3-23.王子様が摘んだ花は

「コラ、レーシア! 先生の邪魔をするんじゃない!」


 慌てるライース兄様をデイラル先生は「よいのですよ」と優しい声で制止する。


「フレーシアお嬢様、わたくしがこの絵本を読めばよろしいのですかな?」

「はい! いますぐにです! お祖母様のごびょうきとそっくりなおはなしです!」

「ほう……。それは……」


 あたしから絵本を受け取ると、デイラル先生はゆっくりとページをめくっていく。


 最後まで読み終わると、デイラル先生は、とあるページを開いたまま、あたしに絵本を返してくれた。


 そのページは、王子様が青い花を摘んでいるシーンだ。


 デイラル先生は「よいしょ」という掛け声とともに、膝を折り、あたしの目線にしゃがみこむ。

 そして、王子様が持っている花を指さした。


「フレーシアお嬢様、驚きました。この物語りにあるお姫様の状態と、氷結晶病の症状はとても似通っていますね」

「ですよね! ですよね!」

「絵本がですか?」


 ライース兄様が絵本を覗き込む。


「デイラル先生! この青いお花の名前はなんというのでしょうか? このお花が、お祖母様のごびょうきをなおす、とっておきのおくちゅりになるとおもいます!」

「……………………」


 デイラル先生は腕を組んで沈黙する。


「フレーシアお嬢様、残念ですが、これは絵本であって、薬学事典ではございません」

「どういうことですか?」

「この絵では、どのような薬草なのか、判別できません」

「うそです!」


 いやいや、ゲームではお医者様がばしっと、宣言してましたよ?

 もしかして、ゲームの医者はデイラル先生そっくりさんの、別の医者だったの?


 ショックのあまりその場にへなへなと座り込むあたしを、デイラル先生は不安げな眼差しで見つめる。


「まあ、この花の絵の特徴からすると、おそらく、絵本に登場している花は『バーニラーヌ』の花かと思われます」

「バーニラーヌ!」


 そうだ!

 そうだった!

 バなんとかっていう花は『バーニラーヌ』っていうんだった。


 このイベントをプレイしてたとき、ものすごくバニラアイスを食べたくなったのを思い出した!


「バーニラーヌのお花がお祖母様のごびょうきをなおすのですね!」


 あたしの嬉しそうな言葉に、デイラル先生とライース兄様は微妙な顔をする。

 なんだろう。

 ちょっと、嫌な雰囲気だ。


「フレーシアお嬢様、『バーニラーヌ』の花の色は、白でございます。このような、絵本のような青ではございません。ですので、この青い花は、別の花かもしれません」

「え…………」


 そんなことはない。

 間違いなく、氷結晶病を治す花は青い『バーニラーヌ』の花びらのしぼり汁だった。

 そういう描写があった。

 ヒロインが『バーニラーヌ』の花を摘み取ったときの静止画もあったけど、あれは、確かに青い花だった。


 どういうことだろう……。


「変異種なのかもしれない。絵本のお話だからな」


 静かになってしまったあたしにライース兄様の手があたしの背中をなでる。


「ライース坊ちゃまのおっしゃるとおり絵本のことではありますが、なにもしないよりは、色々と試した方がよいかとは思います」

「そうだな。デイラル先生のおっしゃるとおりだ。ちょうど、今は『バーニラーヌ』の花が開花する時期だ。急ぎ、取り寄せよう」


(え…………? どういうこと?)


 決着がついた、と判断され、大人たちはお祖母様の部屋へと入っていく。

 その中にはデイラル先生もいた。


「さあ、レーシアはお部屋に戻りなさい」


 あたしはライース兄様に促され、お祖母様の部屋を離れた。


(どういうこと? どういうこと?)


 ちょっとの違いはあったけど、ほとんどが本編通りのやりとりだった。


 なのに、なのに、最後の最後で…………。


(ライース兄様のセリフが違うって、どいういうことなのぉっ!)

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