女冒険者は絶対に引退したい
変態ドラゴン
第1話 追放されたので引退しますね
その日、私たちは一仕事を終えて祝杯をあげていた。
生還したこと、五体満足であること、人の死体を見なかったこと、理由はそれぞれだが、皆の表情は明るい。
ひとしきり騒いで飲んだ後で頰に刀疵のある青年、遠藤昴が口を開いた。
「
名前を呼ばれた私は、顔をあげて彼の顔をじっと見る。
Sランクの冒険者パーティーを率いるだけあって、そこはかとなくカリスマ性のような人を惹きつける何かがある。
日々、剣を振り回すために鍛えたことで引き締まった身体と温和な印象を与える彼の顔は色んな意味で女子に大人気だ。
「冒険者というのは、危険な職業だ。ダンジョンに赴き、魔物と戦って財宝を持ち帰る。仲間との連帯なしでは生還率が段違いだ」
私は遠藤の言葉に頷いた。
冒険者とはダンジョンを“冒険”して宝を持ち帰ることで生計を立てている。ここ一年で急増した職業であり、連日のようにテレビのワイドショーを騒がせているのだ。
「だからね、君のようにひたすら無言で……それも顔すら見せない相手と仕事をするのはもう無理なんだ、限界なんだ!!」
私は心外だ、という気持ちを込めて肩を竦め、首を横に振った。
「君の言いたいことは分かるさ。最低限の仕事はこなした、そう言いたいんだろう?」
「(こくり)」
「そりゃ君のスキルは便利だよ。でもね、代わりがいるんだよ! 流石の僕でもこれ以上は君を擁護できない!! パーティーメンバーからの突き上げが厳しいんだ!!」
私は両手を広げ、「なんだってー!」とリアクションをする。あくまで無言だが。
「だから、君が態度を改めないなら僕はパーティーリーダーとして……君を追放するよ」
私は無言で遠藤をじっと見た。彼もまたじっと私を見つめ返した。
そして、遠藤は深くため息を吐いた。
「変わろうとする意思もない、か。まったく、なんで君みたいな人間が冒険者になったんだろうね……いや、人間かどうかすら分からないんだけど」
失礼な。私は正真正銘、遠藤と同じ地球の日本国に生まれた人間だぞ。ついでに言うと君より三歳年上の二十歳だ。
「せめて顔を見せるぐらいはしてくれないか?」
私は無言で首を横に振る。
特に深い理由があるわけでもないが、なんとなく人に顔を見られたくないのだ。無言を貫くのも、話すのが面倒だからだ。
「分かった。なら、僕は君を追放するよ」
私は頷く。
元々、このパーティーに所属しているのも冒険者ギルドが無理やり加入させたからだ。継続して所属するメリットなど金と生還率ぐらいしかない。
そして、その二つは私にとって無用なものだった。
席から立ち上がろうとした時、右手首を隣の席に座っていた魔術師のミリルが掴む。新緑のような髪を三つ編みにした魔女っ子ファッションだ。
彼女は魔族“ピクシー”の血を引いた異世界人なのだ。
「待ってください、カナデさん。本当にこんな下らない理由で追放されるつもりなんですか?」
「(こくり)」
「そんな……! 私と街をデートする約束は!?」
「(ふるふる)」
そんな約束をした覚えはない。目を覚ませ、ミリル。大体、君は遠藤に惚れているという話だっただろう。浮気をするな。いやまあ、私は女なんだけどそういうのは好きな人とするものだから。
打ちひしがれたミリルの手をやんわりと解いて、今度こそ席を立ち上がろうとした私に手を伸ばす一つの影。それを身を捩って回避する。
「む〜、どうして私たちに顔を見せてくれないんですか! 仲間じゃないですか〜!!」
女神官のフレイヤである。
赤い髪に法衣の上からでも分かるグラマラスボディ。ミリルの幼馴染で、同じく遠藤に惚れている女性だ。どこそかの令嬢らしいが、私には関係ない。
「カナデさん、本当に後悔しませんか?」
私は力強く頷き、懐から自分の分の代金を置く。
「湯浅さん、気が変わったらすぐに言ってください。俺たちは待ってますから」
私は何も言わず、じっと見つめてくる遠藤の目から逃げるように視線を逸らす。
そして、遠藤たちに敬礼をしてレストランの外を出た。背中に纏わりつく彼女らの視線を無視して、その足で私は宿屋で部屋を借りた。
部屋の扉の鍵を閉め、私は片時も脱がなかったヘルメットを脱ぐ。
あらゆる重荷から解放されたような清々しい気持ちだ。
「ん〜〜〜〜っ!! 追放されたぜ、やったあ!!!!」
冒険者ギルドの上層部も、これなら私の引退を引き留めるようなことはしないだろう。
悠々自適な引き篭もりライフも近いぞ!
明日の夕方頃に冒険者ギルドに行って引退の手続きをしないとなあ!!!!
いやあ、遠藤くんのおかげでやっと私も引退できるよ。君の活躍とハーレム生活を遥か彼方から応援してるよ、頑張れ!!
次の日、うっきうきで全身を鎧で固めながら冒険者ギルドを訪れた私に、受付の職員であるカローラさんが満面の笑みで告げた。
「……カナデ様、引退の手続きについてですが、支部長より『たとえ殺されても受理するな』と厳命されております。引き続き、冒険者としてご活動くださいませ」
くそが。
「昨今、冒険者としてご活動いただける人材に不足しております。なにとぞ、引退は諦めて前向きに活動くださいませ」
嫌だよ。引退させろ。
「そもそも、カナデ様は冒険者になる前は碌にお仕事もされていないと記録されております。就労の機会を自ら手放すのはいかがなものかと」
うるせえよ異世界人め。そんなに働きたかったらそっちがやれよ。そもそもダンジョンも異世界の『アウター』が持ち込んだんじゃないか!
って言えたらいいのにな〜、喋ると揉めるから黙っとこ。
「……はあ、ここまで言っても何も言い返さないなんて。あなたにはプライドがないんですか?」
頷く。
カローラは「あああああっ! ムカつく!!!!」と叫んだ。
これだから異世界人は怖い。いきなり怒り出すんだもんな。
そもそも、自尊心やプライドなんてあったらニートなんてやらない。
引退できるようにまた策を練らないといけないようだ。
ああ、面倒。
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