第47話 黒の集団



「さて、そろそろ戻るか」

「あ、そうですね」


 庭に来て数十分が経った頃、レナセルト殿下はそう言った。

 確かにそろそろ戻るにはちょうど良い時間だ。


 ほどよく時間も潰せたし、会場に戻ったらもう帰っていい時間になるだろう。


 名残惜しくはあるが、ガゼボを後にした。

 夜の庭を、無言のまま歩く。


 少し歩いたとき、彼はふいに口を開いた。


「そういえば、いつの間に変えたんだ?」

「え?」

「オレの呼び方だよ。前までは第二王子だったろ?」

「あー……」


 実はゴルンタの街でセイラス様を名前呼びにして以降、レナセルト殿下だけ役職呼びもどうかと思って名前呼びにしていた。


 だけどそういえば、本人の許可を取っていなかったことを思いだす。

 どうやら嫌だったらしい。


「すみません。お嫌でしたら戻しますね」

「あ、いや。別に嫌という訳ではないからそのままでいい」

「そうですか?」


 殿下は少し慌てた様子で手を振った。

 嫌でないのならいいのだけど。


「……」

「……」


 そこからは再び無言だった。

 けれど、嫌な沈黙ではない。


 お互いに口数が多いわけではないから、楽と言えば楽だ。


 あっという間に出口が見えてきた。



 のだが。


「ん? あれは……っ聖女、隠れろ」

「え!?」


 突然、近くにあった背の高い生垣いけがきの後ろに押し込まれる。

 何事かと隙間から様子を伺うと、向かいから誰かが歩いてくるのが見えた。



「おやぁ? そこにいるのは厄介者か?」

「兄上……」


 その声は第一王子のものだ。

 どうやらレナセルト殿下は第一王子がやってくるのを見つけて、私を隠したらしい。


 確かに今あの人と顔を合わせるといろいろと面倒くさいから、隠してくれたのはありがたい。


「なぜ兄上がここに? 謹慎きんしん中では?」

「はっ。謹慎など、俺には関係ない。それに俺がどこにいようが、俺の勝手だろう」

「ですが、謹慎は守らねば……」

「うるさい! 貴様の指図さしずなど受けんわ!」


 第一王子は頭に血が上りやすいらしい。

 今もレナセルト殿下の襟首えりくびを掴んで睨んでいる。


「なぜこの俺が、女一人を側妃にすると言っただけで謹慎なんぞ食らわねばならんのだ。俺は第一王子だぞ!? 父上の次に偉い、この俺様が!!」


「……兄上。聖女は国王よりも教皇よりもとうといとされる方だ。そんな風に扱っていい人間じゃない」


 第一王子は、なおも食って掛かって来た。

 その言い分は、まるで道理にかなっていない。


 レナセルト殿下は呆れたように諭そうとしていた。


「ふん、王家よりも偉い人間がいるわけないだろう! だいたい聖女などと持ち上げていても、所詮はただの女に過ぎん。せっかく俺様が可愛がってやろうとというのに……」

「……」


(何というか……全体的に残念な人だなぁ)


 どうやら兄弟仲が悪いというよりは、一方的に目のかたきにされているようだ。

 というか、兄のが弱いせいで、会話にならないというのが正しい気がする。


 全て自分が正しい。

 自分の思い通りになると思っているタイプの人間だ。


(こんな人がトップにたったら、滅亡めつぼう待ったなしだろうな)


 第一王子ではなく、レナセルト殿下が味方でよかった。

 もしも逆だったら、確実にメンタルが死んでいただろう。


 しみじみとそう思った。



「ああ、なるほど? 貴様、全く女にモテないもんなぁ。王族だというのに愛人すら持てないからひがんでいるのだな?」


 第一王子はふと納得したような顔で頷いた。

 そしてニヤリと笑う。


「くく、可哀そうな奴だ。貴様なんぞを気にかけてくれるあの女が気に入ったのか。それなのに俺と比べられたらひとたまりもないから焦っているのだな?」


 にやにやといびる様な笑みを浮かべてにじり寄る。


「……兄上。ですから、彼女は」

「いいだろう。ますます気に入った! あの女は絶対に俺のものにしてやる」

「っ」


 第一王子はニタニタと声を上げた。

 耳につく、嫌な声だ。


「あぁ……だが……。あの女にはこの俺に恥をかかせた報いを受けてもらわねばな? そうだなぁ……見つけたらどのようにはずかしめてやろうか」


(ひ、ひぃ~っ!!)


 話が突飛とっぴすぎてついていけない。

 けれどこのまま第一王子に見つかったら、辱めを受けることは分かった。


 じょわっと鳥肌とりはだがたつ。


(というか、私第一王子に恥なんてかかせてないんですが!?)


 この間のあれは、第一王子の自業自得じごうじとくである。

 私から誘ったわけでも、彼に一目ぼれをしたわけでもない。


 それなのにそんなことをされるのは絶対にお断りだ。


 このまま息を殺して彼がいなくなるのを待とう。




 そう思ったのに。


 ――ジャリ


 態勢たいせいを変えたせいで、音を出してしまった。


「ん? 誰かいるのか?」

「!」


 こちらを覗き込んだ第一王子と目が合う。


 途端とたんにニヤリと音がつきそうな笑みを浮かべられた。

 血の気が失せる。


「誰かと思えば……。聖女ともあろうものが盗み聞きなど、いやしいやつめ。それほどまでに、この俺に会いたかったか?」


 手が伸びてくる。

 その指先が、触れようかというとき……。



 ガシッ!!


「兄上、聖女に危害を加えてはなりません」


 レナセルト殿下が第一王子の腕を止めてくれた。

 ギリリという音が聞こえてきそうなほど強く握りしめている。


 無表情ながら、イラついているのが分かった。


「っ! 離せ! 貴様ごときが俺を阻むなど、あってよいわけがない!!」


 つばを飛ばしながらレナセルト殿下をにらみつける第一王子。

 その目は血走り……。


――ドカッ!!


 自由だった左手で彼を殴りつけた。


 それでもレナセルト殿下は第一王子を離さない。

 より強く締め上げていく。


 力の差は歴然だった。


「っ、この野蛮人やばんじんが!! クソッ! こい、お前ら!!」


 第一王子が何かを呼んだ。



 ふと、体の上に影が差す。


「え?」



 いつの間にか、背後に黒い人たちが立っていた。

 その姿を目にした瞬間


 ――ゾワリ


 なにか、よくない人達だ。

 

 直感的に、そう感じた。



 私を捕えようと、腕が伸びてくる。


『捕まってはだめだよ』


 頭の中で、声がした。


「あ……」


 けれど、体が固まってしまって動けない。


「聖女!!」


 レナセルト殿下が私をかばって黒の集団に立ちはだかる。

 ふところから小刀こがたなを取り出し、構えた。


「なんだ、こいつら……」


 警戒心をあらわにしたレナセルト殿下。

 どうやら、彼もあの人たちのことは知らないようだ。


「何してる! 早くそいつらを捕まえろ!!」


 第一王子の怒号がとび、にじり寄ってきた。



 相手は5人。

 こちらはレナセルト殿下1人。

 

 数の差があるのに、さらに私を守りながら戦わなければならない。

 肉弾戦では、私など、足手まとい以外の何物でもない。


 それでもレナセルト殿下は、剣の腕前で徐々に押し返していく。

 5人同時に襲ってきても、的確にいなして反撃しているのだ。



「っち! 化け物が! おい、あれを使え!」


 反撃されたのを見て、第一王子が命令を下した。


「しかし殿下」

「この俺の命令が聞けないとでもいうのか!?」

「……いえ」


 黒フード達は少しだけ戸惑った様子だったが、すぐに何かを取り出した。

 そこからだ。状況が一変したのは。



 飛んでくる風の塊。

 どこからともなく現れる火球。

 盛りあがる地面。


 予想外な攻撃が飛んできて、たちまち劣勢に追い込まれていく。


 どう考えても、ただの人間ではない。

 恐らくは……。


「魔術師……!?」


 国敵のはずの人間が、どうしてここ王宮に……。

 いや、それよりも。どうして第一王子の命令を?


「聖女! 今は逃げろ!!」

「!!」


 思考に落ちそうな私を、レナセルト殿下の声が遮る。



 そうだ。

 考えるのは後にしなければ。


 足手まといがいては、彼も自由に戦えない。

 今私にできることは、逃げることだけだ。


 せめて、見つからない場所に隠れなければ。


 体が、ようやく動き出す。


「逃がすな! 追え!!」

「!」


 私に向って火球が飛んできた。

 ぎゅっと目をつぶる。


「そうはさせない!」


 背後で、剣戟けんげきの音が聞こえた。

 恐る恐る目を開くと、レナセルト殿下の背中が見える。


 火を切り裂いたのか、左右に火球の残骸が落ちていた。

 炎がバラに移り、ゴウッと音を上げた。


「何している! ここは父上の庭だ! 燃やすやつがあるか!!」


 炎の奥で、第一王子の焦った声が聞こえた。

 


「今のうちだ! 早くいけ!」

「で、でも」


 このままではレナセルト殿下も危ない。

 燃え盛る庭の中にいては危険だ。

 一緒に逃げたほうが良いのではないか。


 そう思い、立ち止まる。

 けれど。


「いいから行け!!」

「っ!」


 一喝いっかつされて、私ははじかれたように走り出した。


 私はそのまま進む。



 無力さをかみしめながら、迷宮の奥へと……。

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