2-26.重要人物

 あたしは苦労しながら、なんとか紙を綴じ終えると、仕上がり具合を確認する。


 書き込みを始めてまだ数日なので、タイトルだけで空白のページの方が多い。


(スマホとかPCがあればな……)


 ヘビーユーザーが立ち上げている攻略サイトにアクセスしたら、こんな問題などすぐに解決できるのだが……。


 と、心のなかでぼやいてしまう。


(あれは便利だった……)


 とくに、豆吉さんのサイトは、時系列とか、分岐点とかが俯瞰的にまとめられていて、イベント攻略要点もわかりやすく、全ページプリントアウトしたいくらいだ。


 いや、実際に、前世では残業でひとりオフィスに残っていたときに、こっそり会社のプリンターを使って、プリントアウトした……記憶がある。


 あのごっつい紙束があれば、この攻略も随分楽になるのに……。


 目を閉じると、画面がそのままスクリーンショットのように蘇る……ような便利機能はなく、自分の蘇った記憶と、分析力が頼りというしょぼい現実に、すこしがっかりしてしまう。


 最初の方のページに戻りながら、第一部完結記念として限定公開されたシークレットエピソード『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』と『カルティ・アザ 晩夏の別離編』を見比べる。


 この両方のページには文字がびっしりと書き込まれている。


 直近のイベントだから、慌てて仕上げたのだ。


 とりあえず、現時点でのあたしが知っている情報はすべて書きつくした。


 ノートを見つめるあたしの口から溜め息が漏れた。


 次の死亡イベントが目前に迫っているのだ。

 目前どころか、カウントダウンがはじまっていてもおかしくない……はずだ。


 というか、カウントダウンが始まらない?


 ということは……回避できたのかな?


 回避できたと判断したいところなのだが、なんだか、胸のあたりがつっかえたような、モヤモヤした気持ちがずっとまとわりついている。


 根拠は全くないのだが、この『嫌な予感』は大事にした方がいいだろう。

 そんな『予感』がする。


 池に落ちて目覚めた後、『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』の死亡イベントを回避できた……と、あたしは心底喜んだ。


 ……のだが、喜ぶのはまだ早かった。


 そのイベントで死ぬのは、あたしだけではなかったからだ!


 もうひとり、ライースとカルティにとって身近で、アドルミデーラ家にとって重要人物がこの年の夏に死ぬ。


 あたしの後を追うようにして死ぬ。


 時系列からすると、ほぼ同時、よくて、一週間以内ではないだろうか?


 もしかしたら、あたしが死んだことで、なにかしらのショックを受けられたのかもしれない。心労からかもしれない。


 死因はわからない。


 でも、キャラの運命を左右させる重要人物だ。


 スチル部分はめでたく終了したが、イベントはまだ終了していない……という驚愕の事実。


 なんと! エピローグで表示された数行のテキスト部分が、まだ残っているのだ!


 その場面を描写した映像がなく、背景ぼかしの画像の上に、テキストウィンドウが表示されて、無音文字で簡単に済まされたから、うっかり見過ごすところだった。


 もう、これは悪意ある『罠』レベルだ。


 それに気づいたときは、みんなの前で思わず声をあげてしまったが……そういう『うっかり』はこれから気をつけないといけない。


 大丈夫。大丈夫。


 あたしは環境適応能力はめっちゃ高い……とみんなから言われていた記憶がある。


 しっかりこの世界に馴染んで、しぶとく第二の人生を楽しんでやるんだ!


 『カルティ・アザ 晩夏の別離編』のページを見る。


 事前投票で五位だったカルティ・アザの過去編だ。

 運営もまさか、敵キャラが五位以内にランクインするなど考えていなかっただろうし、第五位だったこともあり、一位のライースに比べて短めの手抜き内容になっている。


 力の入れ具合があきらかに違っており、無課金ユーザー用に用意したエピソードだろうと予測される。


 『カルティ・アザ 晩夏の別離編』は、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の二番目の娘――あたし――が、池で溺れ死んだことが原因で発生するイベントだ。


 ライースはでてこないが、『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』の続編、後日譚のような内容だ。



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――物語の小物――

『手作りノート』

https://kakuyomu.jp/users/morikurenorikure/news/16818023212576748143


お読みいただきありがとうございます。

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