第34話 反省会2



「それに関しては、オレも思うところがある」


 そのとき、今まで静観していた第二王子が口を開いた。

 目線を向けると無表情のままだが、どこか不満そうな空気をまとった彼がいた。


「お前、ダメなくせがあるよな」

「癖……?」


 何のことだろうか。

 やらかしていることが多すぎて、どれのことか分からない。


 突っ走る癖? 変な行動を起こしがちなところ?

 それとも思い込みが激しいところ?


(だめだ。心当たりしかない)


「……どれか分からないという顔だな」


 第二王子は大きなため息を吐いて、近づいて来た。

 正座をする私に視線を合わせてくる。


「人を助けるために、自分のことをかえりみないとこだ」

「えっ」


 全く予想もしていなかったところを指摘してきされた。


 自分を顧みない、なんてことあっただろうか?

 正直、見当がつかない。


 思わず首をひねると、呆れたようにため息を吐かれた。


「ムルー山ではオレを守ろうと魔物に立ち向かったし、さっきは襲われていたというのにあの患者を助けることを優先しようとした。どちらも自分の身を顧みていなかっただろう」

「……あ~。えっと、あれは、その」


 なるほど、そういう話か。


 一応言っておくと、私は別に自分がどうなってもいいと思っているわけではない。

 もちろん、誰かのために自分を犠牲ぎせいにすることを美徳びとくとしている訳でも。


 あの時はそうするべきだと思ったから、そうしただけで。


「一番いい選択をしただけ、と言いますか……」

「ほう?」

「ムルー山での件では、あなたを置いて逃げたとしても、恐らく逃げ切れなかったはずです」


 手負いとはいえ、魔物の動きは早かった。

 あの場で逃げ出しても、きっと捕まっていたはずだ。


 だったらケガをしていても、魔物にあらがすべを持ったこの人を優先的に守った方が、結果的には生存確率が上がるのではないかと思ったのだ。


「それに、目の前で誰かが傷つくところを見たくなかった。誰かが苦しむところは見たくない。……自己犠牲とか、そう言う話じゃないんです」


 先ほどのことでもそうだ。

 苦しみや悲しみを抱えた人たちを、これ以上見ていられなかった。


 助けを求めている人を、傷ついていく人を見捨て、自分だけが助かったとしても。


(一生苦しむことになる……)


 あの時、もしかしたら助けられたかもしれない。

 伸ばされた腕を掴めたかもしれない。


 そうやって可能性を考えてはうじうじとするのが目に見えている。


 体につけられる傷よりも、心に食い込んだとげの方が、長い時間さいなむのを知っているのだ。


 だから、気が付いたら、体が動いていた。

 そうならないために、を変えるために体を張った。



 私自身が傷つきたくないから、取った行動なのだ。


 いってしまえば、これはただの――わがまま。


「ごめんなさい。聖女としては、軽率けいそつだったって、分かってます。……でも」


 再び同じような状況になったとしたら、私はきっと同じことをする。


 見捨てる勇気なんて、私には持てない。

 私は誰よりも臆病おくびょうだから。


 約束できずにうつむくと、ガシガシと頭を掻く音が聞こえてきた。


「誰かを助けようとするなとは言わない。それは聖女としても大切なことだからな。……だが」


 肩に手の重みが加わる。


「オレが言えた義理ぎりではないが、お前はもう少し、人に頼ることを覚えたほうがいい」

「え?」


 言われた言葉に顔を上げる。


「……次やるときは、オレも巻き込め。ひとりで突っ走るな。オレは、そのためにここにいる」


 目が合った。

 真剣な目だ。


 緑色の瞳に、飲み込まれそうな感覚を覚える。



 ――パチン。


 ふいに軽い音がした。

 驚いて振り返ると、教皇様が手を叩いているところだった。


「オレ、ではなく、オレ達、と言ってほしいものですね」


 目線は真っ直ぐに第二王子へと注がれている。

 どことなく不機嫌ふきげんそうな顔だった。


「なんだ。お前にも巻き込まれてやる甲斐性かいしょうはあるのか?」

「ええ、もちろん。あなたよりは持ち合わせていますよ」


 ニヤリと笑った第二王子とニコリと微笑んだ教皇様。

 その間にはなぜか火花が見えた気がした。


「え、と」


「あなたに戦う力はないでしょう。私も浄化はできません。できないことがあるのは当たり前のことです。でも、力を合わせればできるようになる」

「ああ。オレ達が戦い、お前が浄化する。一人で全て背負わなくていい。オレ達は、共に戦う仲間だろう?」


「なか、ま……?」


 仲間って、あの仲間?

 助け合い、支え合うっていう……。


 そんな風に言われたのは初めてだった。


「そう、思ってくれているの……?」

「「当然」」


 見事にハモった。


 二人は見つめ合ったと思ったら気まずそうに顔を反らした。

 まるで同じ答えを持っているとは思っていなかったような反応だ。



「ふふっ」


 それが何だか面白くて、笑みがもれてしまう。


 二人は一斉にこちらを振り返り、凝視ぎょうししてきた。

 笑っちゃいけないとは思っているのだけど、どうしても止められなかった。


「あはは、ごめ、なさ……ふふ」


 二人の会話から察するに、聖女の役目をするときは、自分たちを頼れといっているのだろう。


 そんなことを言ってもらえるとは思っていなかった。

 誰かに頼るなんて、そんなこと、したことがなかったから。


 でも、頼っていいといってくれるなら。


「……ありがとうございます。そう、ですね。仲間……。ふふ、なら、お言葉に甘えさせていただきます」


 この人達なら、信じられる。

 いや。信じたい。


 そう思いを込めて、私はニコリと微笑んだ。



「……まったく。調子のいい」

「全くだ」


 返ってきたのは呆れ交じりの笑み。



 なんだか、距離きょりが近くなった気がした。

 胸がじんわりと温かくなっていく。



「ですが、当然、罰は受けていただきますからね!」

「そうだな。何もなしじゃ、どうせまたやるんだから」

「えーーーー!?」


 今、普通にいい話で終わりそうな雰囲気ふんいきではなかっただろうか。

 びっくりしすぎて大声を出してしまった。


「お疲れでしょうし、どんな罰にするかは追ってお伝えしますね。ゆっくりと休んでください」

「オレも戻ろう」


 二人はクスリと笑うとドアへと向かっていく。


「待って待って! 罰が何になるか分からないと怖すぎるんですけど!?」


 私は慌てて引き留めようとした。

 けれど遅かった。


 二人は示し合わせたかのように出て行ってしまった。


「えええええ……」


 一体、どんな罰が?

 頭を抱えるしかなかったのだった。



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