?いつ?いつなさっていつ検査を?」


『もう、仕事に』

《ご成婚なされて直ぐに仕事へ行かれては不仲を噂されてしまいますが、どの様な意図を持ってして、その様な行動をなさろうとしているのでしょうか》


 どうか真意をお聞かせ下さいお坊ちゃま、我々は味方なのですから。


『俺は、君達にも言えない重要な仕事を任されているんだ。悪いが、帰って来てからにしてくれ』

「この1週間で全て決めて頂きます、ですが実行して頂けなかった場合、その日に離縁させて頂きます」


『判った、後でしっかり話し合』

「いえ、可及的速やかにお決め下さい、今更私の意思を伺って頂かなくても結構です」


 もし何かあるのでしたら、どうして、何もご相談して頂けなかったのでしょうか。




『もう、半ば詰んでいるんですが』

《いや言い方の問題だよねぇ、明日は仕事だから抱けない、落ち着くまで体調を整えておいてくれ。とかさぁ、もっと他にあるじゃん、バカだねぇ》


 先代の王の血が入った貴族の令嬢を保護する為の、偽装結婚。

 素性を知らないままに王弟派の者が彼女に婚約話を持ち掛ける直前で、何とか横から掠め取った。


 その事は誰にも言えない。

 それこそ令嬢のご両親も本人も、今でも尚、何も知らないままなのだから。


『全ては、入れ替えたクソ女のせ』

《いや今はお前が悪いからね?》


『ですが、いずれは王族に迎え入れる方かも知れませんし、俺は仮初めの』

《だーかーら、言い方ってもんが有るでしょうよ》


『ですけど凄いどストライクで、そう先手を打って嫌われようと』

《傷付けなくても良いでしょうに、童貞か》


『はぁ、俺の見る目のなさを分かってるでしょう王太子』

《童貞食われて捨てられて、次のは性病、君は凄いよ本当》


 事前調査をすり抜け、どうにも最悪な令嬢に当たる。

 だがその分、周りは女運が良い、良いと言うか俺にクソが集中して良い女は何故か他に行く。


 そして、俺に来た悪女は、その存在自体が消えて無くなる。


 王宮での俺の2つ名は災禍の焚き火、悪食なる誘蛾燈だとか、そんなものばかり。

 最初から、悪運に付き纏われていた。


 弟か俺か、そう散々に迷った婚約者は、想像妊娠で大騒ぎをし。

 果ては親も爵位を失う問題を起こしたのが、俺が16の童貞の時。


 自暴自棄になった所で未亡人に惹かれ、食われたら秒で捨てられ。

 次は公女の侍女だった子爵家の令嬢、安全な筈が、病気持ちで王宮は大騒動に。


 ただ、コレらは一切表に出ず、問題にぶち当たる俺の性質だけが評価され。

 爵位が上がらぬまま、こうして内偵や密偵の仕事を与えられているのだが。


『俺の近くに居ると女が変になるのか、変な女が来るのか』

《両方じゃない?》


『だからですよ、じゃあ近付けるべきじゃ』

《だから言い方、つかそんなに好みなのか》


『もう、どストライク過ぎて、家に帰りたく無いです』

《なら、それこそ妾でも取ったら?》


『居座られたら最悪は正妻にしなきゃいけないんですよ?絶対に無理です』

《なら俺のオススメの侍女で良いじゃん》


『そうやって病気を貰ったんですが』

《それ公女のオススメでしょ、俺のじゃないし》


『どうしたら良いか助言してくれないと手を出しますよ』

《出せば良いじゃん、よう兄弟》


『だー、絶対に面倒に巻き込むでしょうよ』

《って言うか君がぶち当たるからねぇ、問題は何処でぶち当たるか、なら王宮でも良いじゃん》


『いや好きだからこそ俺よりマシなのと一緒になって、幸せになって欲しいじゃないですか』

《じゃあ幸せにしてやれば良いじゃん》


『王族ですよ?』

《今は違うし、別に絶対にあの子が必要だとは言って無いじゃん》


『相当、賢いし度胸もありますよ、報告以上に』

《あー、そう賢いのか、面倒を嫌って程々に見せてたのか、成程ね。よし、連れて来たら良い案を出してやろう》




 坊ちゃまが意外にも早く帰宅なさった、と思ったら。


『王宮で侍女を探し』

「お断りします、丁重にお断りします」


『いや、だが』

「字は読めるんですが壊滅的に下手ですし、作法も最低限、刺繍は苦手で計算も不得手。この様な者と契約結婚して頂いて大変有り難いんですが、王宮で侍女ヤれとか言われる位なら離縁で結構です、大勢の前で恥をかく位なら家に戻って出戻りブスとか言われる方がマシです、どうか離縁して下さい」


 奥様って凄く口が上手いんでらっしゃるんですよね、流れる様な拒否から離縁へ繋ぎ、深々と下げた頭は床に届いてしまわないか心配になる程。


 例え字が下手でらっしゃっても、コレはコレで立派に貴族として誇れる、と。

 単なる侍女ですが、私はそう思いますけどねぇ。


『その、今回の侍女候補は』

「料理も掃除も専門家等の得意な方にお任せするのが1番だと思います、そして人付き合いは選ぶべき、取り柄の無い私が行っても誰も相手には。それとも私に恥をかかせたいのでしょうか」


『いや、そんなつもりは』

「ではお断りを、でなければ恥をかかせるつもりなのだと覚悟し、堂々と恥を晒して差し上げましょう」


『いや、うん、少し考えさせてくれ』

「後は何か」


『いや、このまま仕事に戻るので、暫く好きにしていてくれ』

「畏まりました、では」


 本当に、坊ちゃまに一体何が。




《ひっ、ふふっ》

『笑い事じゃないんですが』


《凄いなぁ、我が異母妹は》


 身を弁えているのか、面倒が嫌か、その両方か。

 いや、うん、正直このままコイツの嫁として面白おかしい人生を歩んで欲しいんだが。


 逆になぁ、惜しい。

 幾ばくか強欲であったり、愚かであったりすれば、末席にも置くつもりは無かったんだけど。


 んー、悩むなぁ、補佐に欲しいのに。

 このままでは離縁、離縁となれば王族へ、けれども王族に染まり良さを欠くのも面白くない。


 やはりコイツに落として貰うのが1番なんだが、アホみたいな失敗を。

 しかも挽回するには理由を告げる事になってしまうし、そうなれば更に逃げられてしまう可能性が高い。


『王太子』

《王族に入れないって言ったら手を出してた?》


 そこは流石に少し悩むか。

 忠義心を確かめる気はもう無いのになぁ。


『はい』

《そんなに好みなんだ》


『いつでも薄化粧で、香水の香りは殆ど無し、常に地味で動き易い服装。相変わらず清貧を重んじているのか贅沢品の購入は一切無し、刺繍は程々、字も言う程は汚くない。豊満』

《最後の、何》


『体つきも、大好きなんです』

《寧ろそこじゃん》


『だけじゃなく』

《けどさ、王族に入れるってなってもだよ、君の失態のせいで俺の信頼度も低いじゃないか。割と本気で悩んでるんだけど、どうしてくれんの?》


『すみません』

《どう信頼回復すんのマジで、このままじゃ離縁だよ、しかも下手をすれば離縁と同時に遠方に逃げられる可能性も有る。保護をって言ったでしょうよ》


『すみません、気弱で温和だと聞いていて』

《真逆。まぁ、もう正面突破しか無いな、侍女候補として呼ぼう、他の貴族の家に》




 婚姻継続の詳しい内容を決める期限まで、残り1日。

 毎日家に帰って来るものの、一切顔を合わせる事も無く。


 お仕事は王宮の経理部門だと仰ってましたけど、それ程までに財政悪化が。

 でも、そうした噂を聞きませんし。


『少し良いだろうか』

「モノによりますが、何か」


『知り合いの家に同行して欲しい』

「え、嫌です」


『いや、恥をかかせる為では』

「離縁するのに私を見せびらかすのは悪手です、再婚の障害と成り得ます。急に具合が悪くなった、とでも言ってお断りして下さい」


『いや、俺の既知の』

「アナタ逆に堂々と行けますか?お前は抱かんし情も寄せぬ、と言われた相手の友人の家でヘラヘラ過ごせと。流石に鬼畜が過ぎるのでは?それとも、それこそが貴族のする事ですか?」


『君の事は絶対に口外しない者で、勿論揶揄する様な者でも無い、ただ君を引き合わたいだけなんだ』


「何故」

『君の事を相談している、唯一無二の相手なんだ』


 成程、やっぱり愛人が居たんですね。

 別に、本当に誰にも言わないのに、面倒だから。


「分かりました」




 俺は控えめな見た目の女性が好きだ。

 栗毛色の髪と瞳、薄化粧では隠せないソバカスが少し有るともう、堪らなく思ってしまう。


 しかも意外に豊満だと、もう。


『どうして、そこまで地味な服を』

「好きで着てます指定が有るなら以降は先に仰って下さい、面倒なので絶対に着替えませんが、何か」


『いや、うん、行こうか』

「はい」


 甲高く甘ったるい声や話し方が苦手だ。

 彼女の様にハッキリと話し、落ち着いた中音域の声は実に好ましい。


 香水は近寄ってやっと分かるかどうか、折れそうにない手、そして爪が短いのも良い。

 流されず意思と好みがハッキリしているのも実に安心感が有るし、媚びる事も無い。


 正直、非の打ち所が無い。

 皆無だ。

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