第97話 決戦!朝霧ヶ原

第92話あたりからふざける方向に全振りしたので今回は真面目に戦いますw


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 元亀3年(1572)2月6日。


 俺の率いる駿河はま家本軍8千は富士城の北、朝霧ヶ原あさぎりがはらで甲斐武田軍を迎え撃つべく布陣していた。


 はじめはウチの軍が駿河で急いで集められたのが総勢2万にも満たないのに比べ、甲斐武田家の総兵力は自慢の騎馬軍団だけでも1万、総勢は4万とも5万とも伝えられていた。


 だが今回の出兵には武田旧臣の多くが難色を示し、北の上杉と東の北条にも備えを置いて本城の躑躅が崎つつじがさきにも1万の守備を残したため、攻めてくる武田勢は総勢2万まで減ったのだという。それには穴山家が香坂昌信こうさかまさのぶをはじめとする武田旧臣に信玄の遺言を秘密裏に伝え廻ってくれた効果もある。


 そしてその2万も氏真の読み通り、安部川沿いと富士川沿いにも兵力を分散させて、この朝霧ヶ原に向けては約1万ほどの軍勢が詰め掛けてきているそうだ。こちらも同じく迎撃に兵を分散させているので本隊はやっとかき集めた騎馬2千を含めて総勢8千。

 4万を相手にすることを考えれば余程の不利は免れたが、それでも兵力ではこちらが下回っているし向こうには武田自慢の騎馬軍団の6千がある。だがこちらも、それなりの秘策は用意していた。


「スズキ、火縄の方はどうだ?」

「うーん、実戦でやってみないと分からねぇですが、前よりはだいぶ早くなってるんじゃねえかと」


 武田自慢の騎馬軍団と戦う事が決まった瞬間から、歴史上では信長が甲斐武田軍団を倒したことで有名な『鉄砲三弾撃ち』というものが何とか再現できないものかと軍監と多羅尾、この鉄砲鍛冶で有名な国友村出身の鉄砲隊頭領のスズキと四人で対策案を考えてきたのだが、さすがに同じようなことは出来なかった。ただ、なるべくそれに近い仕掛けを用意できたのでハマってくれるかどうかだ。


「カンパチ、そっちの準備は?」

「こちらは万事抜かりなく。しかし本当に、良き兵を鍛えられましたな」


 勘八郎には鉄砲隊に次ぐ秘策として騎馬隊を率いてもらっているが、そちらも問題は無さそうだ。


「おい! 俺にはなんかねぇのかよ!? 」

「サバは気が逸って勝手に突撃しない事だけしか注文は無いな」

「なっ!? 馬鹿にすんなよ、俺だってそのぐらいの我慢は出来らぁ」


 いや、それが一番不安なんだけどな。コイツは確かに突っ込めば鬼のように強いのは分かるのだが、それでも武田騎馬軍団の数千相手には【個の力】で何とかなるものではないと思うから。


 全軍の主だった将兵に作戦の全容を再確認し、それぞれが配置に付く。現代の季節に合わせると3月上旬位の早春の明け方、薄暗かった空が次第に明るくなり始める時間帯だ。

 

 この朝霧ヶ原こと朝霧高原は現代では酪農が盛んな広い高原でキャンプや野外ライブなども行われた場所だが、この時代はまだ人の背丈を越えるススキなどが群生する雑木林のような所で、しかも文字通り昼夜の温度差で朝方には濃い霧が発生しやすい場所である。


 俺達は昨日の夕方のうちに辿り着き、陣を張って策も設けてから野営をしたが、武田の軍勢は山中で野営をしたらしく、夜明けと共に朝霧ヶ原へと続々と集結する。前情報の通り、そのほとんどが騎馬武者のようだ。こちらが迎撃の準備を固め息を潜めていると、朝霧の中から大声で張り上げる声がこだました。


「駿河の弱兵風情がこのような場所で我らを迎え撃とうとは! よほど我が騎馬軍団に踏みつぶされたいらしいな」


 声の感じから察するにその主は武田勝頼か。相変わらずの自信に満ちた態度が窺い知れる発言だ。


「やれるモンならやってみろやゴルァ! 返り討ちにしてやんぜ!! 」


 こちらからはサバがとんでもない大音量で叫ぶ。それに合わせて気合いの入った若者たちがそうだそうだーと気勢を上げた。今回サバの伝手で新たに集まったのは海賊団頭領時代のサバに心酔する海賊たち、山賊退治などを生業とする浪人崩れの剣客、さらには剣術の腕を磨き実戦での経験も積もうという若き剣術家達までいた。色々あったとか言ってたけど、一体どんな事してきたらこんなにもバラバラな人種が集まるのか?ともあれ、戦力としては頼もしい限りだ。


「よかろう、ならばやってやる! 全軍突撃!! 」

「殿、どのような策が仕掛けられているか分かりませぬゆえ、慎重に……」

「やかましいわ信豊! 行くぞ者ども!! 」


 逸る勝頼にストップを掛けようとするのは情報通りなら従兄弟で信玄の弟・信繁のぶしげの息子の信豊のぶとよ。信玄と信繁のようにお互いを信頼して冷静にさせる役割を担えているなら厄介だが、どうやらそこまででは無いようだ。まあ、その方がこっちにとっては好都合だが。


「総員配置につけ! 作戦通りで行くぞ!! 」


 俺は冷静に全軍にそう伝え、武田騎馬軍団の動きに全身全霊で集中した。


 

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