第一章 息子には新しいお友達ができたらしい
第1話 残ったご飯の行方
我が家の夕飯は、基本的に私と息子の二人きりだ。
空気な夫は『今日も残業』とだけメールを入れてくるものの、それだけで帰宅時間なんて予想がつくわけもないし、ほとんど家で夕飯を食べることもない。
おかげで、残り物は作った本人が処理しなければならないという宿命を長いこと背負っている。
さらに今、息子は食べ盛り全盛期だ。
そんな息子が満足するようなガッツリおかずを一日二回食べるという、四十超えには厳しいカロリー攻めにあっていた。
だが結婚十三年目を迎える頃に気が付いた。
そうだ。夫の分を作らなければいいんだ。
天啓を受けた私は晴れ晴れとした気持ちになった。
そもそも私は料理が好きでも得意でもないし、当然レパートリーも多くない。
だから夫が喜ぶおかずと息子が喜ぶおかずの両方を叶えるのは難しく、これまた当然メインを複数用意できるほど手慣れてもいない。
毎日献立を考えるのも苦痛で、慣れたメニューばかりになりがちだったけれど、息子はハンバーグとから揚げを交互でもかまわないと言うくらいだから、気楽だ。
自然と私の心に余裕が生まれ、息子との夕飯タイムも会話が弾んだ。
ただ、近頃は難しい年ごろなせいか、学校がうまくいっていないのか、口数の少ない息子と、うざい母親になりたくない私の間で当たり障りのない会話が数ターンで終わりがちなのだが。
今日はどこか様子が違った。
『いつもと変わりません』と顔に貼り付けたような息子が階段を下りてきたかと思うと、一転してぱっと笑顔になり「やった、から揚げじゃん」と素直に嬉しそうな声をあげたのだ。
何やら二階にある自室で後ろめたいことでもしていたのかと勘繰りたくなるような作られた何気なさが一瞬で壊れた後は、なんだか嬉しそうにひたすら夕飯を食べ進めた。
息子がから揚げにテンションを上げるなんて、何年ぶりだろうか。
だが食べ終わる頃になると、今度は急にそわそわとし始めた。
「お母さん、今日のご飯って余った?」
「まだあるわよ。おかわり?」
「いや、お腹いっぱい」
それはそうだ。私の分をいくつか息子の皿にのせたのだから。
ガッツリおかずを一日二回はキツイと言いながら、ドラマの一気見のお供に間食しすぎてお腹があまり空いていない。
ご飯も控えめにしたものの、胃の中にはまだせんべいの存在が堂々と感じられた。
食べた時のサクッと軽い食感を裏切る満腹感である。
「そう。食べてくれたら嬉しいんだけど、中途半端に余っちゃったわねえ。冷凍庫のご飯ストックもいっぱいだし」
夫の存在は全力スルーしても夕飯が残る時はあるわけで、宿命として昼食に食べることになるのだが、明日だけは嫌だ。
福引で当てたお食事券の期限がもうじきで、近所のママ友とランチに行くことになっている。
だから残ったご飯は冷凍しておきたいところなのだが、ストックだなんて先の消費計画があるような分類名と実情は乖離しており、過剰在庫となっている。
食欲が落ちかけてきているものの間食はしたいアラフォー主婦と、食べ盛り思春期真っ盛りの少年のご飯消費量ほど読めないものはない。
だが、意外なことに息子はこの状況を喜んだ。
「じゃあそれ、夜食に食べてもいいかな」
「夜食? テスト勉強でもするの?」
「いや、テストはないんだけど、うん。おにぎりでも……と思って」
「別にいいけど」
ありがたい。これで冷凍庫がご飯に完全占拠されずに済むし、明日のお昼も心置きなく久々のおしゃれしっとりランチに行ける。
これもまた作る者の宿命だが、毎日自分のご飯を食べていると飽きるし、時々無性に誰かの作った美味しいご飯を食べたくなるのだが、今がまさにその時だったから非常に嬉しい。
しかもおしゃれしっとりランチなんて自分には絶対に作れないからなおさら期待も高まり、私の心は浮き立った。
息子もまたどこかルンルンとしたようにおにぎりを握ると、それを片手に持って二階へと戻っていった。
見送ってからふと、夜食には足りないのではないかと気にかかった。
何か冷凍のおかずでも温めてやろうか。
そうしたら冷凍ご飯のスペースも確保できる。
そう考えて風呂上がりに二階へと上がると、息子の部屋の中から話し声が聞こえた。
またいつもの電話か。
そう思って踵を返しかけたのだけれど、聞こえてきたのは息子の声だけではなかった。
何を話しているのかはわからないけれど、相手の声も聞こえる。
スピーカーにしているのだろうか。
それにしてははっきり聞こえるような。
私の足音に気が付いたのか、声がやみ、「お母さん? 何?」と中から声をかけられる。
「あ、うん。おかずも温めようか? それじゃ夜食には足りないでしょ」
「いや、こういう系統でもないみたいだからもう大丈夫」
何の系統?
バランス栄養食とかのほうが夜食に向いているということ?
「そう……? じゃあお母さんは寝るわね。おやすみなさい」
「うん。おやすみー」
息子の声は固かった。
明らかに、いつもと違う。
ということは、やっぱり電話の相手は彼女なのか?
しかし、聞こえてきた声は女の子にしては低かったような気がする。
まあ、相手が女の子ではなくとも、親に聞かれたくない話などいくらでもあるだろう。
不用意に近づかないようにしなければ、と思いながらも、一緒に暮らしている家族である以上、どうしてもニアミスというのは起こりうるのである。
だから、意図せず私がどんどんその正体に迫って行ってしまったのは、不可抗力だと思う。
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