2-4.デイラル先生の劇薬

 お祖母様の教育的指導は厳しいけど、あたしの将来のことを思ってのことだ。


 カルティはそんなお祖母様の優しさに気づいているんだろうな……。


 厳しいだけではない、お祖母様の偉大さと懐の深さを、前世を思い出したあたしは改めて実感したのであった。


 ぼんやりそんなことを考えていると、ゴホン、ゴホンという、ライース兄様のわざとらしい咳払いが、あたしの思考を中断させる。


「…………?」


 すごくきれいな笑顔を浮かべたライース兄様があたしを見下ろしていた。


「ライース兄様?」


 不機嫌になればなるほど、ライース兄様の笑顔はきれいになる。

 ライース兄様のすらっとした人指し指がぴたりと止まって、一点を指し示した。


「…………?」


 あたしはその意味がわからず、コテリと首を傾けてみせる。


「飲もうか?」

「なに?」

「飲みなさい……」


 ライース兄様の人差し指が、ベッドトレイにぽつんと取り残されたコップを指さしている。

 あえて意識の外へと追いやっていたモノだ。


 コップの中では……この世のものとは思えない激マズな煎じ薬が、これまたこの世のものとは思えないほどの異臭を放っている。シュールストレミングやドリアンといい勝負だ。

 デイラル先生が調合した劇薬。


 コップを見たとたん、勝手にブルブルとあたしの身体が震えだす。


「……ノマナイトダメデスカ? オニーサマ?」


 うるっとした目で見上げてみる。


 マジ、本当に、勘弁して欲しい。


 ドロドロご飯の「あ――ん」攻撃だけでも、あたしのライフはゴリゴリと削られているのに、この薬を飲んだらマジで、昇天してしまいそうだ。


 これを飲むくらいなら、バリウムを飲んだ方がマシだと、あたしは心のなかで叫ぶ。


 あたしのうるっとした目に、一瞬だけ、ライース兄様が狼狽えたような表情を見せた。


 いける!

 もうひとおし!


 ここは『かわいい妹のお願い』で、逃げ切る!


 と、思ったのだが、甘かった。

 イース兄様は「負けるもんか」とでもいいたげに、ぐっと唇を噛み締めて、あたしを睨み返してくる。


「飲みなさい」


 ライース兄様の笑顔がさらに深まり……きれいになる。


 忘年会で上司からの酌を断るよりも、難しい局面に立たされているような気がする。


 か、カルティは……ワゴンを残したまま、あたしの視界からきれいさっぱり消えている。


 カルティってば、忍者ですかっ!


「…………」

「…………」


 ライース兄様の笑顔が怖い。

 ライース兄様の沈黙が怖い。


 前世では、あたしから金をガバガバ巻き上げた二次元イケメンだ。

 彼と出会ってから、あたしはクレカを使った自動チャージ機能を停止したくらいだ。


 それが三次元になって降臨し、威力がマシマシになっているのだ。


 ……逆らえるはずがない。



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る