第20話 面白い人



 それからしばらくして。

 お互いの状況を整理しようという話になった。


 第二王子の口からは、私が気絶きぜつしている間に起こったことが次々とでてくる。



 崖から落ちたこと。

 なぜか私が一緒に落ちてきたこと。

 地面にぶつかるというところでふわりと浮かんで助かったこと。

 そして……崖から離れて洞窟を見つけたら魔物がいたこと。


 などなど。


「自分でいうのもなんですけど、よく生きてましたね?」

「全くだ」


 それだけわんさかと死亡フラグが立っていて二人とも無事でいるなんて。

 いやはや。


「運がよかったですね」


 いやー、本当によかった。

 転生1週間で死んだかと思った。


 ありがとう神様。


 私はほっと息を吐いた。

 やっぱり持つべきものは支えてくれる神様だね。


「運というか……」


 第二王子はなぜか私の顔をじっと見つめてきた。

 めちゃくちゃ何かを言いたげな視線だ。


「……なんです?」

「いや。お前、本当に聖女だったんだなと思って」

「うっ」


 彼はじっくりと私を見た後、納得するように頷いた。

 どうやら聖女かどうか、ずっと疑っていたようだ。


「……そりゃあ聖女っぽくないって自覚はありますけど」


 そんな面と向かって言わなくても。


「いや、すまない。別に聖女がどんな奴でも、聖女ならいいのだと思う」

「なんです? その下手なフォローの仕方は」


 あからさまにしょんぼりとした私に、彼は分かりやすく慌て始めた。


 フォローになっているのかいないのか。

 よくわからない言葉を必死にいいつのるのが面白い。


 思わず笑ってしまった。


「む、わ、笑うなよ。仕方がないだろう。慣れていないのだから」


 無表情で器用きようにぶすくれている。


 ずっと無表情だけれど、今はなんとなく、彼の考えていることが分かる。

 どうやら不器用なだけで、嫌な人ではないようだ。



「……第二王子殿下って、何歳なんですか?」

「18だが。なんだ急に」


「いや、ちょっと気になって。っていうか、そっか。同い年なんですね。意外ですね。もっと上かと」

「失礼な奴だな。どうみても活きのいい10代だろう」


「ぶはっ! 活きのいいって……何目線なんです?」


 自分で言うか、それ。


 クールなイメージが一気にひっくり返った。


 というか真顔でその言葉を口にしているのがアンマッチすぎて面白い。


「む? 使い時が違ったか?」

「いえ、違くはないんですけど……」


 まあいいか。面白いし。


 第二王子は本当に分からないというように首をかしげた。


 もしかしたら天然が入っているのかもしれない。

 嫌な人ではないどころか、ずいぶんと面白い人だったようだ。


 無表情で怖そうな第二王子と、コミュ障の私では会話が続くか心配だったが、意外と大丈夫だった。


 意図いとせず同じ体験、しかもかなり濃い経験をしたからかもしれない。


(崖から落ちるとかそうそうないもんね)


 あったら困るが。



「それにしても、足場が崩れるなんて。……地盤じばんが緩んでいたのかな?」


 全ての元凶げんきょうはあの足場の崩落ほうらく事故。


 あれがなければ今頃神殿へと帰れていたはずだ。


 確かに雨でぬかるみはできていたけれど……。

 地滑りを起こすほど緩んでいたのだろうか。



 だとすれば私か第二王子の運勢が最悪な日なのだろう。

 落ちた先に魔物もいたし。


 運がいいのか悪いのか。


「……それなんだが」


 たっぷりと間をおいて、数段低くなった第二王子の声が響いた。


 その声は、先ほどまでの元気はない。

 むしろ、深く沈んだものだった。



「……すまない。もしかしたらオレのいざこざに巻き込んだかもしれない」

「え?」


 言われた意味が理解できなくて彼を見つめてしまう。


 緑色の目がかげりを帯びた気がした。


「……王族は血族けつぞく意識が強くてな。ほら王族の中でオレだけこの髪色だろ? だからいろいろとあってな。たぶん今回もそうだと思う」

「……あ、そういえば」


 食事会の時に見た王族の見た目を思い出す。


 あの時は緊張と胃痛のあまりほとんど何を話したか覚えていない。

 けれど王家の外見だけははっきりと覚えている。


 彼の言う通り、国王は金髪碧眼、王妃と第一王子は金髪にルビーの瞳をしていた。

 皆、王家と聞いて真っ先に想像するような輝かしい金髪だ。



 けれど第二王子だけは、夕焼けのような赤色の髪にエメラルドの瞳をしている。


 美形なのは変わりない。

 けれど、他の王族たちとは明らかに違う雰囲気だった。



 第二王子は深くため息を吐き出して、唸るように口を開いた。


「もう巻き込んでいるからいうが、オレは側妃腹そくひばらの生まれだ。しかも王族の象徴しょうちょうとされる金髪が現れなかった。金髪の現れない王子など、王族としての価値はほとんどない。そのくせ、王位継承権おういけいしょうんけんだけはまだ持っている。……当然ジャマだと思うやつもいるだろう」


「……」


 言葉をにごしていたけれど、いわゆる王位争いというやつなのだろう。


(王家の「いろいろあった」に闇を感じる……)


 もしかしたら、崖からの転落すら誰かに仕組まれたことだと思う程の体験をしてきたのかもしれない。



 実際日本の歴史でも、殿様の子供の暗殺事件とかは数多くあるわけだし。

 こっちの世界で同じようなことがあっても何ら不思議はない。



「……つまり、今回のことはあなたを敵視する人が企てた暗殺計画かもしれないということですか?」

「ああ」

「それって、私、聞いても大丈夫なやつですか?」

「……あくまで推察すいさつだからな」


 第二王子は、目を反らした。


(いや、それ……絶対大丈夫じゃないやつじゃん!)


 私は頭を抱えた。


 聞かなかったことにしたい。

 切実に。


(……でも、知らないのも怖いかも)


 だって知らなければ予防もできない。

 そう思って話を聞くことにした。


「……崖から落ちるとき誰かに押されたんですか?」

「いや、急に足元が崩れた」

「じゃあ偶然が重なった可能性の方が高いのでは?」


 殿下は襲われたと思っているようだけど……。


(自然災害を利用して襲うなんてできるの?)



 狙った場所だけピンポイントで地滑りを引き起こすなんてできっこない、と思う。


 ……魔法とかそう言うのがあるのだったら別だけど。


「それも怪しいな」

「え?」


「オレたちの前を歩いていた兵が、落ちていくのをみて薄く笑っていた。他の者達が大慌てでいる中そんな表情をするやつなんて、今回の犯人しかありえないだろう」

「わぁお」


 無表情のまま悔しそうな声色でつぶやかれる。


 確かに王子が落ちている中笑っていた人がいたとしたら、まあ大問題だ。

 少なくとも悪意があったということは間違いなさそうだし。



「それに王妃には目の敵にされているしな。おおかた王妃に与する派閥の誰かの仕業だろう。すべてはオレのこの見た目のせいだ。巻き込んだこと、すまないな、聖女」


 彼は少し疲れたように目を伏せた。


 もしも第二王子のいうことが正しいのだとしたら。


(……思っている以上に複雑な情勢、なのかなぁ)


 国の状態が思いやられる。


 人間と魔物のいざこざ。

 王家と神殿の対立。

 王家の派閥はばつ争い。


 誰が味方で、誰が敵になるのか。


 ……考えることが多すぎる。



(本当に国なんて救えるのかな……)


 思わずため息がでる。


 本当に厄介な世界に投げ入れられたものだ。


 でも。


 それでもやるしかない。

 救国を成し遂げるしかないのだ。


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