第十九話 秘密警察

「ヒヒヒヒ。・・・お困りのようですな。領主」


 丸眼鏡に革命軍の軍服を着た骸骨のような男。


 それに付き従う、丸眼鏡の真っ黒なせむし男のような影が数人。


「私は、革命党秘密警察のアキ少佐と申します。・・・おや?」


 自己紹介したアキは、ジカイラ達を見て思い出す。


「ひょっとして、あなた方は、皇帝の『おまけ』では?」


 アキの言葉にジカイラが言い返す。


「誰が『おまけ』だ!? あぁ!!」


 アキは、自分のこめかみに左手の人差し指を当て、右手の人差指でジカイラ達を、一人一人指差して思い出すように呟く。


「え~と。たしか、『バレンシュテット帝国北部方面軍、ユニコーン独立戦隊』でしたな。ジカイラ中尉、ヒナ中尉、ティナ中尉、ケニー中尉・・・と」


 アキの言葉に領主達は驚愕する。


「帝国北部方面軍だと!? 此奴等、帝国軍の軍人なのか??」


 アキは、領主からの問いにサラリと答える。


「そうですよ。彼等は、帝国騎士ライヒスリッター十字章・クロスを授与された帝国軍の軍人です」


 領主の顔が恐怖に引きつる。


「不味い! 不味い! 不味い! それは不味いぞ!! トカゲ女の事を、帝国軍や帝国政府に知られる訳にはいかん!! 絶対に生かしておけん!!」


 アキは、眼鏡の中の細い目を、針金のように更に細くしてほくそ笑み、領主に話し掛ける。


「『生かしておけん』とおっしゃられても、領主とコサインの二人で、どうするつもりです? 相手は、帝国軍人の手練てだれ5人ですよ??」


 領主の額に血管が浮き出る。


「判った! アキ少佐、コイツらを殺せ! 金貨で500枚だ!!」


 アキは、歪んだ笑みを浮かべる。


「良いでしょう。 金貨500枚ですよ?」


 そう言うとアキは、右腕の肘から先を上げ、ジカイラ達に向けて振り下ろし、アキに付き従う丸眼鏡の真っ黒なせむし男・・・戦闘員達にジカイラ達の殺害を指示する。


 戦闘員達はアキの元を離れ、音も無くジカイラ達に向けて走り出す。


 ジカイラは、斧槍ハルバードを水平に構えると、腰を落として深く息を吸い込み、貯めの姿勢を取る。


 三人の戦闘員がジカイラに駆け寄る。


いちせん!!) 


 ジカイラの渾身の力を込めた斧槍ハルバードの一撃が剛腕から放たれる。


 斧槍ハルバードが、戦闘員の一人を捉え、胴体を水平に真っ二つに斬り飛ばす。


「なっ!?」


 ジカイラが驚く。


 駆け寄った三人の戦闘員のうち、二人の戦闘員は斧槍ハルバードの間合い直前で立ち止まり、躱していた。


 二人の戦闘員は、ジカイラを避け、ケニーとルナを狙う。


 戦闘員は両手の鉤爪でケニーに斬り掛かるが、ケニーは両手に持つ二本のショートソードを巧み使って戦う。


 上級職の忍者であるケニーは、秘密警察の戦闘員とも一対一なら互角以上に渡り合っていた。


 しかし、ルナは違っていた。


 戦闘員は、右手の鉤爪で横殴りにルナに斬り掛かる。


 ルナは、左手の小型盾バックラーで鉤爪の一撃を受け止めるが、食屍鬼グールである戦闘員の怪力は、小柄なルナの体をそのまま水平に吹き飛ばした。


「きゃあっ!!」


「ルナ!!」


「「ルナちゃん!!」」


 一撃で三メートルは飛ばされたものの、ルナは地面を転がりながら体勢を立て直す。


 ジカイラが、氷壁から戦闘を見守るティナに指示する。


「ティナ! 防壁を頼む!!」


「任せて! 『拡大ワイド・アンチ・不死者アンデッド防御殻コクーン』!!」


 ティナの対不死者アンデッド防御魔法による光の壁が、ジカイラ、ケニー、ルナの三人と氷壁を囲う。


 ケニーと戦っていた戦闘員と、ルナを殴り飛ばした戦闘員が、光の壁の外に弾き出される。


 戦闘の様子を見ていたアキが舌打ちする。


「チッ! 首席アーク・僧侶プリーストか!!」


 






 ジカイラは、斧槍ハルバードを水平に構えて後退り、目だけで周囲を見回して彼我の戦力差を確認する。


 ジカイラは戦況の不利を悟る。


(秘密警察相手でも上級騎士パラディンのラインハルトや聖騎士クルセイダーのナナイが一緒に居るなら、なんて事はない)


(だが、忍者のケニーと軽戦士フェンサーのルナじゃ、秘密警察相手には戦力不足だ)


(・・・どうする?)


 





 光の壁を挟んでジカイラ達が領主や秘密警察と対峙していると、突然、何かが遠くから飛んでくる音がする。


 砲弾が空を切る音であった。


 領主達の後ろの地面に砲弾が着弾して爆発する。


 驚いた領主が怒鳴る。


「なんだぁ!?」


 ジカイラ達と領主の間に上空から飛空艇が降下してくる。


 ジカイラは、降下してくる飛空艇を見上げる。


 髑髏の海賊旗を掲げた、戦列艦に飛行船を組み合わせたような形状の飛空艇。


 鮮血のブロッディ・ティアーズの飛空艇であった。








 領主が飛空艇を見上げて叫ぶ。


「飛空艇だと!? あの髑髏の旗は、海賊か??」


 コサインが口を開く。


「海賊、鮮血のブロッディ・ティアーズ!!」


 アキは、顎に手を当て戦況を分析する。


(ふむ。光の防壁で、こちらからは向こうを攻撃出来ない。しかし、向こうは、飛空艇から此方を砲撃出来る)


「領主。一旦、撤退しますよ!」


 アキは、そう言うと、秘密警察の戦闘員に撤退を指示する。


 戦闘員達はケニーとルナの元を去り、音もなくアキの後ろに集まる。


 領主が、アキに言い放つ。


「逃げるのか!?」


 アキは冷静に領主に言い返す。


「こちらは光の防壁で攻撃できません。しかし、向こうは飛空艇から一方的にこちらを砲撃できます。分が悪過ぎます。ここは引きましょう」


 アキ少佐率いる秘密警察は、黒い幌馬車に乗り込むと素早く去っていった。


 領主とコサインは、慌てて秘密警察の後を追う。







 北西街道に着陸した飛空艇から鮮血のブロッディ・ティアーズとツバキ、ホドラムの三人が降りてくる。


 ツバキが口を開く。


「皆さん、ご無事ですか?」


 ヒナが答える。


「大丈夫ですよ」


 鮮血のブロッディ・ティアーズも周囲を見回して口を開く。


「・・・どうやら、間に合ったみたいね」


 ジカイラが答える。


「良いタイミングだったよ」


 鮮血のブロッディ・ティアーズは微笑む。


「ありがとう」


 ヒナが魔法の効果を解くと、幌馬車の周囲を取り囲んでいた氷の壁が消え去る。


 幌馬車の中からクランが出てくる。


 ジカイラが、鮮血のブロッディ・ティアーズ、ツバキ、ホドラムの三人にクランを紹介する。


「こちらが蜥蜴人リザードマンの族長の娘、クランだ」


 クランが三人に挨拶する。


「初めまして。クラン・ドルジです」


 ツバキが驚く。


「貴女が・・・」


 ジカイラは、上半身だけになっても、まだ動いていた秘密警察の戦闘員の首と、右手の鉤爪を海賊剣カトラスで切り落とし、麻袋に入れる。


 ジカイラが四人に話し掛ける。


「積もる話は後だ。まずは、デン・ホールンに戻ろう」


 ジカイラの言葉に全員が賛同し飛空艇に乗り込んでいく。


 ジカイラ達は、幌馬車を飛空艇の船倉に積み込む。



 


 鮮血のブロッディ・ティアーズの飛空艇は、ゆっくりと離陸してその場を離れ、デン・ホールンに向かう。

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