第8回『めがね』
SF/少し不思議
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『めがね橋』といえば長崎県長崎市に観光名所があるけれど、ここは群馬県安中市。国重要文化財に指定された碓氷第三橋梁のたもとである。
五月のあるうららかな昼下がり、めいめいにトレッキングシューズとジャンパー、ネルシャツといった格好で、男ばかりが五人。山の中に聳える、見るものを圧倒する美しい煉瓦造りの橋をそっちのけで、地面ばかりを覗き込んでは「ああでもない」「こうでもない」とやっている。
ある者は腕を組み、またある者は何か器具を手に、他にも分厚い資料をめくったり、スマホをかざしている者もいるが、全員にはっきりとした共通点もあった。
全員、めがねをかけている。
そのいかにも学者然とした男たちが、
「いやいや、やはり……」
「しかしだね、きみ」
と、上滑りした言葉を次々漏らしているのだ。
誰も何も、考えがまとまっていないと見える。
ついに一人が厳しい目つきで言った。
「皆さん、結局のところ、これは植物だと言えるんでしょうか……」
彼らは全国から集まった、『植物に目がねぇ』と自称する植物学者たちだった。
一人の疑問に、彼らの議論が熱を帯び始めた。
「いやしかし、これが植物ではないとしたら、なんだっていうんだ」
「わからないけど、根だけなんて、植物とは言えませんよ」
「そうだ。常識で考えてくれ」
それは山中に現れた、巨大な根だった。
しかし驚いたことに根しかない。これが噂というものであれば「根も葉もない」なんて言葉もあるが、むしろ根だけがあるという状態である。
しかも、最新の3Dスキャンを使って調べたところ、前橋市から軽井沢までその先端は届いているというのだ。
もちろん根であるからには、その全容は土中に埋まっている。
それが唯一ちょっと顔を覗かれているのが、ここ。地上にほんの少しだけ露出しているのだ。
「それじゃあそろそろ結論を……」
と、一人が他全員の顔を見回した。
「そうですねぇ……」
と、別の一人。
「やはりこれは……」
煮え切らないめがね一同の中から一人がぐっと歩み出た。
「仕方がないでしょう。これが根ではないとしたら……何か別の生命体ということになってしまう。条件は揃っているんですから、これは植物です」
「それでは、やっぱり名前は……」
「『MEGA根』。それしかありません」
植物に目がねぇめがねの男たちは、めがね橋のたもとで頷きあった。
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