4-5.カシューおじ様はお怒りです
完璧だ!
毎夜の体幹トレーニング効果は抜群で、あたしはふらつくことなく、背筋を伸ばしたまま優雅な挨拶を行うことに成功した。
足もプルプルしない!
ライース兄様だけでなく、カシューおじ様の顔にも柔らかい笑みが浮かんだ。
ふふふ。驚きましたか?
あたしはやるときは、ちゃんとやり遂げるオンナなのですよ!
前世でも謝罪のお辞儀が綺麗だと、先輩から褒めてもらいましたからね!
「はじめまして。フレーシア様。私はカシューネ・アドルミデーラです。フレーシア様のお父上の異母弟、フレーシア様の叔父にあたります」
完璧な貴族式の挨拶には、完璧な貴族式の挨拶が返ってきた。
六歳児に対しても、礼儀正しい大人な対応。いや、大人だけど。イケオジ予備軍だけど。
幹本慎二の気怠げボイスが……。
ううう……カッコよすぎて涙がでそうだ。
どうして、録画機能がないのだろう。
「フレーシア様はここでの暮らしは慣れましたか? 不自由はございませんか?」
「はい。みながやさしくしてくれますので、ダイジョウブです。ライース兄様がいろいろときをつかってくださるので、フジユウはありません」
できれば、ライース兄様にはもう少し手を抜いて、あたしを野放しにしてほしいのだが……。
今だってホラ、あたしの肩に手を置いてきているし。
「それはよかったです。カッシミーヤ国産の布で作ったドレスを引き裂いたと聞いたときは、気を失いそうになりましたが。ここでの生活は、満足していただけているのでしょうか?」
「は、は、はいっ。マンゾクです。ドレスをメジルシにしたのは、ホントウにもうしわけありませんでした」
これはまずい。カシューおじ様のこめかみに青筋が立ってる!
ご立腹のご様子だ。
あたしは慌てて頭を下げた。
夜の闇でキラキラと輝くカッシミーヤ国産の布は、街道からそれたバーニラーヌの群生地に向かうわかりやすい目印として大活躍した。
一足先に戻ったカルティが短時間で屋敷に到着できたのも、濡れた服が乾かず立ち往生していたあたしたちの元に迎えが迷わず到着できたのも、カッシミーヤ国産の布目印があればこそだった。
とはいえ、かなり高価で贅沢な目印であったことは認めよう。
アドルミデーラ家の金庫番、財布の管理者としては、あたしのやらかしは、ぶちギレ案件だったようである。
「急ぎ手配しておりますので、ドレスが届くまでしばらくお待ちください。今度は、決して引き裂かないでくださいね」
「ドレスならいっぱいありますよ?」
「アドルミデーラ本家の令嬢のお披露目ドレスです。普通のドレスでよいはずがないでしょう?」
言葉は優しい。
でも、目が全く笑ってない。
というか、全身からほとばしっているのは本気の殺気だ。
「まだ幼いフレーシア様はご存じないのでしょうが、入手困難なカッシミーヤ国産の布を使用したドレスが、どれほど入手困難なものなのか。入手困難なものを手に入れるためには、通常ではありえない方法をとらなければならないのですよ。余計な手間と無駄に金がかかる入手困難なドレスを、着ることもなくあっさり破るなど……入手困難なのに……」
ごめんなさい。
カッシミーヤ国産のドレスがどれだけ貴重で入手困難なのかはよくわかりました。
あたしだって、ライース兄様の限定ウィンクタペストリーを入手するために苦労したから、その気持ちは少しだけわかります。
ライースガチャのキャラには親密度や仲間密度の概念はないが、あきらかにあたしとの親密度はゼロ、いや、下手したらマイナスではなかろうか。
穴があったらそこに隠れたいというか、ライース兄様の背後に避難したい。
「カシュー叔父上、レーシアもこのように反省しておりますので、もうその辺りで許してやってください。今回の件は、レーシアなりにお祖母様を助けたい一心で行ったことですので……」
「わかっている。だからこそ、この程度の注意で済まされたのだ。フレーシア様は、アドルミデーラ本家の令嬢として、以後、気を引き締めていただきたい」
「わかりました」
なにをどう引き締めたらいいのかわからないけど、とりあえず、筋力トレーニングをさらに入念にして、ぽっこり幼児体型をさっさと卒業しよう。
まじゅいおくちゅりの口直しで、いつも甘いスイーツを食べている。
確かに今から注意してボディを引き締めておかないと、大きくなったら大変なことになりそうだ。
小太り令嬢とか言われたら最悪だ。
さすが、アルティメットは言うことが違う!
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