第8話 予想外

 だが、予想外な報告が理からもたらされた。


「俺さ。加藤くんからそれとなーく離れるわ」


 帰り道、俺と別れた杉本がそう話したのだそうだ。

 原田は「はあ?」と睨むように眉を寄せたが、杉本は「まあまあ」とへらへら笑いながら宥めた。


「自分だってバイトで忙しくて、教室でも寝てばっかりでしょ?」

「それはそうだが……。なんで急に?」

「気づいたんだよね。元々俺、あいみみたいなのってタイプじゃなくてさ、キレイで大人なお姉さんがいいと思ってたわけじゃん? もっというと、落ち着いてて、包容力があって、だけど不意に守ってあげたい! って思わせるみたいなさ。でもそういう人の学生時代って、さっきみたいにカースト下位とか、まあよくて真ん中だったわけなんだよね」

「まあ、桜井みたいなやつは、ああはならんだろうな」

「でしょ? さらには俺みたいなノリとか、そういう人には引かれるんだってわかったわけよ。今日みたいに俺がカースト上位だってのは滲み出ちゃうじゃん? 俺見てトラウマ思い出したってことは、似てるところでもあったんだろうし。そうなるとさ、こっちがいくらぐいぐい行っても引かれちゃってどうにもなんないわけ。だから俺、キャラ変しようと思って」

「ますます『はあ?』だな」

「だからさ、『ノリがいいユウキくん』じゃなくて、『大人で落ち着いててカッコイイ杉本くん』になろうと思って」

「無理だろ。そもそも年下に対してその評価は出て来ねえよ」

「じゃあ『甘やかしたい男ナンバーワンのゆうきくん』」

「そっちのがまだありえるな」

「じゃあそれにするわ」

「でもどうせ続かねえだろ、無理してキャラ変なんて」

「別にいいんだよ。最初に引かれさえしなきゃ、いくらでもオトせるし。それに後から本性がバレて愛想つかされたら、それはそれで後腐れなく次にいけるしな」

「それはわかったが、それでなんで離脱するって話になるんだよ」

「いや、別にそこまでじゃないよ。少しずーつ、気づかれない程度に距離を取っていこうかなってだけ。だってさ、ノリって身に沁みついちゃうじゃん? つい普段の癖が出ちゃうとよくないから。それに大人な彼女が出来たら忙しくなるし。デートのために俺もバイトしないとなー」

「紹介するか?」

「いや。俺はマッチョ目指してないから。適当にコンビニとかファーストフードとかで働くわ。そこで出会いがあるかもだし」


 そんな会話をしながら帰っていったらしい。

 それが本心かはわからない。

 あいつらは互いのスペックでつるんでいるだけで、友達同士じゃない。だから気軽に本音なんて言わず、装うはずだ。


 だから。

 本当は彼女たちの言葉が少しでも響いていたのだと思いたかった。


   ◇


 もう一つ、予想外なことがあった。

 合コンに興味なんてないという素振りだった原田だが、どうやら由美さんが気になっているようだ。

 もちろん由美さんは相手にもしていないし、そもそも気が付いていないようだが。

 原田は以前より熱心にバイトに通い、休憩時間は事務所に居座り、由美さんとお茶を飲んでいるらしい。


 俺たちにとっては都合のいい展開ではあるが、さんざんいじめをしておいてそれを快く思わない人たちに親しみをもってもらおうなんて、随分と厚顔だ。

 杉本が言っていたように、身に染み付いたものを隠し続けることなんてできない。

 どこかで相手に気づかれた時、奴らはどうするつもりなのか。

 それがまた相手を傷つけるとは思いもしないのだろうか。

 まあ相手を尊重できないからいじめなんてできるのだろうが。

 こっちの都合で巻き込んでしまった由美さんやミサキをこれ以上傷つけるわけにはいかない。

 理に頼んで、引き続き様子を見てもらわなければならない。


 しかしこうなってくると、加藤もいよいよ気に食わないようで、イライラし始めた。

 杉本の微妙な距離感にも気が付いているのだろう。

 しかし原田はバイトのおかげで以前よりさらに筋肉がついて、全体的にがっしりとしたせいか、今のところ加藤は静観という態度をとっている。

 杉本もそれを利用するためか原田にくっついている。

 それだけではなく、杉本に何かあれば他のクラスの女子まで敵に回すことになるため、おいそれと手も口も出せないでいるらしい。

 杉本がそれほど女子にモテるとは知らなかった。


 こうなると、桜井と加藤を崩すのも思ったより楽勝かもしれない。

 そう思ったところに、理が真剣な顔でいつもの情報収集から戻り、告げた。


「竹中が帰ってきた。しかも、すごいイライラしてる。状況はかなり悪そうだよ」

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