第17話 崖下の攻防



「うっ……」


 目を覚ますと赤い光が見えた。


 一瞬、自分の血かと思った。

 けれど、どこかでカラスが鳴いていたから、たぶん夕暮れの光だろう。


 まだぼんやりとする頭で辺りを見る。


 薄暗い周囲は、岩肌に覆われている。

 反対側を見ると、光が入ってくる入口が一か所、ぽっかりと口をあけていた。


 自分が寝ていたのは、恐らく洞窟どうくつのような場所なのだろう。



 崖から落ちて、なんでこんな場所に?



 そう言えば、一緒に落ちたはずの第二王子の姿もない。


「……ということは、第二王子が安全な場所に運んでくれた?」


 体を起こすと掛けられていた服がはらりと落ちた。


「……これって」


 見覚えがある。

 確か第二王子が着ていたものだったはずだ。


 体の下には同じく、見覚えのあるマントが敷かれていた。


 間違いなく、第二王子がここへと連れてきてくれたようだ。

 恐らく、落下地点よりも安全と思ったのだろう。


(たしかに、まだ土砂が降ってきてもおかしくないもんね)


 そのまま放置されていたら、今頃生き埋めにされていたかもしれない。

 二人で落ちてよかった。


 いや、よくないが。


「というか王子はどこなんだろう?」


 不思議ふしぎに思って赤い光が差し込む入口の方へ向かった。



「……?」


 と、近くからカキン、カキンと金属音が聞こえてきた。

 何かを打ち付けるような音だった。


「なんだろう」


 洞窟から様子を伺うように顔だけを出す。


「っ!!?」



 瞬間。


 鼻を刺す刺激臭しげきしゅう


 くちびるが震えるほどの怒気どき


 地を這うようなうなり声――。



 そこにはこの世界に来た時に見たような、赤黒いドロドロとした怪物かいぶつ――魔物がいた。


 魔物からは瘴気しょうきがとめどなくあふれ出していて、ぞわぞわと肌が粟立つ。



 心臓は痛いくらいに脈打ち、明確な恐怖を覚えた。


 隠れたいのに、足は地面にくっついてしまったかのように動かない。


(……な、なんで……魔物が? 瘴気は浄化したはず……)


 気が付くと体が金色の光を放ち始めていた。


 魔物の出す瘴気に反応したのだろう。

 瞬く間に輝きを増していく。


 慌てて体を抱き込むけれど光を隠しきれない。

 魔物の目がこちらを向いたのが分かった。



 ――目が、あった。



「ガルルルルル!!」


 そう分かった瞬間。

 魔物は大きなクマほどもある巨躯きょくとは思えない速さで走り出した。


 ――逃げなくては



 今の力だけでは、魔物を浄化できないだろう。


 なにしろ、浄化するまでに時間がかかるわけだし。

 そもそもこの光が魔物にも効くのか、分からない。


 もしも浄化できたとしても、あの牙が私に届く方が先だろう。



 頭では分かっているのに体は動いてくれない。


 ようやく一歩後ずさった時にはもう、直ぐ近くに魔物の鋭い牙が……。



「っ!!」




 ――ガキン!!


 大きな金属音が聞こえた。




 来ない痛みに恐る恐る目を開ける。

 その目には、緋色ひいろの髪と広い背中が映った。



「だ、第二王子!?」


 彼は洞窟にたどり着く手前で魔物の牙を受け止めていた。


「下がっていろ!」


「! は、はい!」


 切羽せっぱ詰まった声で正気に戻る。

 慌てて入口から離れる。



 彼はそのまま、魔物の攻撃をいなし斬り込んでいった。

 流れる様に大剣を振り回す。

 2撃、3撃と続けざまに切りつけた。


「す、すごい」


 あの大きな魔物と互角ごかく、いや、それ以上に戦っている。


 魔物も負けじと突進してくる。

 が、ひらりひらりとかわしつつ攻撃を入れていく第二王子を捉えられていない。



 そして――ひと際大きく振りかぶった剣が魔物の胴体を貫いた。


 ぐらりと揺れた巨躯が倒れこむ振動が奥まで伝わってくる。


 戦いが終わったのだ。



「……はっ」


 無意識むいしきに止めていた息を吐きだす。


 力が一気に抜けてしまって、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 今更ながらに震えがやって来る。


 光が収まって来た体を抱き込む。

 歯が、がちりとなっていた。



(大丈夫、落ち着いて)


 もう、あの化け物はいないのだから。


 腕をさすると少しだけ冷静さを取り戻せた。



 それにしても……。

 魔物と視線が合ったときに流れ込んできた、あの感情。


(激しい、怒り……)


 あれが、魔物の感情なのだろうか。

 分からない。


 けれど……。

 そうなのだとしたら、きっと魔物は悲しい存在だ。


 私は、あんなものと戦うことになるのだろうか。

 そんなこと……。



(……いけない。今はそれよりも第二王子にお礼を言いにいかなきゃ)


 ごちゃごちゃと絡まる考えを切り上げ、私は彼の元へと急いだ。


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