第十五話 麻薬商人

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 宿から出たケニーとルナは、港へ向かう。


 ジカイラとヒナの二人とは、別行動であった。





 程なくケニーとルナの二人は港に辿り着く。


 心地良い潮風が二人の顔を撫で、空をカモメや海鳥が飛んでいる様が二人の目に入る。


「わぁああ! 海! ケニーたん、これが海ね!!」


「そうだよ」


 初めて見る海と港の様子に、ルナは目を輝かせ笑顔を見せる。


 取り扱う荷の量は減っているとの話であったが、港は賑わっており、活気があった。


 起重機で岸壁に接舷している船から荷馬車に荷降ろしされる木箱や、積み込まれる木箱。


 船から降りてくる人々や、船に乗り込む人々。


 港湾荷受けで忙しなく動き回る人夫達。


 船から降りてきた旅客目当てに飲料や果物を売る露店。


 そのどれもが、獣人ビーストマン荒野育ちのルナの目には新鮮であった。


 ケニーとルナは、露店でカットされ、竹の器に盛られたマンゴーを二つ買う。


 人の良さそうな露店の主人がケニーに話し掛ける。


「お二人さん、観光かい? なら、北にある灯台に行ってみると良い。あの灯台は、登ることができて、街や港が一望できる。いい眺めだよ」


 ケニーは露店の主人に礼を言う。


「ありがとう。行ってみるよ」


 ケニーは、マンゴーの入った竹の器の一つをルナに渡す。


「ありがとう。ケニーたん、優しいのね」


「いやぁ」


 ケニーは照れながら微笑む。


 ルナは、竹の器に付いていた楊枝でマンゴーを一欠片、突き刺して食べる。


 ルナが初めて食べるマンゴーは甘く、程良く冷えていた。


 ルナがケニーに尋ねる。


「美味しい。これ何ていう果物?」


「マンゴーだよ。南の方の、温かい地方の果物だね」


「そうなんだ」


 二人はマンゴーを摘みながら、港の岸壁沿いに灯台のある北に向かって歩く。





 小一時間もしないうちに二人の目に岸壁にそびえ立つ灯台の姿が目に映る。


 ケニーがルナに指差して教える。


「アレだな」 


「・・・大きい」


 石造りの灯台には階段が併設されて展望台のようになっており、ケニー達の他にも観光客が周辺に居た。


 二人は灯台の階段を登り、展望台に上がる。


 展望台から周囲を見渡すと、所々、陽の光を反射しながら水平線に広がる海と中核都市デン・ヘルダーの街が一望できた。


 海と港街の景色を眺めるルナは、目を輝かせて呟く。


「綺麗・・・」


 ケニーは、ルナの横顔を眺めつつ答える。


「そうだね」


(・・・ルナちゃんも綺麗だよ)


 ケニーはルナと、女の子とデートする事は初めてであった。


 ユニコーン小隊に居る時は、いつもラインハルトがナナイを連れ、ハリッシュがクリシュナを連れ、ジカイラがヒナを連れているのを、ケニーは遠くから眺めているだけであった。


 しかし、今、ケニーの傍らにはルナが居る。


 可愛らしい傍らの獣人ビーストマン三世クォーターの少女は、ケニーに出来る細やかな事にも素直に喜んでくれ、好意を寄せてくれる。


 ケニーは、それが嬉しかった。


 



 二人は、しばらく灯台で景色を眺めた後、港から倉庫街の外縁部を通って宿屋へ戻る道を歩く。


 ルナはケニーと腕を組み、満足げにケニーの傍らを歩いている。


 二人はやがて、人通りがまばらな、寂れた倉庫街に通り掛かる。


 人の気配のしない、廃れた倉庫が立ち並ぶ通りを二人は歩く。


 ケニーが、ふと自分の歩く通りと、交差する通りの右側を見て、その先に目をやると、廃れた倉庫の前に豪華な『貴族用馬車』が止まっている事が目に付いた。


(・・・『貴族用馬車』? こんなところに??) 


 ケニーは通りの端に身を寄せ、ルナを自分と向き合うように抱き寄せる。


 そして、立ち止まってルナの肩越しに貴族用馬車の様子を窺う。


 ケニーとルナの二人の姿は、遠くから見るとカップルが通りの壁際で乳繰り合っているようにしか見えない。


 驚いたルナが訝しんでケニーに尋ねる。


「ケニーたん。急にどうしたの?」


「・・・静かに。この通りの先に『貴族用馬車』が止まっているんだ」


「『貴族用馬車』?」


「まともな帝国貴族なら、こんな辺境の寂れた倉庫街に貴族自ら来るはずがない」


 少しすると、『貴族用馬車』の扉が開き、中から丸々と太ってケバケバしく着飾った中年の商人が降りて、従者を連れて倉庫の中に入っていく。


(・・・商人!? 何故、貴族用馬車から商人が?? ・・・絶対に怪しい)


 ケニーはルナを連れて、『貴族用馬車』が止まっている倉庫の前を通り過ぎる。


 倉庫の門は閉ざされており、中の様子は伺えなかった。


 二人は路地裏に入る。


 ケニーがルナに話す。


「ルナちゃん。ちょっと、この倉庫の中を調べてくる」


「ええっ!?」


 そう言うとケニーは倉庫の雨樋を登って倉庫の屋根に上り、倉庫の天窓から中の様子を伺う。


 倉庫の中は天窓の近くまで、うず高く木箱が積み上げられており、正面の入り口付近では、太った商人と数人の男達が何やら話し合っていた。


 ケニーが息を殺して倉庫の中の様子を伺っていると、いきなり話しかけられる。


「中の様子はどう? ケニーたん」 


 突然ルナが傍らに現れた事にケニーは驚く。


 忍者のケニーは、元々、スカウト系の職種から上位転職を繰り返して忍者になったため、身軽であったが、獣人ビーストマン三世クォーターのルナも身軽であった。


 ルナは、ケニーの跡を付いて来て猫のように雨樋を登って来たのだった。


「ルナちゃん、脅かさないでよ」


「ごめん」


 ケニーは器用に倉庫の天窓を外すと、天窓から積み上げられた木箱の上に降り、倉庫の中に忍び込む。


 ルナもケニーのあとに続く。


 太った商人と数人の男達は、立ち話を終え、倉庫の一角にある事務所風の小部屋に入って行った。


(・・・商人は事務所か。 この木箱の中には、何が入っているんだ??)


 ケニーとルナは、天窓まで高く積み上げられている木箱の、足元にある一つを開ける。


 木箱の中には、握りこぶし大の『黒い植物の実』がぎっしりと詰められて入っていた。


 ルナは『黒い植物の実』を手にとって見る。


「なに・・・これ??」


 ケニーは、握りこぶし大の『黒い植物の実』に見覚えがあった。


「まさか・・・これ・・・『ハンガンの実』!?」


 ルナが不思議そうにケニーに尋ねる。


「『ハンガンの実』?」


 ケニーがルナに説明する。


「この『ハンガンの実』は、『天使のエンジェル接吻・キス』っていう麻薬の原料だよ」


 ルナが周囲を見渡して驚く。


「ええっ!? ひょっとして、この木箱、全部、麻薬の原料なの??」


「たぶん・・・。あの太った商人は、麻薬商人だったのか!!」






 『天使の接吻エンジェル・キス』は、強力な中毒性のある精神と神経を破壊する麻薬である。


 アスカニア大陸に『ハンガンの実』をつける植物は自生しておらず、基本的には暗黒街でしか流通していない。


 表の世界では、稀に末端の売人が精製された麻薬の状態で売買して摘発されたりする程度であった。


 先の革命政府打倒の戦いで、革命政府が要塞『狼のヴォルフス・シャンツェ』を丸ごと麻薬製造工場にしており、ケニーはそこに潜入した事があったため、『ハンガンの実』に見覚えがあった。


 革命政府が打倒され、皇帝に即位したラインハルトは、人身売買、奴隷貿易、麻薬取引を禁止した。


 従って、この倉庫に木箱で山積みされている『ハンガンの実』は全て違法な禁制品であった。








 ケニーは考える。


(麻薬商人は、革命党や暗黒街にも顔が利く危険な連中だ。ルナちゃんを巻き込めない)


 ケニーは、傍らのルナに話す。


「ルナちゃん、一旦、引き揚げよう。麻薬商人は危険だ」


「判ったわ」


 二人は、再び天窓から倉庫の外に出ると、外した天窓を元に戻し、雨樋を伝って路地に戻った。


「ジカさん達に知らせなきゃ。宿に戻ろう」 


 ケニーとルナは、宿屋への帰路を急いだ。


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