もんすたぁハンター

玄門 直磨

もんすたぁハンター

 引っ越しのために押し入れを整理していると、とても懐かしい物が出て来た。15年前、すごくやり込んだゲーム【モンスターハンター2ndG】とその本体【プレイステーションポータブル】だ。


「うわっ、懐かしいなぁ。高校生の頃友達と一緒にクエスト回してたっけ」

 その真っ赤に輝くボディと、ソフトを見ただけで当時の記憶が蘇って来る。


「これ、まだ動くかなぁ」

 15年間全く通電をしていなかったので、果たして動くのかどうか分からない。特にリチウムイオンバッテリーが心配だった。


「ちょっと充電して試してみようかな」

 仮に動いたとしてもどうせ捨ててしまうのだから、最後にちょっとだけ起動してみようと思い立つ。


 ACアダプターをコンセントに差し込み、ジャックを本体に接続する。

「おっ、充電されてる」

 何と無事、本体右端の充電ランプがオレンジ色に点灯した。

「あとはちゃんと動くかどうかだなぁ。しばらく充電してみよっと」




 しばらく経ってから、ソフトを本体に入れ電源をオンにすると、ディスクを読み込む音が聞こえ、問題なくゲームが起動した。

「すごいすごい。ちゃんと動くじゃん」

 長い時間ほったらかしにしていたのに、ちゃんと動いたことに少し感動する。


「色んな人とオンラインでやったなぁ。あぁ~、誰だっけあの人、名前忘れちゃった。何だったけなぁ」

 プレイしていた当時は、基本学校の友達とパーティーを組んで遊ぶことが多かったけど、勿論1人でオンラインプレイをすることも有った。


 そんな時、一緒にプレイしていた人が何人かいて、特に印象的な人が1人いたのだけれど、すっかり名前を忘れてしまった。


「まぁ、流石に15年も経ってるんだから、そりゃ忘れちゃうよね。そもそも、今どきオンラインでやっている人自体いるのかな?」

 モンスターハンターは今でも人気のタイトルで、2ndG以降も常に最新ハードで作品が出続けている。歴代のプレイヤーも、基本それに合わせて新しいシリーズをプレイしたり、システムが変わって引退してしまった人がほとんどだろうと思う。


 かくいう自分も、勉強や私生活が忙しくなってしまったという事もあり、2ndG以降ほとんどやっていない。




 とても懐かしいオープニングを見終わると、ゲームメニューからコンテニューを選択する。

 そして、二つ目のセーブデータを選択してゲームを開始した。


「あぁ~、懐かし過ぎる~」

 とても聞きなれた村のBGMで、様々なモノが蘇って来る。楽しかった気持ちや、嬉しかった事。それにつらかった事や嫌だったことも。


 一通り村を散策した後、自室に行って装備やアイテムなどを確認する。装備品マイセットもとても懐かしい物ばかりだ。


「この時は片手剣をよく使ってたっけ」

 当時はサポートに回ることが多く、手数の多い片手剣でモンスターに状態異常を付与する役に徹していた。

 とりあえず当時の自分の中での最強装備を身に付けると、集会所へ向かった。

 そして、そこである事を思い出した。


「あっ、PSPだけじゃオンライン出来なかったわ」

 押し入れから更にプレイステーション3も引っ張り出し、電源をつなぐ。こちらも問題なく起動し、インターネットの接続も問題なく行えた。そして肝心のアドホックパーティーも、まだサービスを継続しているようだ。




 もろもろの準備が整い、オンライン集会場にアクセスする。

 けど、自分以外のハンターは0人だった。


「やっぱそりゃいないよなぁ」

 集会場の懐かしい景色にノスタルジーを感じ、何かクエストをやりたくなった。


「すんごい久しぶりだから、簡単なやつにしよう」

 とりあえず選択したのは、下位クエストの【強敵、ドスギアノス現る!】だ。


 もう少し難易度の高いクエストに挑んでも良かったけど、サクッと終わらせたかったので、初歩的なクエストをチョイスした。




 久々にプレイしてみても、最初こそ戸惑いはあったものの、すぐに勘を取り戻すことが出来た。案外、体で覚えているらしい。

 そんな調子なので、ドスギアノスも全く苦労せず討伐する事が出来た。


「あぁ~、やっぱ楽しいなぁ」

 友達とワイワイやるのも楽しいけど、1人黙々とプレイしても楽しい。

 そんな満足感に浸っていると、なんと1人のハンターが集会場にやって来た。


「えっ? 噓でしょ?」

 まさか、令和になったこの時代に、新作がいくつも出ている状況でいまだにハンターがいる事に驚きだった。


「いや、たまたま今日アクセスしただけかも知れないじゃん」

 そう、自分と同じようにたまたま起動した可能性もある。

 入って来たプレイヤーがゆっくりとこちらに近づき、ゲーム内アクションでお辞儀をしてきたので、お辞儀を返す。そして、送られてきたギルドカードを見て驚愕した。


 なんと、全てのモンスターの最小・最大金冠を討伐しているだけでなく、その討伐数は9999体、全武器の使用回数も9999回を記録していた。

 クエスト履歴を見ても、つい先ほどまでプレイしていたようだ。ラオシャンロンを討伐した様で、その数は9998体。


 その記録をみて、すごいというよりもはや呆然としてしまった。

 そして、そのプレイヤーはカウンターでクエストを選択すると、こちらに向かって手を振った。


「え? 一緒に行こうってこと?」

 張り出されたクエストを確認してみると、ラオシャンロン討伐クエストだった。

 今回のこれをクリアすると、討伐数は9999体となる。果たして、そんな大事な記録更新の瞬間について行っても良いのだろうか。


「まぁ、もう最後だし別にいいか」

 どうせ引っ越す時に捨ててしまう予定だし、2度とこの人に会うことは無いだろうから。




 久しぶりの古龍戦は少し手こずってしまった。2回自分がキャンプ送りになり、危うくクエストを失敗するところだった。けど、歴戦のプレイヤーのお陰で無事クリアすることが出来た。


 「やっぱ、片手剣じゃラオシャンロンはつらいなー」

 片手剣は機動力が高い代わりに、リーチがとても短く火力もそれほど高くない。なので、ラオシャンロンとの相性はあまり良くなく、どちらかと言うと玄人向けの武器になる。


 それでも相性がいいからと言って、使いにくい武器や好きじゃない武器を使うより、1番好きな武器を使うのが自分なりのポリシーだ。


「まぁでも、それなりに楽しめたかな」

 集会所に戻ると、今回一緒にプレイした相手にお辞儀をして退室した。

 プレイステーションポータブルの電源を落とすと、そのまま燃えないゴミの袋へ入れた。


 そして、プレイステーション3の電源も落とそうとしたとき、一通のメッセージが届いた。


『約束、覚えてるよね?』


 私はその文字を見た途端、背筋が凍った。

 それは、さっき一緒にプレイをした相手を、完全に思い出したからだった。


 当時、1人でオンラインでプレイしていた時は、効率よくパーティーを募るため交流サイトを利用していた。利用者のほとんどはマナーも良く目立ったトラブルは無かったけど、中には迷惑なプレイヤーも一部存在した。


 相手はその迷惑プレイヤーの1人で、いわゆる出会い厨だった。

 最初こそ問題なく、かつフレンドリーに接してくるけど、プレイヤーが女性だとわかると、執拗に会おうと誘ってくる。


 それは、例外なく私に対しても同じだった。

 始めは軽くあしらったり、受け流していたけど、ある時いい加減頭に来てこう言ってしまった。


『全ての武器の使用回数とモンスターの討伐数を最大にしたら会ってあげる。もちろんボスモンスターの最小と最大金冠は必須で』


 その発言以降、相手はしつこく絡んでくることは無かったし、私自身もキャラクターを作り直してプレイしていたから、一緒のクエストに行く事も無かった。


 勿論本気で言ったつもりは無く、これで諦めてくれたら良いなと思っただけだった。なので、今のいままですっかり忘れていた。


「でも、15年間だよ? 本当にその人なのかな?」

 ゲーム内のプレイヤー名を覚えていないため他人の可能性もある。けど、普通の人があそこまでプレイし続けるのだろうか。


「ま、まぁ、無視しても大丈夫だよね」

 そう、相手はこちらの素性など分からないだろうから。けどもし、今受けているストーカー被害がその人の仕業だったら。

 そう思うと、更に背筋が凍る思いだ。




 翌朝、何とか気分を切り替えて最後の仕事に出かけた。


 今の職場は、人間関係に特に問題は無いけど、ストーカー被害に遭い住所がバレてしまっている事と、モンスタークレーマーに疲れてしまったので、引っ越しと共に退職することにした。そのため、新しい住所はまだ誰にも教えていない。


 職場であるケータイショップに出勤し、朝礼で軽く退職の挨拶を済ませ業務につくと、早速見慣れた顔の客がやって来た。


 満行司まんぎょうじ 貞夫さだお


 見るだけで気分がとても落ち込む顔。もう二度と見たくも無い顔。そんな相手ではあるけれど、今日で最後だと思うと少しだけ気持ちが軽くなった。


 私の存在を確認すると、満行司は下卑た笑いを浮かべた。

(あぁ、今日もロックオンされたか)と心の中でため息をつく。


 この客(もはや客とすら呼ばなくていいと思っている相手)は、理不尽なクレームをつけ、女性店員を困らせるのが趣味らしい。


 私だけではなく、このお店の全女性従業員が被害に遭っている。被害と言っても、直接的に危害を加えてくることは無いので、警察を呼ぶことも出来ない。


 そして、最近のお気に入りはどうやら私の様だった。

 最後くらいは嫌な思いをせずに仕事を終えたかったな、と思っていると、一直線に私の方へ向かってくる満行司の前に、店長がスッと割って入って来た。


「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご用件で?」

「おぅ、ちょっと後ろのお嬢さんに用が有ってな」

「私が変わりにお伺いいたしますが、どういった内容かお聞きしてもよろしいでしょうか」

「あんたにゃ用は無いんだ。そこのお嬢さんと話をさせてくれ。鈴木さんじゃないと分からない事だから」

「大変申し訳ございませんが、鈴木じゃないと分からない事かどうかは私が判断いたしますので、先ずはご用件をお聞かせ願えますか?」

「だからいいって。相手をするのはあんたじゃなくて彼女にしてくれよ」

「お客様の対応状況はスタッフ間で共有させて頂いておりますので、基本どのスタッフでも対応できるようにしております。ですので私、桐原がご対応させて頂きます」

「いや、だったら彼女でも問題ないじゃないか」

「残念ですが、当店では指名制というものは設けておりません。また、ご予約の方を優先して対応させて頂いておりますので、鈴木はこれからそちらの対応をすることになっております」

「じゃあそれからでも良いからよ。終わるまでほら、そこに座って待ってるから」

「生憎ですが鈴木の本日の予定が全て埋まっておりまして、対応する事が出来ない状態なんです。他のスタッフも同様でして、本日対応できるのが私のみとなってしまうんです」

 店長がそう言うと、満行司は「チッ」と軽く舌打ちをした。


「あぁ~、急用を思い出したわ。また今度来るわ~」

 頭を掻きながら白々しくそう言うと、満行司はがに股で外へ出て行った。私はその後姿を見て、ホッと胸を撫でおろした。


「店長、ありがとうございました」

 すぐさま店長の傍まで行き、頭を下げる。


「いいっていいって。由香ちゃん今日が最後でしょ。最終日にあんな奴の相手なんてする事ないからさ。だから気にしないでよ」

「いえいえ、大変助かりました」

「ストーカー被害で大変な目に遭ってるんだし、それに引っ越しの準備も大変でしょ? だから、いつでも頼ってよ」

「はい。いつも頼りにさせて頂いてます」

「そう言ってくれると嬉しいなぁ。宮城に行っても呼んでくれればすっ飛んで行くからさ」

「いやぁ~、流石にそこまでは」

 すると、自分が対応する予約の客が来たため、接客に入る。


 何か引っかかる物を感じたけど、その日は通常の接客や引継ぎ業務で忙しくそんなことはすっかり頭から離れてしまった。




 翌朝、ニュース番組を見て驚愕した。

 職場近くの公園で、刺殺された死体が見つかったらしい。そして、その被害者は私を散々悩ませたあのモンスタークレーマー、満行司貞夫まんぎょうじさだおだった。


「え? うそ、どういう事?」

 番組の中ではコメンテーター達がそれぞれの意見を述べている。やれ通り魔だの、複数個所刺されているため怨恨の可能性があるだの様々だ。


 そしてすでに色んな情報が出回っているらしく、私の職場以外のお店などでも、理不尽なクレームを女性に対して行っていたらしい。


 なので、もしかしたら犯人は満行司の被害に遭った女性の可能性もある。


 けど、遺体の傍には【モンスタークレーマー討伐完了】と印字された紙が落ちていた事もあり、ただの通り魔では無さそうだった。


 どのみち退職した自分には関係の無い事だし、驚きはしたけどあまり気にしないことにした。


 すると、家の電話が鳴り響いた。ディスプレイを確認してみると、電話番号は表示されておらず非通知だった。


 きっと、いつものストーカーの仕業だろう。

 震える手で受話器を取る。


「も、もしもし?」

 しかし、受話器の向こう側からは何も聞こえてこない。

「あなたが、やったんですか? あのクレーマーの人……」

 そう尋ねてみても、やっぱり何の返事も無かった。

 いつも通り、しばらく経っても沈黙が続くだけなので電話を切る。

「もう! いい加減にしてよ!」

 けどもうすぐ引っ越しだ。その時には固定電話も解約してしまうので、もう無言電話に悩まされることは無いだろう。





 無事に引っ越しを終え、荷ほどきも順調に進み、平穏な日常を満喫していた。


 引っ越し当日、ストーカーから何か危害を加えられるんじゃないかと心配していたけど、特に何も無く新居に来ることが出来た。


 リビングのソファに体を沈め、コーヒーを飲みながら読書をしていると、ガタンとドアポストに何かが入る音がした。

「ん? 郵便か何かかな?」


 テーブルにマグカップを置き、ドアポストに入れられた荷物を確認しに行く。そこには、ガムテープでぐるぐる巻きに包装された、小さめの紙袋が入っていた。特に送り状などはついていない。


「え? 何この荷物。イタズラかな?」

 恐る恐る紙袋を破いていく。隙間からは鮮やかな赤色がみえ、引っ張り出すとビニール袋に入れられたプレイステーションポータブルが出て来た。


「うそ、コレって私が捨てたやつじゃ……?」

 傷や汚れ具合から、自分が使っていた物に間違いない。

 何となく嫌な予感がする。

 そして、封筒も一緒に入っていたので、その中身を取り出してみる。


「何? 写真?」

 それには、以前の職場の店長が映っていた。

「え? 店長? どういう事……」

 その写真は、普通に取られたものではなく隠し撮りをしたようなアングルだった。そして、驚くことに店長の映ってる奥には、自分の姿も映っていた。


 次々と写真を確認していく。やはりどれも自分や、自分のマンション前にいる店長が映っていた。


「ひぃぃっ!」

 最後の1枚は無残に斬殺された店長の遺体が映っていた。そして、遺体の上に置かれている紙に書かれた文字を見て震えあがる。


【モンスターストーカー討伐完了】


 もう訳が分からない。信頼し、ずっとストーカー被害の相談をしていた相手がストーカーだった。そして、おそらくその店長を殺した相手がドアポストにこの荷物を入れたんだ。そう思うと、下半身の力が抜けてしまった。


 思わず床にへたり込む。


 怖い、逃げ出したい。


 でも、もしかしたらドアの前に殺人鬼がいるかも知れない。

 そして、その犯人の検討はついている。

 でも、確かめたい。


 真っ赤に光る本体を、ビニール袋から取り出す。

 震える手でプレイステーションポータブルの電源を入れると、予想した通りモンスターハンター2ndGが起動した。

 そして、コンテニューを選択しプレイデータを確認する。

 そこにセーブされていたプレイヤー名は、先日一緒にプレイしたあの歴戦プレイヤーのモノだった。


 もしかしたら、名前だけ新たに作成しただけかも知れない。それはありえないと思いつつも、頭の片隅でそんな思考が芽生え、震える指でキャラクター選択をする。

 そして、ロードが完了すると装備を一切身につけていないゲーム内キャラクターが表示された。


 呼吸が浅くなる。手がとても冷たい。


 意を決して、ギルドカードを確認する。

 やはり全ての数が9999と表示されている。そして、紹介文を見ると頭の中が真っ白になった。


『君を苦しめたアいつらはイなくなった。シんで当然だよ。ずっと君を見テた。やっとあえルね』


 ドアの呼鈴が、乾いた部屋に響き渡った。

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もんすたぁハンター 玄門 直磨 @kuroto_naoma

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