第16話 神様さあ……



「せ、聖女様!!」

「教皇様、危険です!!」


 神殿の騎士たちに引きずられるようにして離れた先。

 私は2人が落ちていった崖の下を見ていた。


 今し方起こったことに理解が追い付かない。



 急に第二王子の体が傾いた。


 そして、それを追うように聖女様までも空中へと投げ出された。


 目線を崖下に戻すと深い木々が生い茂っている。

 上から彼女の無事を確認することなど、不可能だ。


(それに、この高さでは……)



 先ほどいた場所を見れば、道がくずれている。



 ――がけ崩れ


 それがこのタイミングで起った。


 恐らくは、降り続いていた雨で地盤じばんゆるんでいたのだろう。



「っ! すぐに聖女様の救出を!」

「で、ですが、道が崩れてしまって山を降りることができません!」


「道がなければ他の道を探すだけです! とにかく下りられそうな場所を探しなさい!!」

「は、はい!!」


 騎士たちに命令を出しながらキッと前をにらむ。



 先行していたはずの王兵たちは、既にその場からいなくなっていた。

 王へ伝令に行ったか、はたまたがけ崩れに驚いて散ったか。


 どちらにしても彼らをあてにすることはできない。


 それに……


(また?)


 帰る時間に、

 通りかかった道が崩れ、

 聖女様がいた?


(ありえない)


 そんなが重なるわけがない。

 初めからと考えてしまうのは無理ないだろう。


 じっと崩れた道を見る。


 抉られたそこからは、パラパラと今も小石が落ちていく。



 私はそれを脳裏のうりに焼き付けたあと来た道を引き返す。


 シニフォスへと向かう下山ルートが閉じてしまった。

 ならば、キンディナス方面から降りるだけだ。


 焦る気持ちを押し込めて迂回路うかいろへと急いだ。



 ◇



「あああああああ!! 絶叫系ぜっきょうけいムリなんですけどおおおお!!」



 ガバリと体を起こした。



 ジェットコースター系の絶叫マシンもムリ。

 フリーフォール系の絶叫系もムリ。


 そんな人に『命綱なしのバンジージャンプ』は敷居しきいが高すぎると思うのですが!


「って、あ、あれ?」


 辺りを見回すと、明らかに森ではない場所にいた。

 なんだか見覚えのある白い空間だ。


 ちょうど、雷にに打たれて転生するときにいたような……。


 ……。


「…………あれ。もしかしてまた死にました? あのまま転落死、ってコト!?」


 思わず小さいキャラクターのようになってしまった。


 嫌な予感に冷や汗が出る。

 なんて早いスパンで死んでいるのだ自分。


「うそでしょ!? 転生して1週間も経っていないのに!!」

『心配しなくてもまだ生きているよ~』

「うぎゃああおおおお!!」


 後ろから声をかけられて飛び上がる。


 慌てて振り返ると、見覚えのある金髪の男がいた。

 神様だ。


「び、あ、え!? か、神様」

『うん神様だよ』


「び、びっくりした!! びっくりした!! 驚かさないでくださいよ!!」

『あははごめんよ~』


「軽い!! 相変わらず!!」


 驚きが強すぎて、つい喧嘩腰けんかごしになる。


 人の生き死にに関わる話なのだから、そんなノリで謝ることではなくないか。

 それとも、神様基準だとそんなノリで言えるよなことなのだろうか。


『大丈夫大丈夫~。エメシアは生きているよ~』

「……って、い、生きてる? 私まだ生きているの?」

『うん。第二王子を助けようとして、一緒に崖から落ちちゃうなんてね。結構オテンバなんだねぇ~』


 相も変わらずのほほんと言ってのける神様。

 なんだか毒気どくけが抜かれていく。


 まあ、神様が生きている言うのなら生きているのだろう。

 となると。


「え。じゃ、じゃあ気絶きぜつしてるってこと……?」

『うん』

「マジかぁ……」


 生きている。

 少なくとも今はまだ。



 ……でも起きたら?


(どうなるかなんて考えたくないな~)


 寝起きすぐにダイブトゥ地面とか。

 地面へ熱烈ねつれつなキスとか。


 嫌すぎじゃない?


 それだったらいっそ起きたくない。


 うなりながら頭を抱える。


『それよりさ』


 そんな私をよそに、神様はニコニコと話しかけてきた。


「そ、それより?」


 私は思わず二度見してしまった。


 それよりって……あんた。


 神様はそんなことお構いなしに口を開く。


『ようやく君との回線を繋げられたよ! 自由に力を使えるようにしといたからね~』

「え?」

『目が覚めたら使ってみてね!』


 神様は軽いノリでそう言ってきた。


 もう、この神様はそう言うノリなんだ。

 そう思うことにした。


 だから、それはいい。

 いいのだけど……。


「……目が覚めたらって、私落ちてるんですけどぉ!?」


 見ていなかったのか。

 崖から落ちているんだぞ。


 起きたらも何も。

 起きたらすぐにさよならバイバイだ。


 そこんとこ分かっているのか、この神様。


『あはは大丈夫~。神様パワーで地面につく前に一瞬だけ浮かせておいたから』

「か、神様パワー??」


『うん。ほら、僕ずっと浮いているでしょう? その力を使って一瞬だけサポートしたんだ』

「へぇ……」


 ふわふわな説明のせいで神様パワーがどういうものかなんてわからない。


 けれど、とりあえず無事なのだったらよかった。


 ……。

 ……いやよく考えたら全然よくないわ。


「というかそんなことできるんだったら、神様が自分でこの世界を救ってくれればいいじゃないですか!!」


 わざわざ私にやらせなくても余裕よゆうだろうに。

 そんな面倒めんどうくさいことする意味が分からない。


『え~っとね~、ちょっと訳ありで。直接手を出すことはできないんだよねぇ。だからね、僕の代わりにやってくれる子がいないと……。まあ端的に言って、滅亡めつぼうまで秒読みって感じ~?』


「お、おう」


 そんなギャルい言い方されても……。


『ま、そう言うことだから。うまいこと力を使って頑張ってね~』


 まるで「ちょっと近所のスーパーいってきて」的なノリだ。

 でもとんでもないことを言っているっていうのは分かった。


「……って、まって。やっぱりやってもらいたいことって……」

『うん。救国だよ!』

「……」


 聞き間違いという線は無慈悲むじひにも絶たれてしまった。

 言葉を失ってしまう。


 つまり


 神様のうっかりで雷に打たれて。

 しかもちょうど空いていた聖女の体に入れられて。

 ついでにちょうど危機的状況におちいっているこの世界を救う役目を与えられた。


 と、そう言うことだろうか。


 それって……。


「なんてRPG……?」

『ゲームじゃないよ~。現実だよ~』

「追い打ちかけてくるの、やめてもろて……」


 打ちひしがれているというのに、神様のマジレスを受けてオーバーキル。


 あまりにも自分がかわいそうだ。



『もちろん、やってもらいことを終えたら願い事を叶えてあげるよ?』



 神様はバチーンと器用きようにウインクをしてくる。

 なんとなくぞくっぽい神様だ。


「……願い事って言われても……」


 正直「やりたくない」が一番の願いだ。


『えー? 欲がないなぁ。あ、じゃあこういうのはどう?』


 そっと耳打ちされる言葉に思わず目を見開く。


『おっ! ちょっとはヤル気になったかな? じゃあそう言うことで頑張ってね!』



 その言葉を合図あいずに、私の意識は浮上ふじょうしていく。


 前にも似た感覚を味わっていた私は、それが現実のあの世界へ向かうときのそれだと気が付いた。


 今を逃せば神様と話す機会など、次いつ来るか分からない。



 聞きたいことがいろいろあるのだ。

 この機会を逃してはいけない。


「ま、まって! ちょっとまって! もうちょっと話を……」

『はいドーン!!』



 ――いやだから。

 ドーンじゃないんだわ。


「ほんとこの神様人の話聞いてくれないな!?」


 その声を聴きながら、私の意識は再び暗転あんてんしたのだった。




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