4章 聖女と噂

第40話 第一王子


「何でしょうね。大切な話って」

「さあ? ですが、ろくなことじゃないのは予想できます」


 私とセイラス様は、馬車で移動していた。

 何やらたいせつな話があると、王宮に呼び出されたのだ。


 今度は何を言われるのか。

 それを考えると憂鬱ゆううつな気持ちになる。


「今回も断れればよかったのですが……」


 シュンと項垂うなだれるセイラス様に苦笑いを浮かべた。


「仕方がないですよ。むしろ、今まで断り続けていたことの方が驚きました」


 私は全く知らなかったのだが、実は今までも何度か呼ばれていたらしい。

 そのたびに、何かと理由をつけて断っていたらしいのだ。


「これ以上断ると関係も悪化するでしょうし、情勢じょうせいもだいぶ落ち着いてきましたから」


 だから仕方がない。

 本当は行きたくないけれど、変にこじれるよりはマシだ。


「……エメシアは真面目まじめですね」

「え、そ、そうですか?」

「ええ。いい子です」

「…………」


 セイラス様と目が合うと、ニコリと微笑ほほえまれる。

 その視線に、慈愛じあいのようなものが見て取れて、慌てて顔を反らした。



 最近、セイラス様はこういう顔をよくするようになった。


 穏やかさが増したというか、ゴルンタの街での騒動そうどうがあったとき以降、距離が近くなったというか。

 物言いもトゲトゲしさがなりを潜め、まるで幼子おさなごに接するときのように柔らかい。



(子供扱いされているのかな……)


 でも、からかっているような気配けはいはない。

 だから、どう接すればいいのか分からなくなる。


 正直落ち着かないからやめてほしい。



(……でも)


 セイラス様をちらりと見る。


 彼はとても柔らかい眼差まなざしでこちらを見つめていた。

 その顔はなんとも幸せそうだ。


(あんな顔をされたら、やめてほしいなんて言えない、よね……)



 結局言い出すことができないまま、馬車は王宮に入っていった。



 ◇



「あ」


 王宮に入ると、向かいから第一王子――ジーグ・トゥル・アルカディエがやって来た。


 彼と会ったのは初めて王宮に入ったときだけだ。

 ちらりと様子を伺う。


 輝かしい金髪はさらさらと揺れ、ルビーをはめたような目は優しそうに下がっている。

 女の子が放っておかなさそうな甘いマスクだ。


 さすが王族。

 皆、もれなくルックスがよい。


 けれど……。



(…………。これは、何というか……)



 ゴテゴテとした指輪。

 原色げんしょくで、目がちかちかするシャツ。

 舞台衣装か、と疑う程のキラキラな上着。


 それらが調和ちょうわすることなく互いに主張を続けた結果……せっかくのルックスが、全て台無しになっていた。



(ファッションセンス、0だな!?)


 なんでその組み合わせを選んだのか。


 自分もそんなにセンスがいい方ではないけれど、第一王子のことはやばいと思う。


 ……いや、本当にやばいな!?

 誰も何も言わないのだろうか?


 やばさに驚いていると、向こうも私たちに気が付いたようで近よってきた。

 なぜか、その顔はにやにやとしている。


「そこのお前。誰かは知らんが、俺に見惚みとれていたのか? 可愛いやつだな」

「え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 脳が拒否していたのかもしれない。


 数秒して意味を把握はあくしたとき、鳥肌とりはだが立ってしまった。


「い、いやそう言う訳では……」

「隠さずともよい。ふっ。さすがは俺。美しすぎるのも罪なものだ」

「……」



 ……。

 この人、もしかしなくてもナルシストか?


 私の一番苦手な人種じんしゅっぽいのだが……。



 私はすかさずセイラス様の後ろに隠れた。


「ふっ。直視できないか。可愛いやつめ」



 ぞわわわわわ



 やばい。鳥肌が収まるところを知らない。

 思わず身震いをしてしまった。



「ふん、そうだ。そんなに俺が好きなのであれば、側妃にしてやってもいいぞ? 8番目にはなるがな」

「は?」


 変な言葉が聞こえた。


(なに? 側妃? 8番目??)


 理解できずに、思わず口をあんぐりと開けてしまう。


「顔をよく見せてみろ」


 第一王子はそのまま、私に向って手を伸ばしてきた。


 けれどその瞬間、セイラス様が私の前に立ちはだかった。

 私の視界には、セイラス様の背が広がった。



「第一王子、あなた、自分が何を言っているのか理解していますか?」


 ものすごく低い声が聞こえた。

 普段の数段ドスのきいた声に、すくみ上る。


 こちらからはセイラス様の顔は見えないけれど、ものすごく怒っているのが分かる。

 ゴゴゴゴゴゴゴと効果音がつきそうなくらいだ。


「なんだ。教皇聖下もいたんですか。ふーん? その女は聖下の女という訳ですか。それは失礼」

「……」

「しかし彼女は俺に夢中のようですよ? どうです? 俺にくれませんか?」


 事実無根なことをいうのはやめていただきたい。

 それから、もうその話自体、やめてもらいたい。


 第一王子が口を開くたびに、この場の温度が下がっているのだ。

 それなのに、口を閉じようとしないのはなぜなのか。


 このまま話し続けていたら、きっとセイラス様が手を下してしまう。


 それは避けなければ。



「あ、あ~、えっと。光栄こうえいな話ですけれど、遠慮えんりょさせていただきますね!?」

「なんだ。遠慮などいらん。さあ、近くに」

「遠慮じゃないんですが!?」


 話、通じないな!?


 これはまずい。

 私はセイラス様に並んで、恐る恐る顔を見る。


 真顔だった。

 しかも、ゴミを見るような目をしていた。


 これは本当にまずい。

 対物結界たいぶつけっかいで「キュッ」としかねない。




「っ兄上!!」


 そのとき、レナセルト殿下が飛んで来た。

 すべり込んできてぺこぺこと何度も頭を下げる。


「教皇聖下、聖女。不快ふかいな思いをさせて申し訳ない。怒りは最もだが、この場はオレに免じてもらえないだろうか」

「あぁ!? 何が不快だ。貴様などに言われたくないわ!」


「兄上はちょっと黙っていてもらえますか」

「何を!?」


 第一王子は沸点ふってんが低いようで、レナセルト殿下を怒りの形相ぎょうそうでにらんでいた。

 対してレナセルト殿下は、終始しゅうし無表情。



 ここまで数分しか絡んでいないが、よくわかった。


この人第一王子が国王になったら、すぐに国潰されるな……)


 まず間違いない。

 どう考えても、第一王子では国を支えられないだろう。


 第一王子がコレだから、側妃腹の第二王子であるレナセルト殿下に王位継承権が残されているのだろう。


(レナセルト殿下も、苦労しているんだなぁ……)


 もはや苦笑いしか出なかった。




 謝り続けるレナセルト殿下。

 それに噛みつく第一王子。

 いつもの笑みをどこかに忘れたセイラス様。


 空気は最悪だ。

 それは、騒動を聞きつけた王と王妃がやって来るまでつづいたのだった。

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