第19話 見覚えのあるシチュエーション




「うっ……」


 目を覚ました私の目には、岩肌いわはだが映り込んだ。



 体の下には第二王子のマントがあり、上には上着がかけられている。

 なんだか見覚えのあるシチュエーションだ。


「……」



 恐らく、また気絶して洞窟どうくつに運ばれたということだろう。


(なんてこったい……)


 思わず顔をおおった。


 迷惑めいわくかけすぎではないだろうか、自分。


 ため息しか出ない。


「起きたのか」

「びっ!!」


 入口付近から声がかかった。


 振り向くと洞窟の外で第二王子が手を振っている。

 こいこいとジャスチャーしていた。


 私は、少し迷って外へと向かった。



 彼はどうやら焚火たきびのための枝を探してきてくれたようだ。

 手にはたくさんの枝が抱えられていた。


 随分とたくさんあったけれど、そんなに動いて大丈夫なのだろうか。



「……あ、あの。けがは……」

「ああ、見ての通り何ともないさ」


 ぐるぐると腕を回しているところを見る限り、本当に大丈夫そうだ。

 ほっと胸をなでおろす。


「……よかった」

「礼を言うよ。聖女のおかげで助かった」

「い、いえ! こ、ちらこそ、助けていただき……あ、あの、えっと、ごめんなさい……その、いろいろと……」


 謝るべきことが多すぎて何から謝ったらいいのか。



 魔物がいるのに不用意に出てしまったこと?

 忠告ちゅうこくを無視したこと?

 それとも……セクハラをかましてしまったこと?


 特に、最後のやつについてはどう誤ればいいのかすら分からない。



 おとなしく「痴女ちじょでごめんなさい」?

 それとも「セクハラじゃないんです」と弁明べんめいするべき?


 本当に分からない。


「……それは言うな」


 先ほどのことを思い出して赤くなると、第二王子も気まずそうに目を反らした。


「すみません……」


 蚊の鳴く様な声が出た。

 この話題はもうやめよう。


(怪我の確認もできたし、話題を変えよう)


 何か話題はないかと辺りを見回すと、洞窟内にマントと上着を見つけた。

 そう言えば貸してもらっていたのにお礼も言っていない。


 慌てて取りに戻ってついていた土を払って渡す。



「……あ、ああのこれ……そのありがとう……ございました……!!」



 彼の気遣きづかいということはわかる。


 でもそのせいで今の殿下は、シャツ一枚という恰好かっこうになっている。

 凄く……寒そうだ。


 血もたくさん流した後なのだし、体を温めなくてはいけないだろう。

 けが人に無理をさせて申し訳なさが募る。


「ああそれか。別に構わない。地面に座ると痛いだろうから使っていてくれ」

「えっで、でも……」

「いいから」


 第二王子はがんとして受け取ろうとしなかった。


 断られるとは思っていなかったのでおろおろとしてしまう。


 というか、地面に座っているのは第二王子の方なのだが。

 王子を差し置いて自分だけ敷物の上に座るとか……。


(どんな女王様よ)


 とんでもなく横暴おうぼうではないか。

 気が引けるなんてものではないぞ。


「じゃ、じゃあ、せめて第二王子殿下もこちらにお座りください」

「ん」


 慌ててマントを地面に敷くと、第二王子はすぐ隣に腰を下ろした。

 触れ合った肩から少し冷えた第二王子の体温を感じる。


(あわわわ)


 先ほどのこともあるし、余計よけいに気まずい。


 大きめの墓穴ぼけつを掘ってしまったかもしれない。


 視線をさまよわせていると、空が暗くなっているのに気が付いた。

 先ほどまで赤い夕陽だったのに、今では黒に近くなっていた。


 一体どのくらい気絶していたのか。


「あの、どのくらい時間経ちました?」

「聖女が気絶してから30分といったところだろう。もうじき完全に陽が落ちる。こういう時はむやみに動かない方がいい」


 第二王子はせっせと拾ってきた枝を組み立てて、火を起こしていた。

 あっという間につけられた火は辺りをぼんやりと照らす。


 火の温かさにほっと息を吐いた。



 それにしても……。


 素人目しろうとめにもとても手際てぎわがいい。


 王子なのにキャンプの経験でもあるのだろうか。



「山を下りるにも、探索たんさくをするにも、明日にした方がいい。食料も少しだが見つけてきた。今は食っておけ」

「え、あ、ありがとうございます」


 ぐいっと目の前に差し出された奇妙きみょうな木の実を受け取る。


 見たこともない木の実だ。


 形は手のひら大のリンゴのようだが色は紫色。

 何というか毒リンゴを彷彿ほうふつとさせる。



 恐る恐る匂いを嗅いでみると、なんと、焼き芋のような甘い香りがした。


 秋の味覚を思い起こすような、食欲を刺激しげきする良い香りだ。


 匂い的には食べられそうな感じだが……。


「これって、なんです?」

「ヤモーンという果物だ。水分が多くて栄養も取れる。見た目は毒を持ってそうだが無いから安心していいぞ。近くに群生地ぐんせいちがあって助かったな」

「へえ……」


 第二王子は何の躊躇ちゅうちょもなくヤモーンにかぶりつく。

 じゅわりという音と共に透明な果汁があふれ出し、甘い香りがここまで届いた。


 その瞬間。


 ――グウウウゥ


「……」

「……」


 盛大にお腹が鳴ってしまった。


 慌てて押さえつけるもばっちり聞かれてしまったようだ。

 見上げた第二王子の口角こうかくがわずかに上がってしまっている。


「~~!! ち、違うんです! 食い意地いじがはっているとかそういうあれじゃなくてですね!?」


 ――グウゥウ


「もう! おだまりあそばせ!!」


 空腹を主張する腹を叱る。

 慌てすぎて変な言葉遣いになってしまった。



「っ! ふ、ははは!!」

「!! わ、笑わないでください!!」


 あんな思いをした後なのに!

 普通にお腹を空かせてしまう自分が恨めしい。


 でもその間もずっとお腹は鳴りやまなかった。


 だって、なんだかすごくお腹が減ってくるのだ。


「ううぅ~~!!」


 真っ赤になって弁明するも、それが余計に彼のツボに入ってしまったようだ。

 抑えようとしているのは分かるけれど、全然抑えられていない。


 無表情だと思っていたが、今は年相応としそうおうの男の子の顔をしていた。


 それが何だか新鮮で怒るに怒れない。


「っはは! すまない。ほら早く食べよう」

「うう……」


 浮きかけていた腰を落ち着ける。


 恥ずかしさとやるせなさで、しょげながらヤモーンをかじった。

 リンゴジュースのような、それでいて焼き芋のような。

 なんだか不思議な味だ。


 けれど優しい甘さ。


 ゴクン。


 乾いていた喉に果汁がしみわたっていく。



「おいしい……」

「……こうしてみると聖女も普通の少女なんだな」


 気が付くと第二王子にしげしげとみられていた。

 おいしさにゆるんだ顔を見られてしまったようだ。


 慌ててそっぽを向く。

 よりにもよってあんな顔を見られるなんてついていない。


 というか第二王子にはいろんな顔を見られすぎでは?


(もうやだ~~!!)


 心の中の赤ちゃんが泣きだした。

 もう赤ちゃん返りしそう。


「ああ、笑って悪かった。そんな端っこによるなって」


 マントのぎりぎりまで距離を取ると第二王子はまた笑った。


 というかあの緩んだ顔で普通認定されるって……。


「……殿下には私がどう見えていたんですか」


 そう聞いたものの、私の印象いんしょうなんてすでに普通とは程遠いものになっているだろう。



 一人パレードを開いたり。

 足を引っ張ったり。

 セクハラかましたり。

 食い意地張っているところをみせたり……。


 うん、見事にマイナス要素しかない。



「どうって、おかし……いや、へん……………………うん。まあ、そのなんだ。規格外な人だなって」


 しばらく考えた後、ひねり出すようにして答えられる。


 ものすごくいたたまれない。

 もういっそのこときっぱりと『変な奴』って言ってくれた方がダメージ少ないのだが。


「もういいです、それで」


 弁明のしようがない。

 私は少しいじけながらヤモーンにかじりついたのだった。



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