別れねばなりません、あなたもわたくしも跡継ぎになったから

uribou

第1話

「セシール・アシュフィールド。私は君を……婚約破棄する」


 クリフォード様の苦渋に満ちた顔。

 わかります、わたくしも同じ気持ちですから。

 婚約解消でなく、あえて破棄という強い言葉を使ったのも未練を残さぬためであるかと思います。


「はい、承ります」


 ああ、つらいです。

 クリフォード様とわたくしは愛し合ってるというのに。


 しかし我がアシュフィールド侯爵家は跡継ぎのはずだった兄を失い、わたくしが継がねばならなくなりました。

 一方でクリフォード様は未成年のため仮ではありますが、マイルスカーフ公爵家の当主。

 わたくし達が結ばれる運命はなくなってしまったのです。


「クリフォード様、お気を落とさずに」

「落胆せずにおれようか。何と運命の残酷なこと」

「クリフォード様にお似合いの御令嬢もおられますよ」

「ああ、セシールの声も震えているではないか」


 だって仕方ないではありませんか。

 涙を押し止めているだけで精一杯なのですから。


「セシール……セシール嬢、一つ誓ってくれ」

「何をでしょう?」

「幸せになると」


 ……クリフォード様は残酷なことを仰る。

 クリフォード様なくして幸せなどあり得ましょうか?


 でもわたくしが頷かなければ、クリフォード様だって前へ進めないでしょう。

 マイルスカーフ公爵家は、今やクリフォード様お一人しかおられないのですから。

 成人されたらすぐにどなたかと結婚をなさって、多くの子をなすべきなのです。


 ……アシュフィールド侯爵家も病で弱った父を除けばわたくし一人だけ。

 同じことが言えますけれども。


「……はい。クリフォード様こそお幸せに」


 ああ、ついに涙がこぼれてしまいました。

 こんなことではいけないのに。


「セシール嬢、邸まで送っていこう」

「えっ? でも……」

「紳士だから当然だ」


 きっぱりと言い放つクリフォード様。

 最後ですから名残惜しい、ということのようです。

 ここは甘えましょう。


「お願いいたします。淑女だから当然ですね」


 アハハウフフと笑い合います。

 最後に笑えてよかったです。


          ◇


 ――――――――――クリフォード視点。


「ウィルマー殿、これは本当なのか?」

「遺憾ながら本当にございます」


 ウィルマー殿は平民でありながら封爵大臣という、貴族や領地に関する役職に就いている、優秀な方だ。

 先代のマイルスカーフ公爵家当主であった父と母を悪性のカゼで亡くした後、まだ当主となれない私のために骨を折ってくださっている。


 しかしこの報告書は?

 宮廷魔道士が病に対する抵抗力を落とす呪術を開発。

 陛下の指示の下、高位貴族の当主に呪いをかけまくったとある。

 だからただのカゼで私の両親は亡くなった?


「魔法抵抗の落ちている、ある程度以上の年齢の者が呪術の餌食になる、か……。俄かに信じがたい話だが」

「クリフォード様はおかしいと思いませなんだか? 先年のカゼは確かに流行りはしましたが、高位貴族の当主ばかりがバタバタ倒れたことを」

「いや、偶然だと」

「疫学統計の方を見てくだされ。平民の死亡率と比べましても明らかに有意差があるのです。本来栄養と医療に不自由しない貴族の死亡率はうんと低いのにも拘らずですぞ?」

「……」


 ウィルマー殿が何を言いたいのかはわかる。

 つまり失政と奢侈で求心力を落としている王家が、高位貴族の力を削ぎにかかっているということだ。

 相対的に優位を保とうとするバカな手法だ。

 外国から見て国力を落としているに等しいのだから。


 しかしウィルマー殿が何故私のところにこんなことを言いに来たのかはわからん。

 ……悪く考えれば王家の回し者で、まんまと真に受けた私を罠に嵌めようとしているのかもしれぬ。


「王家の謀略です」

「……聞かなかったことにしようか。ウィルマー殿も自分の身を大事にした方がよいぞ」


 ウィルマー殿の顔に失望の色が見える。


「……では、それがしは独り言を申しますゆえ、聞き流していただければ幸いです」

「独り言? ……わかった」


 独り言と言いながら情報を寄越してくれるらしい。

 わからなくはないな。

 王家を打倒するつもりなら、王位継承権持ちの私を御輿として担ぐのが近道だろうから。


「計画を推進したのは宮廷魔道士長ボルギルと内務局長官ルーブです」


 宮廷魔道士長が噛んでるのは当然だ。

 でなければそもそも病に対する抵抗力を落とす呪術などというものが世に出るはずはない。

 ……病に対する抵抗力を落とす呪術が本当にあるとしてだが。


 しかし内務局長官ルーブ?

 聞かぬ名だ。


「ウィルマー殿、不勉強で申し訳ないが、内務局とは何だろうか?」

「独り言ですぞ? 内務局とは二年ほど前に組織された、王家に不満のある者を炙り出して罪に落とす部署です」

「何と!」

「王家を調べさせていないと浮かばぬ名でしょうな。知らないのは幸せです。本来ならば一生関わり合いにならないのがよろしい」


 かなり過激に、ハッキリものを言ってくれている。

 情報は得ておくべきだな。

 しかし内務局か。

 そんなものを作るとは、王家は大丈夫か?


「して、長官のルーブなる御仁は?」

「王家の犬ですな。これ以上ないゲスなやつです。屁をひっただけで逮捕するような」


 つまりルーブの前では一切の落ち度は許されないということか。

 王家の犬、とまでウィルマー殿が言うのなら、おそらく身分の差など関係ないのだ。

 王家の権威を笠に着て吠えかかってくるのだろう。


「しかしルーブはバカでも無能でもありませんぞ」

「忠告痛み入る」


 要注意だ。


「アシュフィールド侯爵家のサイモン様が亡くなりましたが」

「ああ、不幸な事故だと聞いている」


 サイモン殿はセシールの……セシール嬢の兄だ。

 本来アシュフィールド侯爵家を継ぐはずだった。


「事故というのはウソですぞ」

「何?」

「背に斬撃痕があったそうです。検視の報告を騎士団長殿が握り潰しておりますが」

「スチュアート殿が?」


 騎士団長スチュアート殿は私の剣の師だ。

 報告を握り潰した?

 卑怯な人物には思えないが……。


「ハハッ、騎士団長殿は、検死の者が消されてしまうのを避けようとしてくれているのですよ」

「なるほど」

「クリフォード様はサイモン様と関わりがあるでしょう?」

「元婚約者の兄だからな」

「そこを突けば、騎士団長殿は真実を語ってくれると思いますぞ。騎士団長殿もまた王家に不満を持つ者」


 サイモン殿は優秀な男だった。

 生きて家を継ぐなら、アシュフィールド侯爵家は大いに繁栄したに違いない。

 サイモン殿を消すことによってアシュフィールド侯爵家を気落ちさせ、私とセシール嬢の婚姻も霧散する。

 有力貴族である、アシュフィールド侯爵家とマイルスカーフ公爵家と結びつくこともなくなる……。


「……よくできた手だ。くだらぬ陰謀で私とセシール嬢の婚約がなくなるとはな」

「一つ、クリフォード様に面白いことをお教えいたしましょう」

「うむ、独り言かな?」

「独り言です」


 ウィルマー殿の表情がやや和らぐ。


「貴族の当主同士の婚姻が認められていないわけではありませんぞ」

「は?」

「マイルスカーフ公爵家の仮当主であるクリフォード様とアシュフィールド侯爵家の次期当主であるセシール様が結婚したって構わぬということです」

「そうなのか?」

「封爵大臣たるそれがしが申すのですから間違いはございません。統治が難しく、また爵位の継承がややこしくなりますゆえ、これまでほぼ例がないというだけのことです」


 ということは、私は法律上セシールと結婚できないわけではない!


「しかし覚悟なさいませ。武門の誉れ高いマイルスカーフ公爵家の仮当主で王位継承権をも持つクリフォード様と、魔道に深い見識を持つアシュフィールド侯爵家の令嬢が、力技で結びつくように見えます。後戻りはできませんぞ」

「ウィルマー殿はそれを待っているようではないか」

「それがしだけではございません。例えば宮廷魔道士を出している家は、王家の無道を知っております」


 いつの間にかウィルマー殿の目が爛々とぎらついてきた。

 ……つまり王家の非を鳴らし、アシュフィールド侯爵家と組んで決起せよということか。

 それ以外にセシールを妃とする道がないことは理解した。


 しかし勝てるか?

 どれほど味方がいる?

 王家に尻尾を掴ませず、大規模な調査が必要だ。


「ウィルマー殿の独り言は大変参考になった」

「御自身で王宮に来るのは絶対におやめくだされ。内務局長官ルーブの手は短くありませぬ」

「ほう、登宮しただけで逮捕があり得るか」

「それがしがクリフォード様の下に参るのは仮公爵をお助けするという、確固とした理由がありますので大丈夫ですが、他の者では難しいでしょう」

「ふうむ、かなりギスギスしているか」

「はい、疑心が暗鬼を生じさせておる状態です」


 末期だな。

 父を亡くしてからこっち、王宮のことを気にかけていなかったのが悔やまれる。

 いや、下手に手を出していたら私が標的になっていたか?


「メイジー副宮廷魔道士長なら認識阻害魔法を使えますので、こちらまで来られるかもしれません」

「わかった。すまぬな」


 先手を取られるかもしれぬ。

 急がねば。


          ◇

 

 ――――――――――セシール視点。


「む、無念です」


 メイジー副宮廷魔道士長とその一派の宮廷魔道士達がアシュフィールド家の王都タウンハウスに逃げ込んで来ました。

 ウィルマー封爵大臣がルーブ内務局長官に讒訴され、処刑されてしまったそうです。

 痛ましいことです。


「状況は切迫しているんですね?」

「誰もがお互いを疑い合っています。ウィルマー閣下ほどの硬骨漢が王家を見捨てたとあって、陛下も信頼できる者がスチュアート騎士団長、ボルギル宮廷魔道士長、ルーブ内務局長官くらいしかいないんじゃないでしょうか?」


 既に王家と領主貴族の間の亀裂は深く、かなりの数の貴族が王都を引き払っています。

 もちろん王家に味方する者も中立を決め込んでいる者も多いのですが。

 クリフォード様も、また呪いのせいで調子が悪かったお父様も元気を取り戻し、領地で虎視眈々と挙兵の機会を狙っています。

 わたくしは王都に残って情報収集に努めておりましたが……。


「逃げ遅れてしまいましたね」

「そんな! 今からでも遅くありません。王宮を吹き飛ばし、セシール様とともに門を強行突破いたしましょう!」


 何とメイジー副宮廷魔道士長達は、虎の子の大火力兵器『魔道砲』を持ってきてくれたのです。

 当然ボルギル宮廷魔道士長はじめ王家派の魔道士はそれに気付いているでしょうから、王宮にはかなりの魔法防御結界が施されているでしょう。

 となるといかに魔道砲に強大な威力があるとはいえ、損害は軽微と思われます。

 撃てるのは一発限りですから、使いどころが重要ですね。


「わたくしはここに籠城いたします」

「セシール様!」

「メイジー副宮廷魔道士長、あなたに命じます。クリフォード様とお父様に伝えてください。これまで収集した全ての情報をお渡しすると。及びわたくしは宮廷魔道士とともに残り、三ヶ月は耐えてみせると」

「そ、そんな……」

「全員で脱出は不可能ですよ。もうこの屋敷は見張られていると思いますし。しかし優れた認識阻害魔法の使い手であるあなた、メイジー副宮廷魔道士長ならば必ず使いはこなせると信じます」

「……わかりました。この命を賭けて資料と伝言は届けます!」


 腹は決まりました。

 これでいいのです。


          ◇


 ――――――――――王グスタフ視点。


 アシュフィールド侯爵邸を囲んだと思ったら、宮廷魔道士長ボルギルがいきなりやられた。

 籠城しているのは魔道士のみだと侮って、魔法に対する結界しか張っていなかったのだ。

 風の魔法で加速させた石に頭蓋を割られ、回復魔法を使う間もなく即死だという。

 バカが、油断しやがって。 


 元々戦意の高くない宮廷魔道士の統率が取れなくなった。

 王宮の結界を維持するので精一杯だ。


 二、三度兵を派遣して力押しさせてみたが、的確に隊長クラスを狙い撃ちされて撤退を繰り返した。

 侯爵邸側の魔道士の指揮を取っているのは、メイジー副宮廷魔道士長だと思われる。

 メイジーが戦闘に関してこれほどのセンスを見せてくるとは。

 元々池に面したアシュフィールド侯爵邸は、多勢で攻めるのには適しない地形ではある。

 寡兵である向こうから攻めてくることはないのだ。

 兵糧攻めに切り替えた。


 地方領で反乱の兆しがある。

 セシール嬢を捕虜にできれば最高だったが、こんなところで兵を損じ、士気を落としてはいられない。

 どうせ数ヶ月分の食料しかないはずだ。

 降伏するか飢えて死ぬか選ぶがいい。


          ◇

 

 ――――――――――二ヶ月後、クリフォード視点。


 王家の非を鳴らし、セシールの父君ケネス殿と示し合わせて挙兵したところ、馳せ参じる諸侯が多かった。

 私は思ったよりも期待されている。

 またケネス殿が呪いの遮断法を伝えて回ったことも大きい。

 大軍で王都を囲んだが、城門が堅固だ。

 抜くのに相当な時間がかかると思われる。


 ……そう、諸侯は私の器量を見定めようとしているのだ。

 この大軍を指揮して手間取っては、私の手腕が疑われる。

 大体モタモタしていてはアシュフィールド家邸が先に陥落し、セシールが捕虜になってしまう。

 三ヶ月は耐えてみせるとセシールは言った。

 私は残り一ヶ月で王都を攻略しなければならない。


「クリフォード様」

「ああ、メイジー殿か」


 セシールからの最後の言葉をもたらしてくれた宮廷魔道士だ。


「やはりダメです。アシュフィールド侯爵邸と連絡が取れません。魔道通信は妨害されています」

「だろうな。敵もバカじゃない」


 しかし逆に言えば、セシールが無事だという証明にもなるのではないか?

 それは喜ばしいことだが……。


「メイジー殿、あの城門を何とかできないだろうか?」


 強引に攻めては損害が大きくなり過ぎるのだ。

 魔道で打開できる部分がないだろうか?

 ゴリ押ししかないのか?


「アシュフィールド侯爵邸には、城門など一撃で破壊できる魔道砲があるんです」

「何だと?」

「見たところ、城門に魔法防御結界はありません。ですからセシール様と連絡が取れれば勝ったも同然なのですが……」


 逆に敵の手に魔道砲が渡ってはピンチだ。

 野営地に撃ち込まれては諸侯連合が崩壊してしまうかもしれない。


「その魔道砲なる兵器は量産できないのだな?」

「試作機が一つあるだけです。自分の研究ですので、他の者にはマネできません」

「ふむ、では私が王都城外まで来ていることをセシールに知らせることができれば……」


 閃いた!

 アレを使おう。


          ◇

 

 ――――――――――セシール視点。


「状況を全く把握できないのは困りものですねえ」


 一様に宮廷魔道士達が頷きます。

 最近敵軍は侯爵邸を遠巻きに囲むだけで手を出してこようとしません。

 完全に兵糧攻めの構えです。

 もちろん油断などしておりませんが。


「二ヶ月です。何の動きもないなんて考えられないのですが、皆さんはどう思います?」


 宮廷魔道士達の意見を聞いてみましょう。


「こっちに無理攻めしてこないのは、王都攻防戦が考えられるため、兵を損じたくないんだと思う」

「だったらとっくに味方の勢力が王都に到着しててもいいんだけどなあ?」

「静か過ぎますよね」

「メイジー様からだと思われる通信があったことはあったんですよ。妨害が激しくて、何を言っているのかは全く……」


 メイジー副宮廷魔道士長は生きているようです。

 しかしそう思わせて裏をかこうとする戦略かもしれません。

 油断はできません。


 三ヶ月は籠城で耐えると言いました。

 しかしあと一ヶ月籠城していますと、食料も心細くなってきます。

 どうすべきでしょう?


「……三ヶ月まではこのまま頑張りましょう。もう一月状況が変わらなかったら、魔道砲で活路を開き、余力のある内に脱出を図りましょう」

「あれ? 大きな鳥ですね」

「鳥?」


 何をのん気な、と思いましたが。

 空を悠々と飛ぶ、あの白い大きな鳥は!


「クリフォード様の鷹です!」

「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

「当家の屋敷上空をゆっくりと旋回するあの様子、間違いありません!」


 ということは、クリフォード様の手勢は既に王都まで来ています!

 ああ、クリフォード様!


「おかしいじゃないか。マイルスカーフ公爵家の軍勢が来ているなら、どうしてこんなに静かなんだ?」

「戦闘は起きてないようですよね?」

「わかった、城門だ!」


 城門?

 あっ!


「王都の城門に攻めかかると、集中砲火されてしまうので兵の損失が非常に大きくなると聞いたことがあります!」

「それでマイルスカーフ公爵家の軍が躊躇しているということか?」

「おそらくは」


 クリフォード様の白い鷹が南へ悠々と飛び去って行きます。

 となればやることは決まりです。


「魔道砲で南の城門を破壊します! 魔道砲の照準座標を王宮から南の城門に変更! 準備ができたら屋敷の結界を外して、すぐさま発射です!」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」


          ◇

 

 ――――――――――王グスタフ視点。


 な、何だ?

 突如南の城門が破壊されて、諸侯連合軍が王都に突入してきた。

 宮廷魔道士長ボルギルが言っていた魔道砲か!

 くそっ、王宮ではなく城門を狙うとは!

 もう王都はダメだ。


「北門から脱出する! 騎士団よ、予に従え!」

「お断りいたします」

「スチュアート! 貴様……」


 騎士団長職にある者が、この期に及んで裏切るとは!


「不忠者めが!」

「我々騎士団は十分陛下に尽くしたと思います。王都が陥落した以上、これ以上の抵抗は無意味です。人死にと王都の荒廃を防ぐためにも、我々は降伏いたします」

「王都は陥落しておらん!」

「おや、見解の相違ですか? では陛下は何故お逃げになるので?」

「ぐっ……」

「勘違いなさらないでもらいたいですな。騎士団は国と国王を守るための組織です。諸侯の支持も得られず、王都を見捨てるような者を国王とは呼ばぬのですよ」


 蔑むような目で予を見るな!


「我々もこの場で陛下を捕らえるほど恩知らずではありません。どうぞ、御自由にお逃げください。それとも我々とともに降伏しますか?」


          ◇


 ――――――――――クリフォード視点。


 無事セシールに意図は通じたらしい。

 アシュフィールド侯爵邸から発射された魔道砲は、一撃で城門を吹き飛ばした。

 たまげた威力だった。

 あらかじめ知らされていなければ、何事が起きたかと一時撤退していたところだ。

 狂喜するメイジー副宮廷魔道士長に励まされ王都に突入。

 呆然とする王都守備兵を次々降伏させ、騎士団と憲兵隊を掌握した。


 内務局長官ルーブは少将の位を得て南の城門に督戦に来ていたらしい。

 戦いの経験のない少将というのも違和感があるが、目撃者によればその最期は魔道砲の着弾とともに吹き飛ばされたそうだ。

 皮肉だが、死に方だけは一人前の軍人だ。


 スチュアート騎士団長に一時的に王都守備兵と憲兵隊の指揮権を預け、王都内の慰撫に努めさせた。

 スチュアート殿は大胆だの感激だの王の器だの言っていたが、私は剣の師であったスチュアート殿の人物をよく知っている。

 公平無私な人柄で慕われる騎士団長が慰撫を引き受けてくれるなら、王都の治安は問題ないだろう。

 また最後までグスタフ王に付き従ったスチュアート騎士団長さえ許されるのならと、刃向かう者もいなくなるだろうという計算もある。


 私はアシュフィールド侯爵邸に急ぎ、使者の白旗を掲げる。


「クリフォード様!」


 ああ、久しぶりにセシールに会えた。

 もう邪魔者はいない。

 胸に飛び込んできたセシールを抱きしめる。


「信じておりました!」

「いや、セシールこそよく頑張った。私の鷹を見たんだろう?」

「はい!」

「よく魔道砲を撃って、城門を破壊してくれた。あれで勝負は決まった」


 城門が爆散した瞬間、その威力に驚いたとともに、セシールと心が繋がっている気がして嬉しかったのだ。

 よくぞ正確に意を察して、魔道砲を撃ってくれた。


「私は王になる」

「はい」

「君は王妃だ」

「はい」

「皆の者聞いてくれ。私は若輩者だ。諫言に耳を貸さない王にも、他人を陥れる王にもなりたくはない。皆で私を導いてくれ」

「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」


 今日はこんなところだろう。

 手っ取り早く王宮を片付けて論功行賞だな。

 行政組織はそのまま踏襲でいい。

 一応の落ち着きを取り戻す頃には私も成人か。

 セシールとの結婚が待っている。


「……ウィルマー殿の墓を作ってやらねばならぬ」

「そうですね」


 平民出でありながら封爵大臣として活躍し、今回の政変に大きく貢献した男。

 生きてさえいれば重く用いたのに。


「中央広場に大きな墓を作り、誰もが参拝できるようにしよう」

「天国のウィルマー様が嫌がりますよ。そんな大げさなことは」

「仕方ない。彼は私の断りもなく死んだ。これは、罰だ」


 やらねばならぬことは多い。


「差し当たってやらねばならぬことは、義父殿の迎えだな。今日には王都に到着するはずだ。セシールも会いたいだろう?」

「はい!」


          ◇


 ――――――――――一〇年後。セシール視点。


 王国は大過なく治まっています。

 クリフォード陛下が即位された時は王位継承権保持者が一人もいない異常事態でしたが、現在は男女合わせて四人の王位継承権保持者に恵まれました。

 陛下とわたくしとの長男が王太子となり、また次男が公爵となるアシュフィールド家を継ぐことになるでしょう。

 政変の影響はほぼなくなり、順風満帆です。


 心配事ですか。

 なくはないですね。

 グスタフ前王の行方が知れず、一部の人が気にしているようです。

 王都攻略の日、降伏勧告に耳を貸さず突っ込んできて討ち取られた雑兵の顔が、グスタフ前王に似ていたなんて信頼性のない証言もあります。


 クリフォード陛下は仰います。

 前王など放っておけばいい、どうせ何の影響力も持ち得ないと。

 誰かが前王を匿っていたとしても、罰する気はないようです。

 ええ、それでいいのでしょう。


「セシール」

「はい、陛下」


 軽く口づけされます。


「君を妃とできたのもウィルマー殿のおかげだ」

「ええ、感謝を忘れてはなりませんね」


 貴族の当主同士の婚姻が可であることを教えてくれたのはウィルマー様でした。

 しかしそれは同時に政変を必要とする考え方でしたが。


「犠牲はあった。しかし生き残った者は幸せを享受しなければならぬ」


 素直に頷きます。

 人々が幸せであること、またそうした国であること。

 それこそが亡くなった者達の願いでありましょうから。


「偶然だが、王都攻略の日はウィルマー殿の誕生日なのだそうだ」

「そうなのですね?」

「国に余裕もできてきた。今年から建国祭は少し派手にしようと思うんだ。ウィルマー殿の供養を兼ねてな」

「ウィルマー様が恥ずかしがりますよ」

「冥府に行った後に謝ろう」


 クリフォード陛下のニコッとした顔は安らぐなあ。


「陛下、わたくしは幸せです」

「うむ、私もだ。夢のように感じることもある」


 わかります。

 呪いで母を失い、父も弱っていた時に兄まで亡くしました。

 両親を亡くしたクリフォード陛下も同じだったでしょう。


 私達は婚約を破棄せねばならず、あの時はすごく辛かったです。

 今のような幸せな日が訪れようとは!


「わたくし達の幸せを、国民に分けてあげたいです」

「ハハッ、いい案だな」


 もっといい国に、幸せよ広がれ。

 それが満足、それで満足。

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