間違いを繰り返した、わけじゃない。

@rabbit090

第1話

 お金が欲しかった。

 そして手に入れたはずなのに、僕はいつまで経っても幸せにはなれない。

 時計の針が少しだけ、進んだ頃に目にしたのは、小さな違和感だった。

 僕は、鏡を見ながら目を見開いていた。現実感が無かった。

 けれど、やってしまったものは仕方が無い。

 もうはみ出してしまったのだ。だったらそれでいい。もう、もう元になど戻らない、戻りたくもなかったのだし。

 「ここでいいの?」

 優しそうな顔を向けたのは、背の低い老婦人だった。

 僕は、それに負けないような笑みを浮かべて、案内をした。それだけで、全てが手に入る。馬鹿だって、思ったけれど、考えてみても僕には失うものがないような気がしていた。

 捕まってしまうなら、それでよかった。

 捕まらないのなら、それでもよかった。

 僕は、自分が愚かしいということになど、気付くことすらできなかった。

 なのに、今猛烈に後悔しているのはきっと、あの子のせいなのだろう。

 「こんにちは。」

 いつもちょっと、震えたような声で話しかけてくる、同じ背丈の女の子。

 僕は割と男でも大きい方なのに、彼女はその身長とほぼ同じくらいの、背の高い女性だった。

 僕は病気で、病院に通わないといけない。

 けれど、家族はいなくなってしまったし、かといって何もしないで平気な訳じゃないから、何とかお金を捻出して病院通いを続けている。

 高校を卒業して以来、ずっと働き続けている。普通の就職はできなかったから、アルバイトとして様々な仕事を並行していた。当時は、賃金も安かったし、一応若さということで体力もあったから、休みのない生活でも耐えられた。

 けど、

 「もう、肉体的に無理です。病気だから、これからの生活を、まだ若いから考えた方が良いよ。」と、医者から言われた。

 何か辛い、と思っていて、最初は風邪かなと思ったけれど体調が回復しなかったので病院へ行った。

 そしたら、自分でも気づかないうちに体が痛んでいて、正直少し物を持ち上げるだけで息が上がってしまう。

 そこで、今までのような仕事は辞めて、何か動かずにできることを見つけようと思ったけれど、案の定、学歴も何もない僕は、どこかで上手くやっていくことなどできなかった。

 そして、蓄えが底を尽きそうになって、盗みを働いた。

 大きい額だったけれど、たった一度きり、あの老婦人からだまし取ったお金だけだった。

 けど、そのお金で生きることができたし、その時は、仕方ないのだと納得して、あまり罪悪感を抱いていなかった。

 のに、

 「さおりっていいます。よろしくお願いします。」あまり積極的に話しかけてくる感じではないのに、彼女は急に、強くなるのだ。

 そういう感じで来られると、僕はたじろぐ。

 そして、好きになってしまった。

 きっかけなんて些細なものだった。ありがち、僕は病院に頻繁に通わなくてはいけないから、そこの総合受付をしている女性が、彼女だった。

 手続き何かで、いろいろな所を回らないといけなかったから、僕はよくそこの窓口に顔を出していた。が、次第に本音をはらむというか、僕は多分意識的に彼女の所へ向かうようになった。

 好き、という感情を、お互いが、好き、という感情を、僕は知った。

 僕は、愚かだった。

 とても愚かだった。

 だけど、僕には罪がある。それは、拭えない。

 だから、これ以上の関係は築けない。だから、だから、僕は。

 もう、やめてしまおう。

 簡単に償うことなどできない、けど僕にはできる道しるべがある。

 はっきりとした自覚をその時初めて持った。生きていてよかったのか、悪かったのか、分からないけれど僕は、彼女の存在を知って変わったのだ。

 感情を、持った。

 僕は生まれて初めて、そう、生まれて初めて自らの意思で、自らの道を歩いていることに、気付いた。

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